第107話 13人目の救厄の聖者 ⑤
「13人目の救厄の聖者である、雨野ミカナに聞いてるんだ」
そこにいる誰もが、その言葉に耳を疑った。
この世界の聖書の最後に記されている大厄災の預言のことは、この世界に生まれ育った比良坂コヨミや連璧マサトは当然のことながら知っていた。
この世界に神は一柱しか存在せず、それは七日間かけて世界を作った神だけだ。
ハオジ・マワリーという名の、みだりに口にしてはならないとされる神だけだった。
そして、聖書と呼ばれるものも、たったひとつ、救厄聖書と呼ばれるものしかなかった。
ジパングには、タカミやミカナが生まれ育ったリバーステラの日本という国のように、独自の神話はなかった。
リバーステラでは、ジパングだけでなく世界中の国々が独自の神話を持っているらしいが、テラには神話も聖書もひとつしかなかった。
かつて、タカミは、
「だから大和朝廷ではなく、1800年も邪馬台国がこの島国を治め続けているのか、と言った」
ジパングという国名は、ジパングの民にとっては他国からそう呼ばれているだけの俗称でしかなかった。
タカミがそのとき口にした邪馬台国とは、初代女王による建国から数百年ほどの間の国名であり、現在では九頭龍国(くずりゅうごく)という名がジパングの正式名称だった。
ジパングに1000年前に存在したアルビノの魔人・アベノ・セーメーは、国内で起きたクーデターを鎮圧した。
しかし、それは近隣諸国の工作員によりクーデターに見せかけられた侵略戦争であったという。
クーデターが失敗に終わり、近隣諸国が本土決戦を仕掛けてくることを察知したセーメーは、陰陽道と当時の女王のシャーマニズムにより龍の形をしたこの島国を浮上させたとされていた。
その際、島国は九つの首を持つ龍に姿を変えたという。
九頭龍は、悪しき姿・九頭龍獄と善なる姿・九頭龍極を持ち、さらに九頭龍 天禍天詠(てんかてんえい)へと姿を変え、100年あまりの間、天空の城とも言うべき存在となって、空を浮かび続けていたとされていた。
リバーステラでは、邪馬台国は1700年ほど前に滅び、その後は大和朝廷という存在が国を治めていたという。
日本の神話は、大和朝廷の王が自らやその子ども、その子孫たちが、王であり続ける理由を作るため、後付けで作られたものにすぎずないという。
王は2600年以上前に神の国から降り立ったとされ、初代王から十数代は架空の人物に過ぎないらしかった。
現在は日本という名になっているが、代々の王は現人神として奉られ、70年以上前に起きた戦争での敗戦がきっかけとなり、王はようやく自らが人間であることを宣言したという。
もしかしたら、かつてはジパングだけでなくテラの世界各国に独自の神話が存在したかもしれない。
海を挟んだ大国ヘブリカの召喚師は、神話や伝説上の存在を召喚するというが、彼らが召喚する存在を示す伝説はあっても、伝説以上の存在がおり、それを示す神話はどこにもないと聞いたことがあった。
エウロペの大賢者と呼ばれていた者をはじめ、時の精霊の魔法で過去を変えることができる魔法使いが異国には存在する。
彼らが存在するいる以上、世界中の無数の神話がなかったことにされている可能性があった。
だが、それはあくまで可能性の話でしかなく、ジパングの女王も民も、救厄聖書と、そこに記された神話以外誰も知らないのだ。
太陽の巫女と呼ばれるふたりの女王はもちろん、歴代の女王ですら、なぜ自分たちが太陽の巫女なのか、シャーマンの力を持っているのかを知らなかったという。
ジパングの城「アメノミハシラ」や、城が持つ戦艦形態「アメノトリフネ」、そしてその陰陽人工頭脳である「ツクヨミ」、さらには主砲「アメノウボコ」は、タカミが知る神話から名付けたものであった。
救厄聖書しか知らない陰陽師や防人は1800年前より女王を守護すると同時に、いずれ起きるであろう大厄災を止めるためにその存在があった。
それは、リバーステラからの転移者である山汐メイも、無論雨野ミカナも知っていた。
神様の名前が違う、とミカナは以前言っていた。
預言に記されていた救厄の聖者は、アルビノの魔人であることを示していた。
しかし、預言はあくまで預言であり、はずれることもある。
だからそこにいる誰もが、雨野タカミこそが救厄の聖者に違いないと思っていた。
だからこそ、ジパングのふたりの女王・返璧マヨリと白璧リサは、11年前に雨野タカミを太陽の巫女の力でこの世界に召喚したのだ。
ふたりの女王は、タカミひとりを召喚するつもりだった。
だが、彼のそばにいた妹のミカナとその友人のメイまでが一緒に召喚されてしまった。
ふたりはただそれだけの存在ではなかったか?
