第103話 13人目の救厄の聖者 ①
ジパングの陰陽師である雨野タカミは、自国の飛空艇「アメノトリフネ」の陰陽人工頭脳「ツクヨミ」が探知するよりも早く、自国に接近する飛空艇の存在を感じ取った。
彼は肩書きこそ陰陽師であったが、陰陽道は使えない。
その姿は白と赤を基調とした狩衣(かりぎぬ)に、立烏帽子(えぼし)、袴、扇という、いわゆる「ザ・陰陽師!」 といった基本的なスタイルとは大きく異なっていた。
黒いジャケットに、シャツ、デニム生地のサルエルパンツに、背が7センチ高くなるシークレットブーツという出で立ちで、リバーステラの一昔前の大学生のようだった。
「転移者はふたりか。イレギュラーな10001人目の転移者が現れたというわけだ。
まぁ、もっとも、ぼくやミカナやメイの存在の方が、ブライ・アジ・ダハーカにとってはイレギュラーな存在だったろうけどね」
彼は、正確には飛空艇ではなく、彼が産まれ育った世界から彼と同様にこの世界へと招かれた転移者の存在を感じ取っていた。
「富嶽サトシが10000回もやり直しを繰り返さなければ、このイレギュラーは起こらず、そして、ジパングのふたりの女王がさらにイレギュラーな転移者を招いていなければ、救厄の聖者が13人揃わなかったというのは、なんだか皮肉だな」
彼は、この世界で起きているあらゆる事象について知り尽くしていた。
この国の女王である太陽の巫女だけが本来持つはずの、アカシックレコードにアクセスし、その情報を自由に閲覧する力を、何故か女王は持ってはいなかった。
その力は、リバーステラからの転移者である彼だけが持っていた。
アカシックレコードとは、宇宙の起源から現在にいたるまでのありとあらゆる情報がデータベース化されている場所だ。
この世界にも、彼が生まれ育った世界にも存在せず、どちらの世界の宇宙のどこにも存在しない。
5次元以上の余剰次元の中のどこかにその存在がある。
そして彼は、ただ閲覧するだけでなく、ある程度ならアカシックレコードを操作することができる力も持っていた。
だから、富嶽サトシとは全く面識がなかったが、彼が何を目的とし、この100年を10000回も繰り返してきたのか、その意思を汲み取ることができた。
彼が時の巻き戻しができずに死んでしまったときは、その魂がアカシックレコードにたどり着く前に肉体へと返し、時の巻き戻しができるようにもしていた。
アカシックレコードにまでたどり着いてしまい、そのデータベースの一部になってしまった場合は、魂をサルベージしたこともあった。
タカミは「アメノミハシラ」と呼ばれる、ジパングにある城の最上階にいた。
城はツインタワーの形状をしており、彼はその片側、返璧(たまがえし)の塔の女王・返璧マヨリに仕える陰陽師だった。
「マヨリちゃん」
彼は女王に仕える身でありながら、女王をちゃん付けで呼ぶと、
「悪いけど、ぼくはしばらく君のそばを離れることになりそうだ。
もしかしたら、もう帰ってはこれないかもしれない」
と告げた。
女王マヨリは、玉座というよりは人をダメにするソファにしか見えないものに、ぐでんとその身を預け、明らかにダメにされていた。
だが、彼の言葉を受け、女王らしく姿勢を正した。人をダメにするソファの上で。
着ていた着物、というよりは浴衣に近いものは、すっかりくしゃくしゃになっており、胸元ははだけ、乳房が露になっていた。
「そうですか……」
と、口の回りのよだれを手で拭いながら、口調だけは厳か(おごそか)にそう言った。
その、人を本気でダメにするソファは、マヨリではなく、もうひとりの女王に頼まれて、タカミがリバーステラにあったものを再現したものだった。
だが、どうやら、実物よりもすごいものを作ってしまったらしい。
当初は、
「女王たる者が、そんなだらしない姿を……
いくら民の前ではないとはいえ……」
と、もうひとりの女王に苦言を呈していたマヨリであったが、一度試してみるように言われ試してみてからは何も言わなくなった。
そしてタカミにこっそりと、自分用にもうひとつ、と頼んできた。
全くどこまでダメにされてるんだ、とタカミは思わず笑ってしまった。
「わたしはジパングの現女王のひとりであると同時に、初代女王・天照卑弥呼(アマテラス ノ ヒミコ)や二代目の女王・天照壱与(アマテラス ノ イヨ)から1800年続く、太陽の巫女であり、シャーマンです」
おっぱい丸出しだけど。
「あなたとの別れが近いということはわかっていました。
ですが、覚悟していても、やはりつらいものですね」
あ、ぱんつもはいてない。
「わたしとリサは、この国やこの世界を守るためとはいえ、リバーステラに存在するもうひとりのわたしたちと、あなたやミカナ、そしてメイを引き剥がしてしまったことをずっと申し訳なく思っていました。
改めて謝罪をさせてください。
本当に申し訳ありませんでした」
立ち上がって、頭を垂れると、浴衣は床にするりと落ちてしまった。
タカミは、マヨリのその美しい全裸(フル・フロンタルと読んでね!)から思わず目を逸らすと、顔を真っ赤にした。
「ぼくこそごめん。君の気持ちに答えることができなくて」
それは、彼女が今まさに、フル・フロンタルだからではない。
この10年あまりの間、彼は彼女の求愛を拒み続けていたからだった。
「まさか別の世界の自分に負けるとは思いませんでしたが……
きっと、あなたの世界のわたしは、わたしよりもずっと素敵な女性だったのでしょうね。
もしかしたら、勝ち負けではないのかもしれませんね。恋愛というものは……」
「君はとても魅力的な女性だよ。
そのソファを手に入れてからはちょっとだらしないけど、それもかわいく思えるし。
真依(まより)ちゃんと君は、確かに別の世界の存在する同じ女性だけど、ぼくは彼女と君を比べたことは一度もない。
出会った順番が逆だったなら、ぼくは」
「それ以上は言わないでください。泣いてしまいます」
タカミは、ごめん、とだけ言った。
そして、そばにいた女王の防人(さきもり)である璧隣ネイル(かべどなり ねいる)と本来の陰陽師である比良坂ヨモツ(ひらさか よもつ)に、
「エウロペからこちらに飛空艇が向かってきている。
リバーステラの大艦隊の脅威は去り、世界中のダークマターも浄化された。
アメノミハシラのバリアを解除してくれ。
いつでもアメノトリフネに変形できるようにしておいてくれると助かる」
そう指示を出すと、ゆらぎを作り、城のもうひとつの塔の最上階にいる、もうひとりの女王・白璧リサ(しらたま りさ)とその陰陽師・雨野ミカナの元へと向かった。
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