第119話 ダークマターイーターとダークマターイーター・イーター

 両性具有のアルビノの魔人、イルル・ヤンカンシュは広げた両手の手のひらから、黄金の蝶を産み出していた。


 それは、前の世界で魔装具鍛冶レオナルド・ダ・ヴィンチ・イズ・ディカプリオが作り出したダークマターを浄化する秘術「レオナルド・カタルシス」をもとに、ピノア・カーバンクルが編み出した「ゴールデン・バタフライ・エフェクト」そのものだった。


 前の世界では、それを使えたのはピノアとステラとアンフィスだけだった。

 エブリスタ兄弟も、いずれはできるようにはなっただろうが、ブライとの最終決戦が早まったために間に合わなかった。

 レンジも間に合わなかった。

 だから、レンジとエブリスタ兄弟はピノアらが産み出した蝶に向かって「ダンディービームス」を放っただけだった。


 イルルは、エブリスタ兄弟の前の世界での記憶だけで、それを再現できるのだ。


 無数の黄金の蝶が空を舞う光景は何度見ても美しかった。



「ステラやピノアがいなくても、イルルがいればなんとかなるかもしれないな」


 ショウゴが言った。


 だが、彼女はすぐに蝶を消した。


「だめだね。敵はどうやら相当にこの秘技を怖れているみたいだ。

 先手を打たれていたようだよ」


 先手を打たれていた?

 蝶は彼女が消したのではなく、消されたということだろうか。


「『すべてを喰らう者』を『放射性物質だけを喰らう者(ダークマターイーター)』に進化させた途端、『放射性物質だけを喰らう者だけを喰らう者(ダークマターイーター・イーター)』とでも言うべき存在に皆喰われてしまったよ」


 彼女は、別の手を考えよう、と言うと、湖の上にかけられた橋を渡り始めた。


 別の手?

 ダークマターイーター・イーターを喰らうダークマターイーター・イーター・イーターでも作るつもりだろうか?

 いたちごっこにしかならないような気がした。


 橋を歩くイルルを、


「イルル」


 レンジは呼び止めた。


「城へ向かう前にひとつ頼みたいことがあるんだ」


「風の精霊の魔法の伝書鳩?」


 彼女はレンジが考えていることがわかるようだった。


「そうだ。この新世界に前の世界の仲間が何人いるかが知りたい」


 ステラとピノアがいないのはわかっている。アンフィスもたぶん来ないだろう。

 だがニーズヘッグは? アルマは? ケツァルコアトルは? ヨルムンガンドは?

 雨野タカミとミカナは?


「まずは、ランスの竜騎士ニーズヘッグ・ファフニールと、そのドラゴン・ケツァルコアトル。

 彼らのそばに、戦乙女アルマ・ステュム・パーリデと、そのドラゴン・ヨルムンガンドがいるかどうかを確かめ……」


「いないよ」


 レンジが言い終えるより早くイルルは回答した。


「彼らはもしかしたらこの世界にも存在しているかもしれない。

 けれど、そのふたりはこの世界では竜騎士でもなければ戦乙女でもない。その素質も才能もない。

 竜騎士と戦乙女が前の世界にいたのは、神が自らに似せて人を作った後、はじまりの男と女が自らの意思でドラゴンにまたがり、楽園を出たから。

 この世界では、それは起こらなかった。

 だから、この世界には竜騎士も戦乙女もいない」



 この世界では神話は実際に起きた歴史だ。

 はじまりの男と女がいつ楽園を出たのかは不明だったが、おそらくは4~5000年ほど前のことだった。


 ランスで最初の竜騎士がエキドナという人の女の姿も持つドラゴンとその背に跨がることを許されたのが1000年ほど前のことだと聞いていた。

 アンフィスはそのさらにその1000年前にランスに招かれたことがあり、そのときはランスには竜騎士はいなかったという。

 エウロペの建国は3000年ほど前のことだと聞いていた。



「でもぼくたちはさっきランスの竜騎士が空を飛んでいるのを確かに見た」


「無理矢理従わせているんだ。ドラゴンがどういった存在かも理解せず、無理矢理知性を奪って、ただの乗り物としてね」


「ドラゴンはすべて知性を奪われているのか?

 ケツァルコアトルも? ヨルムンガンドも?」


「試してみる価値はあるね。

 だがドラゴンふたりは、前の世界のように友好的ではないだろう。

 ボクが伝書鳩を送るから、」


「じゃあ、ぼくはニーズヘッグとアルマに送る」


 ふたりは両手に魔法の伝書鳩を作ると、空に飛ばした。


 イルルが飛ばした伝書鳩はランスに向かって羽ばたいていったが、レンジの伝書鳩のうちの一羽はその手に戻ってきてしまった。

 ニーズヘッグ宛の伝書鳩だった。

 魔法の伝書鳩は宛先となる人物を思い描きなが作り出し、メッセージを込める。

 レンジにははじめての経験だったが、宛先となる人物が死亡していたり存在しない場合、このように宛先不明で帰ってきてしまうのだ。


「ニーズヘッグもいないのか……」


 レンジは落胆を隠しきれなかった。


 彼はすぐにジパングにいるであろう雨野タカミとミカナ宛の伝書鳩を飛ばしたが、二羽とも彼の元に返ってきてしまった。

 それは当然の結果だった。

 タカミとミカナが持っていた力は、ステラやピノア以上のものだったからだ。


 だが、ふたりのドラゴンとアルマが存在してくれていることが救いだった。


 いや、違う。まだ手は残っている。


「ぼくの魔法剣ならゲートを作れる。

 過去のテラからみんなに来てもらえば……」


 だが、イルルは首を横に振った。


「残念だけど、時の精霊も次元の精霊も、この世界では一度も姿を現してはいないんだよ」


「でも、ここは前の世界と同じ時間軸に、地続きに存在する過去と未来だろ?」


 出来るはずだった。

 出来ないとしたら、その理由はひとつしか考えられなかった。

 レンジやステラやピノアは、前の世界で一度、ブライがダークマターを触媒として時の魔法を精霊の許可なく使うことができないように、その身を隠させたことがあったからだった。


「時の精霊も次元の精霊も、人の手が届かない場所にその身を隠しているんだね……」



 ショウゴは、落胆を隠しきれないでいるレンジに、さらにこれから残酷な事実を突きつけなければいけないのがつらかった。


 一人目の転移者が彼の父ではないということを。



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