第118話 新世界のアルビノの魔人
エーテルは、リバーステラにおいて、かつて光を伝達する物質として大気中に存在すると考えられていたものだった。
後に、光はそのような物質を介さずとも伝達が可能だと判明していた。
その頃にはもうリバーステラからエーテルは失われており、存在しない架空の物質であった。
テラにおいてエーテルとは、人が精霊の力を借り魔法を使うための源となったり、動植物を魔物に変えるものであった。魔素(まそ)と呼ばれることもある。
レンジやショウゴがこの世界の見慣れない文字を読めるようになったり、聞き覚えのない言葉を理解できるようになったりしたのもエーテルのおかげだった。
「雨野タカミが切り離した大厄災後の世界はリバーステラじゃない。
それは間違いない。リバーステラにはエーテルがないからだ。
だけど、いや、だからこそなのかな、テラとリバーステラが元々は本当にひとつで、2~3000年前にふたつに分かれた可能性は確かにある」
だが、雨野タカミはクラッキング・ザ・ワールドという、余剰次元のどこかに存在するアカシックレコードにアクセスして、世界の理や概念さえも改竄する力を持っていた。
彼ならば、リバーステラが大厄災後の世界ではないと気づけたはずだ。
彼がアクセスしていたアカシックレコードは、本当のアカシックレコードではなくイミテーションだったということだろうか。
あるいはすでに改竄されていた?
同じ力を妹のミカナも持っていたはずだが、レンジやショウゴが知る限り、彼女にそこまでのことができたとは思えない。
敵はタカミやミカナ以上の力を持っている?
そんなことがありえるのだろうか?
レンジは、転移初日に世界は元々はひとつであり、魔法文明が栄えたのがテラであり、科学文明が栄えたのがリバーステラであると気づき、ステラやピノアを驚かせた。
エーテルは、世界がふたつに分かれたときに、すべてこの世界・テラのものになったのではないだろうかとも考えた。
エーテルは清き水より産まれ、大気に溶けていく。
それまでのわずかな時間の間だけそんな風に光を放つ。
目の前の美しい光景は、リバーステラにはない、テラだけのものだった。
転移初日のレンジはここで、本当に違う世界なんだな、と思った。
だが、今は別のことを考えていた。
「ここは2周目の世界なんかじゃない。
大厄災後の世界だ」
レンジがそう言うと、
「俺も同じことを考えていた」
と、ショウゴは言った。
「俺たちがオリジナルだと思っていたブライもコピーに過ぎなかったのか、それとも別の何者かが大厄災を起こしたのかまではわからないが……」
この世界は、ステラやピノアのような、神さえもおそれるほどの強大な力を持つ存在があらかじめ排除された新世界。
つまりは、そういうことだった。
おそらくは、アンフィスはこの時代には来ない。
雨野タカミやミカナもまた、ジパングに転移してきてはいないだろう。
そして、この新世界には、あらかじめ排除するまでもない存在だけが生かされており、レンジやショウゴ、エブリスタ兄弟といった、とるにたらない存在の処刑場なのだ。
「舐められたもんだな、俺たち」
ショウゴの言葉に、全くだ、と答えたのはレンジではなかった。
「ずっと違和感を感じていた。物心ついたときからだ。
でもお前らが来てくれたおかげで取り戻せたぞ、前の世界の記憶を」
ライトが言った。
彼から感じる力は先ほどまでの数倍に跳ね上がっていた。
「ちょうど男の子のふりをするのも飽きてたところだったし、思い出せてよかったかも」
リードがそう言い終えたときには、彼の髪は長くなっていた。
肩幅をはじめ体全体が細く丸みをおびるかわりに、胸が大きく膨らみ、着ていた服のボタンがはじけそうになっていた。
リードは魔法で姿を男に変えていたのだ。
「前の世界では、俺たちはふたりとも確かに男だった。
だけど、この世界で俺たちは男と女として産まれた」
「違うでしょ、ライト。
男と女の双子の兄妹っていうのも、先代の大賢者に力をふたつに分けられただけなんだから」
レンジもショウゴも、まさか、と思った。
「この新世界において、俺たちは前の世界におけるステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルと同じだ」
ふたりが両手を合わせ、向かい合った瞬間に、城の周りの湖から大量のエーテルが産まれた。
蛍のようなエーテルの光は、ふたりを包み込み、
「ボクは、この新世界で、ステラ以上の力を持つアルビノの魔人さえも超えた存在として産まれた」
そこには、乳房があり、男性器を持つ裸の美しい少女が、清き水より産まれるエーテルの翡翠色の光に祝福されるように立っていた。
「両性具有の……アルビノの魔人……?」
「ふたなりのボクっ娘だと……」
「ボクの名前は、イルル・ヤンカンシュ。
この新世界の、この時代のアルビノの魔人だよ」
その両性具有のアルビノの魔人はそう名乗ると、魔法で作り出した衣服を身にまとった。
それは、ゴスロリと着物を絶妙な配分で組み合わせた奇妙な衣装だったが、彼女にとてもよく似合っていた。
それだけでなく、頭にはネコミミのヘッドフォンと、作り物のしっぽをつけていた。
「設定が大渋滞してる……パイパンだったし、あと仮性包茎だった……」
ショウゴは思わず呟いていた。
パイパンは世界ではもはやスタンダードであり、ハイジニーナと呼ばれていることや、仮性包茎がよくないと言われていたのは某クリニックによるバレンタインやホワイトデーのような企業戦略に過ぎないことを、レンジは教えてやろうかと思ったが、今はそのときじゃないな、と思った。
イルル・ヤンカンシュが、両の手のひらから黄金の蝶を産み出しはじめていたからだった。
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