第102話 そして、ジパングへ

 ステラは、エブリスタ兄弟と口喧嘩を始めたピノアをアンフィスたちにまかせると、レンジに話があると言って、彼を飛空艇内にある各々に割り当てられた部屋に連れ出した。


 レンジの部屋でふたりきりになると、


「わたしのこと、どう思う?」


 ステラは不安そうに彼に尋ねた。


「びっくりした」


 とレンジは正直に答えた。


「黒髪もよかったけど、銀髪も似合うね」


 と言った。青い瞳もすごく綺麗だと。


「こわくない?」


「こわくないよ。

 昨日までとちょっと違う感じはするけど、たぶんぼくもそれは同じだし。

 ステラがそういう風に思って不安になるのは、ステラが変わってないってことだからね」


「わたしは怖かった。今も怖いの。

 自分がアルビノの魔人だったことや、わたしが生まれもった力をもて余していただけじゃなくて、生んでくれたお母さんを殺してしまったこと、お父さんがわたしを守るために、わたしの力を分けて、ピノアが生まれたこと。

 全部が怖いの。

 わたしが生まれてきたせいでたくさんの人を不幸にしてるような気さえするの」


「それは違うよ。

 ピノアは自分がどういう存在かわかっていた。

 ステラの中に還ったピノアも、今甲板でエブリスタ兄弟と喧嘩をしてるピノアも。

 ふたりともステラのことが好きだし、ぼくもステラが好きだ。

 ニーズヘッグたちもね」


 それにステラのお父さんはやっぱりすごい人だね、とレンジは言った。


 この世界は、アンフィスの父親である神・ハオジ・マワリーが作り出した。

 神は唯一無二の絶対の存在で、この世界には神は一柱しかいない。

 しかし、リバーステラには無数の神話があり、無数の神が存在する。


 ステラにそのことを説明したあとで、


「ぼくが生まれ育った国の神話にはたくさんの神がいるんだ。

 今、高天ヶ原(たかまがはら)というその神の国を治めているのはアマテラスという神だよ。

 それ以前に、ぼくの住んでいた国やたくさんの神を産んだ、イザナギとイザナミという神がいるんだ。

 この世界の聖書のアダムとリリスのような存在だよ」


 レンジは話した。


「イザナミは、イザナギとの間にたくさんの子を産んだ。

 でも、火の神であるカグツチという神を産んだときに、イザナミは大火傷を負って死ぬんだ」


「わたしが生まれたときといっしょ……

 そのあとどうなるの?」


「イザナギは、愛する妻を殺した自分の子を、その場で斬り殺した」


 ステラの顔が青ざめた。


「それだけじゃなく、黄泉の国と呼ばれる死者の国にイザナミを連れ戻しに行った。

 イザナミは自分を迎えにきてくれたイザナギのために支度をすると言った。

 支度が終わるまでは決して自分の部屋を覗かないように言った。


 でも、イザナギはその約束を破って、支度をする彼女の部屋を覗いてしまうんだ。

 一度死んでしまったことによって腐ってただれた彼女の顔を見てしまうんだ。

 そして、自分の国に逃げ帰ってしまう。


 それだけじゃない。

 自分の意思で死者の国へ行ったにもかかわらず、それを穢れ(けがれ)だとして、穢れを払うために禊(みそぎ)を行った。

 その禊によって生まれた三柱の神のうちのひとりが今、神の国を治めている。


 彼は、妻も子も本当に愛してはいなかったんだと思う。

 だから、そんなことが平気でできたんだと思う。


 けど、ステラのお父さんは違った。

 君を守ろうとした。

 君からわかれたピノアに、お母さんの苗字をつけた。

 ステラのこともピノアのことも、お母さんのことも、本当に愛していたんだと思う」


 ぼくも君のお父さんに負けてないけどね、とレンジは言った。


「何が負けてないの?」


 と、ステラは意地悪な顔で聞いてきた。


「そういうちょっとSっ気があることも含めて、ステラのことを全部愛してる」


 ありがとう、と彼女は笑って、


「何かお礼がしたいのだけれど……

『ステラ~・リヴァイアサンだよ~、あたしに叩かれたいのは~、どこのどいつだい~?』

 って言えばいいのかしら?

 確か、えっちな格好でムチを持つんだったかしら?」


 今度はレンジの顔が青ざめた。


「え、なんで、それを……」


「ソラシドがたまにわたしを女王様って呼ぶときがあるから、どうして? って聞いてみたの。

 そうしたら、アンフィスが未来のあなたから聞いたって言ってたんですって。

あなたにはそういう性癖があるって。

 ニーズヘッグもアルマもその話を聞いてたらしいわ」



 レンジが、ちょっとアンフィスを殺してくる、と真顔で言って部屋を出ていこうとしたので、ステラは慌てて引き留めた。


「全部終わったらしてあげる。

 少し……というか、かなり恥ずかしいのだけれど……

 あなたがわたしにしてほしいことは全部、わたしがあなたにしてあげたいことだから」


 ステラも、レンジも、顔を真っ赤にした。


「そのときは、お手柔らかにお願いします……」


「善処するわ」


 そう言ったステラの顔は、すでに女王様の顔だった。



 ライシア大陸の西部、極西にドラゴンの形をした島国があり、ジパングがある。


 ジパングは黄金の国と呼ばれており、1800年ほど前から代々女王が治めているという。


 初代女王はヒミコ、二代目の女王はイヨ。

 現在、女王はふたり存在し、返璧マヨリ(たまがえし まより)と白璧リサ(しらたま りさ)というそうだ。


「リサ?」


 女王のひとりは、レンジの妹と同じ名だった。


「そういえば、あなたの妹もリサちゃんだったわね」


 ステラは、父が遺してくれた動画の中で口にした妹の名前を覚えていてくれた。


「お義父様、お義母様とリサちゃんにちゃんと会えているといいわね」


「そうだね。父さんは行方不明になってから7年後に戸籍上は死んだことになっちゃってるから、いろいろ大変だろうけど」


 女王には必ずそばに陰陽道の使い手である陰陽師が存在するという。


「確か、今のふたりの女王のそばにいる陰陽師は、雨野タカミと雨野ミカナという名前の兄妹だったと思うわ。

 タカミは、陰陽道だけでなく、クラッキング・ザ・ワールドという、他の陰陽師たちが誰も持たない特別な力を持っているそうよ」


 クラッキング? コンピューター用語だ。

 確かハッキングと似たような言葉だった。


 しかし、この世界にはパソコンもインターネットもない。


 クラッキング・ザ・ワールド?

 世界を改竄する力だとでもいうのだろうか?


「公にはなっていないし、真偽のほども確かではないのだけれど……

 わたしやピノアのお父さんから一度だけ聞いたことがあるの。


 その兄妹も、あなたのお父さんと同じで、リバーステラの2009年から来たそうよ。

 ジパングにはゲートはないはずなのに」


 と、ステラは言った。






※ 次回より登場する、雨野タカミ・ミカナ兄妹は、当サイトに投稿済みの「あなたが創ったこの世界をわたしは壊したい。」の第四部、第五部に登場するキャラクターである雨野孝道(あめの たかみ)・雨野みかなのその後になります。

 本作品だけでもお楽しみいただけますが、そちらもお読みいただければ幸いです。

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