第109話 最終決戦

「その弱った体で何ができる?」


 ブライ・アジ・ダハーカは身体を貫かれながらも平気な顔をしていた。


 だが、その身体はアンデッド化はしてはいなかった。

 だから痛みは感じているはずだった。


 身体中の細胞がすでにすべて混沌化しており、カオス細胞へと変異していた。

 タカミにはそれがわかった。

 彼の持つ力は、そういう力だ。


 痛みこそ感じてはいるが、その治癒速度は、彼が魔人であった頃よりも桁違いに向上しているのだろう。

 体を腕で貫かれた程度では、致命傷にはならないのだ。

 修復不可能なほどに、木っ端微塵にでもしなければ、彼を殺すことはできないのだ。

 その証拠に、すでに彼の体はタカミの腕に貫かれたまま、その腕と一体化するように修復しはじめていた。


 タカミは慌てて手を引き抜こうとしたが、結晶化したエーテルで作り出したパワードスーツの腕ごと彼の腕はもう、ブライの一部になっていた。


 腕くらいくれてやる。

 タカミはそう思い、彼の持つ力で腕を切り離した。


 ミカナとメイが悲鳴を上げた。


 ふたりの前でコヨミとマサトは臨戦態勢をとっていたが、その場から一歩も動けないでいた。

 一流の陰陽師と防人であるふたりには、ブライやタカミと自分たちの間にどれだけの実力差があるかがわかったのだろう。

 下手に手を出せばタカミの足を引っ張るだけだと。

 だからふたりは、ミカナとメイの盾になることを選んでくれていた。



 タカミはすぐに腕を再生した。

 本来なら人は失った腕を再生はできない。

 歯ですら再生できず、入れ歯やインプラントに頼らなければならないのが人という生き物だ。

 だが、彼は自らの肉体のそういったリミッターはすでにはずしていた。

 それは肉体だけではなく脳も同じだった。

 彼は今、通常なら10%ほどしか活動していない脳を120%は活動させ、脳内物質の分泌さえもコントロールしていた。

 だから、腕を失ったところで痛みは感じなかったし、細胞分裂による治癒速度を一時的に高めることによって腕は瞬時に再生した。


「ほう、人の身でありながら、そこまでのことができるのか」


「できるさ。この世界に招かれた瞬間から、ぼくはすでに人を超えていたからね。

 魔人やアルビノの魔人だけでなく、おそらく今の君さえも超える、神人(しんじん)とでもいうべき存在だ。

 だからって、君と違って神になるつもりはないけどね。

 ぼくは人のままでいたいから」


「人が進化したのが魔人だ。

 そして、魔人が進化したのが魔王だ。

 貴様がどのようにしてそのような体を手に入れたか多少興味はあるが、貴様の存在は目障りだ」


「ぼくが君を超えた存在だからか?」


「そうではない。

 確かにその身体と力の素晴らしさは認めよう。

 だが、私を超える存在などいはしない。

 貴様が神になる気があろうがなかろうが、そんなことはどうだっていい。

 神になるのは私だからだ。

 私が神になることを邪魔する者は、誰であろうと始末する」


「人工的に産み出された魔人が、人工的に進化しただけだろ?

 君は魔王じゃない。神にもなれない。

 君は進化の仕方を間違えたんだ」



 そして、それこそが彼の弱点だった。



「君こそ気づいてないのか?

 君の体を構成するカオス細胞がどんどん浄化されていってることに」


「無論気づいているとも。

 テラではもはや私は身体を保つことができない。

 だから、君には早々に退場してもらい、リバーステラで身体を修復するつもりだ」


「魔法大国エウロペの元大賢者で、リバーステラの合衆国の次期大統領様が、たかが日本の一ハッカーであるぼくの力を怖れて、わざわざこんなところまで出向いてくれたのはとても光栄だけど、でも、そういう意味じゃないんだ。

 ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルが、見えないだけで君の苦手な蝶を無数に放ってるってことに気づいてないのかって聞いてるんだ」


「なんだと!?」


 困惑するブライに、アンフィスが言う。


「見えないだけで、姿を消してるだけで、全員いるんだよ、ここに。

 タカミが作ったゲートでいっしょに来た。

 あんたならさすがに気づくだろうと思ったんだが、どうやらダークマターに頼りすぎたあんたと俺たちはもう、見てる世界どころか住んでる世界が違うみたいだな」


「ステルス・バタフライ・エフェクトってところかなー。

 オリジナル・ブライっていうくらいだから、わたしたちのお父さんの10000倍くらい強いかと思ってたんだけど、お父さんの方が強かったね」


 ピノアの声が聞こえた。

 だが、ブライには彼女がどこにいるかわからなかった。

 彼はもう、ダークマターの魔法しか使えないからだ。

 エーテルで産み出された見えない蝶の群れどころか、エーテルの魔法で姿を消した彼女の気配を感じとることさえできないのだ。


「そうね。

 この人と比べて改めて実感するわ。

 わたしたちのお父さんはすごい人だったって。

 ああ、そうそう、リバーステラでももうあなたは生きられないようにしておいてあげたわ」


 ステラの声が聞こえても、やはりブライにはどこにいるかわからないようだった。


「世界中のゲンパツ? とか言ったかしら。あれがすべて稼働停止してしまって、大混乱してるようよ。

 合衆国とかいう世界一の大国の大統領がこんなところで遊んでていいのかしら?」


「次期だし、いいんじゃない?