大厄災を防ぐとされている「救厄の聖者」と「12人の弟子たち」。
タカミが言った「13人目の救厄の聖者」とは、おそらく救厄の聖者を含めた12人の弟子の最後のひとりのことだろう。
だがタカミの言葉は、彼は救厄の聖者ではなく、聖者は他に存在し、彼の妹の雨野ミカナが13人目の聖者だと言っていた。
そこにいる誰もが大厄災が何であるかについてもまた知らなかった。
聖書の預言には、大厄災の内容は記されておらず、救厄の聖者がアルビノの魔人であることしか書かれてはいなかったからだ。
1000年前にジパングに産まれたアルビノの魔人の陰陽師は、前述の通りあくまでこの国についての問題を解決したに過ぎなかった。
百数十年前の戦争の後、ダークマターが世界中に蔓延し、魔物たちはカオスと呼ばれる存在となった。
その時代には、それが大厄災だと言われていた。
しかし、救厄の聖者が現れることはなく、100年以上にわたり、ダークマターとカオスはこの世界に存在し続けた。
そして今朝、空に無数の大艦隊が出現した。
リバーステラがテラに戦争をしかけてきたのだ。
世界中の誰もが、今度こそ大厄災が始まったのだと思ったことだろう。
しかし、世界中に黄金の蝶が舞い、世界中のダークマターは浄化された。
大艦隊の半数が沈み、残った大艦隊はまるで押し戻されるようにリバーステラへと帰った。
救厄の聖者と12人の弟子が、大厄災を防いでくれたと思ったことだろう。
だが、タカミはジパングでただその光景を眺めていただけだった。
そして、彼はエウロペの飛空艇がこちらに向かってきていると告げた。
だから、大厄災はまだ終わっていないのだとわかった。
彼が救厄の聖者たちに合流し、今度こそ大厄災を止めるのだろうと思った。
しかし、彼はそれが自分ではなく、ミカナだと言っているのだ。
ミカナはぽかんとした顔をしていた。
「おにーちゃん、何を言ってるの?
わたし、何にも出来ないよ?
おにーちゃんみたいなすごい力、何にも持ってないよ?」
ミカナの言う通りだった。
彼女はジパングに服飾革命をもたらしてはくれたが、太陽の巫女であるふたりの女王のようにシャーマンでもなければ、陰陽師でもない。
戦う力など何も持ってはいない。
しかも今は全裸だ。
全裸のもうひとり(女王)は、ぐでんとソファに身を預けたまま、
「タカミっち、まだミカナに話してなかったの?」
と言った。
「タカミっちかマヨリがいつか話すだろうって思ってたから、わたしは何にも言わなかったんだけど。
どうせわたしが言ってもミカナは信じないだろうし」
全裸だから、説得力ないしな、とマサトは思った。
ていうか、え!? 知ってたの!? という驚きは後から来た。
「ミカナも気づいているはずだよ。
この世界に招かれたときに、ぼくと同じ力を手に入れたことに。
ふたりの女王には、ひとりずつこの力を持つ者が必要だったからね。
だから、ぼくだけじゃなくミカナも陰陽師という肩書きを与えられたんだ」
「そんなの持ってない!!」
ミカナが叫んだ瞬間に、ドン! という音がした。
白璧の塔の最上階、女王執務室の壁に巨大な穴が空いていた。
ジパングは、結晶化したエーテルが他国とは比べ物にならないほど採掘される国だった。
他国ではジパングは「黄金の国ジパング」と呼ばれているらしいが、実際には「翡翠色の国」であった
結晶化したエーテルを、ジパングでは「ヒヒイロカネ」と呼んでいた。
城はすべてヒヒイロカネによって作られており、簡単に破壊できるものではなかった。
コヨミとマサトには、何が起きたのかわからなかった。
「今の、ミカナがやったの?」
メイは巨大な穴を見て言った。
「違う……わたしじゃない……」
「ぼくでもない。じゃあ、誰がこの穴を空けたんだろうね」
タカミはミカナに言った。
そして彼は、この部屋に入ってきたときとは別のゆらぎを作りだした。
「アンフィス・バエナ・イポトリル」
と、彼はゆらぎに向かって言った。
それは呪文のようでもあり、人の名前のようでもあった。
「誰だ?」
ゆらぎの向こうから声がした。
「ぼくはジパングの陰陽師、雨野タカミ。
11年前にリバーステラからジパングに転移してきた3人のうちのひとりだ」
「アメノ? じゃあ、ミカナの兄貴か。
今ちょうどそっちに向かってるところだが、何か急ぎの用か?」
「今、君の目の前にあるゆらぎは、ジパングの女王のひとり・白璧リサの女王執務室に繋がっている。
そちらにいる12人の救厄の聖者の中で、最後のひとり、13人目が誰なのかを知っているのは君だけだ。
こちらに来てくれないか?」
「あー、なんとなく状況は理解した。わかったよ」
ゆらぎから、めんどくさそうにアルビノの魔人が現れた。
彼は壁に空いた穴を見て、
「想像していた以上に修羅場だな」
と大きくため息をついた。
「彼は?」
と尋ねたマサトに、
「2000年前のアルビノの魔人だよ。
今は救厄の聖者たちのひとりとして、彼らと行動を共にしてる」
タカミは言った。
「大厄災はすでに2000年前に一度食い止められている。
それは過去の出来事であると同時に未来の出来事でもある」
と続けた。
「さすがだな。あんたとは面識がないが、ミカナから兄貴も同じ力を持ってると聞いてる」
「わたし……そんな人、知らない……会ったことない……」
「まぁ、そうだろうな。
俺が知ってるのは、未来のあんただからな。
俺は未来のあんたや、未来の俺、そして飛空艇で今こっちに向かってきてる奴らの、未来の奴らに助けられ、この時代に来た」
過去であり、未来である、というのはそういう意味かとマサトは思った。
そして、やはり13人目の聖者は、雨野タカミではなく、雨野ミカナであったのだと気づかされた。
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