第108話 13人目の救厄の聖者 ⑥
「俺は大厄災を引き起こす力を持つ者だった。
大厄災の正体は、火や水や風、土に雷、光、六柱の精霊の力を借りた、極大消滅魔法だ。
俺は自分にそんな力があることを知らなかったし、自分の意思ではその魔法を放つことができなかったが、ある条件が揃ったときにだけ、無意識にその魔法を放っちまうようにされていた。
未来のあんたらが来てくれなければ、未来のブライ・アジ・ダハーカがその魔法を習得し、この世界からすべての人間を、人間が存在したという痕跡すら、跡形もなく消滅させることになる。
そして、ブライは、ハオジ・マワリーに代わる新たな神となり、自らに似せて人を作る」
アンフィス・バエナ・イポトリルは語った。
「そして、ブライが作る新しい人の歴史が、ぼくたちが産まれたリバーステラだ」
しかし、雨野タカミの言葉にアンフィスは驚いていた。
2000年前の時代に産まれ、未来から現代にやってきた彼ですら知らないことをタカミは知っていた。
「ふたつの世界は、魔法文明と科学文明という異なる発展を遂げた平行世界なんかじゃないんだ。
ブライがこの世界を滅ぼした後に作るのがリバーステラなんだ」
「じゃあ、まずいんじゃないのか?
この世界を救っちまったら、あんたらの世界がなくなるってことだろ?」
「ぼくに与えられた役割は、同じ時間軸の過去と未来に存在するふたつの世界を切り離し、別々の世界にすることだった。
11年かけて、ぼくは一週間ほど前に、ようやくそれを無事終えた。
だから、この世界を救っても、ぼくたちの世界がなくなることはない。
おかげで、もうぼくには力はほとんど残ってないけどね」
アンフィスには、タカミは立っているのもやっとのように見えた。
コヨミやマサトにも同じように見えていた。
いつも通り振る舞ってはいるが、いつ倒れてもおかしくないように見えた。
同じ時間軸に存在するふたつの世界を別々のものに切り離す。
そんなことは、アルビノの魔人であるアンフィスにもできない。
おそらくピノアやステラにも無理だろう。
それをただの人の身でやってのけたのだ。
その体のダメージははかりしれない。
タカミは、皆の目の前でふらふらとしはじめた。
倒れそうになるその体を、ゆらぎから出てきた女王マヨリが受け止めた。
「無理をしすぎですよ、タカミ。
今のあなたはゲートを作ることも大変なはずでしょう?」
いくら別の世界に存在するマヨリとはいえ、ミカナは自分から兄を取った女と同じ顔同じ声をした彼女が、兄をだきしめるのを見たくなかった。
ミカナにとって返璧真依は友人だった。
だからふたりの恋を応援した。するつもりだった。
けれど、ふたりを見ていると胸がざわざわした。
悲しくて涙が止まらなかった。
兄を愛していたからだ。誰にも取られたくなかったからだ。
この世界に招かれたとき、顔には出さなかったがミカナはほくそえんだ。
嫌な女だな、と自分を嫌悪しつつも、兄と真依を引き離すことができたことがたまらなく嬉しかった。
自分がそれを望んでいたから、異世界転移などという漫画のようなことが起きたのだとさえ思った。
だが、この世界にも真依と同じ顔同じ声をしたマヨリがいることをすぐに知り絶望した。
マヨリが真依と同じように兄に想いを寄せていくのもわかった。
「前に話したよね。
兄貴ってやつは、妹の前では格好つけたい生き物なんだって」
その言葉を聞いた瞬間にミカナは絶句した。
彼女にとってそれは、兄とのふたりだけの大切な思い出の言葉だったからだ。
「……そうだったわね。
あなたはミカナがかわいくてしかたないんだものね」
マヨリは優しく微笑んだ。
兄がハッカーとしてはじめてテロ事件を解決したとき、彼女はまだ幼かった。
だから実際に見聞きしたわけではなかったが、インターネットやパソコンのことを何も知らなかった両親は、警視庁の公安の刑事が兄を訪ねてきたというだけで、兄が国家を転覆させるようなことをしでかしたのだと勘違いしたらしかった。
刑事の話もろくに聞かず、理解しようともせず、兄にひどい言葉をたくさん浴びせたという。
産んだことが間違いだった。
そう言ったらしかった。
それから、兄は10年間、部屋にひきこもり、パソコンに向かって依頼を受けた事件を解決し続けた。
兄は自分が産まれてきたことが間違いであるのなら、雨野タカミではなくシノバズというハッカーとしてだけ生きようとしていた。
ミカナには、それは自分を産んでくれた両親に対する贖罪にさえ見えた。
12年前、そんな兄が部屋を出るきっかけとなる出来事が起きた。
その日ミカナは、学校帰りに半年以上学校に来ていなかったクラスメイトのメイを偶然見かけた。
彼女は親も家もなくし、頼れる親戚もおらず、家出少女の神待ち掲示板に書き込みをし、食事と泊まる場所を提供してもらう代わりに毎晩違う男に抱かれる、そんな日々を送っていた。
だから、ミカナはメイを家に連れて帰った。
そして、兄にメイを紹介した。
ミカナ以外には10年間誰も入ることがなかった兄の部屋で、メイはすぐに眠ってしまった。
ミカナが彼女を起こし自分の部屋に連れていこうとすると、兄はそれを制した。
こんな風にゆっくり眠ることができるのはひさしぶりのことだろうから、このままゆっくり寝かせてあげたい、と。
自分が部屋を出て、ミカナの部屋で寝ればいいと言った。
兄は部屋から出るだけで、ひどいめまいに襲われ、すぐ隣にあるミカナの部屋に立って歩いていくことさえできなかった。
兄は、顔中に冷や汗をかき吐き気をこらえながら床を這い、ミカナの部屋になんとかたどり着くと、
「知ってるか?
兄貴ってやつは、妹の前ではかっこつけたい生き物なんだよ」
そう言った。
兄はそうやってひきこもりをやめた。
部屋だけでなく、家の外にも出るようになった。
パソコンの画面の中だけではなく、自分の手の届く範囲にいる困っている人すべてを助ける生き方を選んだ。
兄にとって、それは自分との、ふたりだけの大切な思い出ではなかったのだ。
マヨリに話してしまえるようなことだったのだ。
裏切られた気がした。
だが、兄は手刀でマヨリの体を貫いていた。
「悪いね。一回もマヨリにそんな話をしたことはないんだ。
それはミカナにしか言わないって決めてる、ぼくの中で一番かっこいい台詞だからね」
兄の腕は、翡翠色の淡い色を放つ、兄が好きだった変身ヒーローのようになっていた。
「あと、マヨリは、ゲートなんて言い方はしない。
ゆらぎって言うんだ。
違う世界のもうひとりのマヨリとはいえ、君がぼくが好きな女の子じゃないことくらい、とっくにわかってたよ」
ブライ・アジ・ダハーカ、と兄はマヨリの姿をした何者かをそう呼んだ。
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