 来年からでしょ。こいつがそのダイトーリョーになるのは。ショウゴが言ってた。

 それに、どうせあと数分で死ぬから、ダイトーリョーにはなれないけどね」


「そうだったわね。

 あ、パニックにはなってるけど、でもわたしたちの生み出す蝶は、人の心を穏やかにする力があるから、あなたのように暴徒化するような人はいないはずよ。安心していいわ」


「神になるべくして生まれた私が暴徒だと? ふさげるな!!」


「暴徒じゃないなら、あんたは日本の成人式やハロウィンで暴れるバカと同じレベルだ」


 レンジの言葉をきっかけに、全員が姿を現した。


「カーズウィルスも死滅したよ。

 あんたはダークマターに頼りすぎた。

 だから負ける。

 余剰次元のダークマター空間ももうない。ぼくが破壊したからね。

 あんたが生きていける世界はもうどこにもないよ」


 ブライはレンジの言葉を受け、愕然としていた。


 しかし、すぐに含み笑いをはじめた。


「ならば、ふたつの世界を道連れにするまでだ」


 その瞬間、ブライが何かをしようとしたことは、その場にいる誰もがわかった。

 おそらくは、身体中のカオス細胞を極限まで活性化させ、ダークマターのエネルギーを暴発させ自爆しようとしたであろうこともわかった。


 だが、それはかなわなかった。


 その前に、ブライの身体が木っ端微塵に吹き飛んでいたからだ。


 それをしたのはタカミではなかった。


 ミカナだった。



「な? ミカナもちゃんとぼくと同じ力を持ってたろ?」


 タカミはゆっくりと体を起こした。


「ありがとう、ミカナ。

 ぼくにはもう、彼を木っ端微塵にする力は残ってなかった。

 ミカナのおかげで、ぼくらだけじゃなく世界中の人々が助かった」


 彼は立ち上がりながらそう言うと、女王執務室を見渡した。


「でも、まだ終わってないみたいだ。

 彼はもう意識すらないはずだけど、カオス細胞自体が彼を復元しようとしてる」


 ブライの身体は、肉片となっても尚、元の形へと戻ろうとしていた。


「ピノア・カーバンクル、ステラ・リヴァイアサン、それから、秋月レンジくん。

 あとはまかせてもいいかな? さすがにもうヘトヘトなんだ」


 彼はそう言い、3人がうなづくのを確認すると、その場にばたりと倒れた。



「じゃ、みんないっくよー、せーの!

 インフィニット・ジャスティス・セクシービームス!!

 ……あれ? みんななんで言ってくれないの?」


「名前変わったの知らないし。そもそもダサいから」


「ストライク・フリーダム・セクシービームス!!」


「セクシービームから一回離れてもらえないかしら」



 ピノアとステラがそんなやりとりをしている間に、ブライの身体は一億を超える数の光線に貫かれていた。

 ふたりだけではなく、アンフィスやエブリスタ兄弟、そしてレンジもまた、セクシービームスならぬダンディービームスを放っていたからだ。


 億を超え、兆を超え、京(けい)をも超えた数のセクシー&ダンディービームスに貫かれ続けながらも、それでもカオス細胞はブライの身体を元に戻そうとしていた。


 もはやそれはブライ・アジ・ダハーカではなかった。


 ブライはカオス細胞を手に入れたが、もはや彼はカオス細胞の奴隷でしかなかった。



 あわれだな、とアンフィスは言った。

 ピノアやステラ、そしてレンジたちに敗れ、彼の時代にやってきたブライは、ここまで堕ちた存在ではなかった。


 だが、ブライとカオス細胞、どちらが彼の主導権を握っていようが、目の前のあわれな存在に残された手はひとつしかなかった。



「時の狭間に逃げ込んで体を復元し、アンフィスの時代に行くつもりだろうけど、そうはさせないよ。

 あんたは今ここで、ぼくが必ず仕留める」


 レンジは父の大剣を構えた。




「魔法剣『大厄災』」




 そして、ブライ・アジ・ダハーカの肉体は完全に消滅した。




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