第100話 集う救厄の聖者たち ①

 10001人目の転移者・大和ショウゴは、彼の世界から転移してきたであろう空に浮かぶ大艦隊と戦うこの世界の戦士たちを眺めていた。


 大艦隊と戦っているのは、テレビゲームで見た飛空艇のような、この世界のものだろう空を駆ける戦艦が一隻と、数人の戦士とドラゴンだけであった。



 大艦隊は、転移してきてからしばらくの間、沈黙を続けていた。

 だが、突然、数千発はあるであろう核ミサイルらしきものを発射した。

それは、30分程前のことだった。


 しかし、たった一隻の戦艦から放たれた無数の翡翠色のビームのようなものが、核ミサイルをすべて撃墜していた。


 その後、世界中に黄金の蝶が舞い、そしてドラゴンらしきものに股がったふたりの竜騎士(?)が大艦隊を相手に戦いはじめた。


 黄金の蝶はショウゴのもとにも飛んできた。

 彼がその蝶に触れると、彼の中にあった破壊衝動のようなものが消えていた。


 なぜ自分は、今手に持っている合体銃剣を手にした直後、この世界の魔法使いらしい双子の少年たちを殺すようなことをしてしまったのか、自分でも理解できないほどに彼の心は洗われていた。


 とんでもないことをしてしまった、と思った。


 一度人を殺してみたかった?

 そんなことを考えていた、そのときの、それまでの自分を、おぞましいとすら思えた。



 彼は、物心ついたばかりの頃には、すでに有名私立小学校受験のための勉強をさせられていた。

 6歳のとき、小学校の受験に失敗し、彼はようやくそのつらい日々から解放されると思った。


 けれど違った。


 両親から出来損ないや失敗作だとなじられ、中学校受験は今度こそ失敗するなと言われた。

 公立の小学校に通いながら、塾にも通う、そんなこれまで以上に大変な生活があと6年間も続くのかと思った。


 彼は6歳で世界に、そして両親に絶望した。


 自分が合格出来なかった小学校に、妹が簡単に入学してみせたときに、彼は絶望だけでなく挫折を知った。

 8歳のときだった。


 妹が両親のように彼を馬鹿にすることがなかったことは幸いだった。

 彼は劣等感を感じていたが、妹はそれまでと変わらず兄である彼を慕ってくれた。


 妹には自分の苦しみはわからない。

 しかし、6歳から片道一時間かかる学校に毎日電車通学をして、へとへとになって帰ってくる妹の苦しみも自分はわからない。

 立場が違うからこそ、互いのことをよく話すようになり、理解しようとすることを覚え、より仲良くなることができた。


 そんな妹と、小学校で出来た唯一の友人は、彼の心の支えだった。


 友人には父親がおらず、母親は酒浸りであるらしく、祖父母に育てられていた。

 家庭環境の共通点は、お互いに妹がいることくらいだった。


 だが、妹のときと同様に、お互いの立場が違うからこそ、何でも話せた。

 大切な友達だった。


 しかし彼は、中学受験に合格して、ようやく妹がどれだけ大変な思いをしていたかを理解した。

 公立の小中学校とは授業のレベルが違い過ぎていた。

 公立の中学校で教わる以上のことを、妹は小学生のうちに学び、彼は公立の高校 以上、大学レベルのことまでを中学生のうちに学ばなければいけなかった。


 クラスメイトたちは皆、彼より頭がよく、精神年齢が高いのか、それとも冷めているのか達観しているのか、あるいは諦めているのか、ドラマやアニメなどで公立の男子中高生がするような、しょうもないいさかいで喧嘩をすることは一度もなかった。


 彼が知る限りクラスで起きた喧嘩は、

「無限大とは奇数か分数か」

「ゼロとは奇数か分数か」

 という難問から発生した口論のふたつくらいだった。

 無限大は奇数であり分数である、ゼロはそのどちらでもない、正しいかどうかはわからないが、クラスメイトたちはそのような結論に達し、喧嘩は数時間で終わった。


 そんなクラスメイトたちばかりの中で、彼は勉強はついていくのがやっとだった。

 妹とはより一層仲良くなれたが、友人とは疎遠になってしまった。


 友人が行方不明になったとテレビのニュースで知るまで、その存在を忘れていたくらいだった。


 距離が遠すぎて、戦士たちの姿は米粒よりも小さかったから、そこに彼の小学生時代の友人がいることまでは気づかなかった。


 だが彼は、自分を尾行している者の存在には気づいていた。

 尾行者はふたりだった。


 そして、そのふたりの尾行者は、自分が殺してしまったはずの双子の少年たちだとわかった。

 一体何が起きているのかはわからなかったし、なぜ自分がそのことがわかるのかもわからなかったが。


 魔法使いのようであったから、もしかしたら幻覚か何かを見せられていたのかもしれない、と思った。


 彼は振り返ると、姿の見えないふたりの尾行者に言った。


「さっきはごめん。

 ごめんですむ問題じゃないけど、本当にごめん。

 たぶん、俺、もう何年もずっと、頭がおかしくなってたんだと思う」


 彼は、自分の頭が、もう何年も霧がかかったような、もやがかかったような、ずっとそんな感じがしていたことを話した。

 よく物を壊したりしていた、と。

 殺しはしなかったが、犬や猫を殺そうと考えたこともあった、と。


「でも、さっき、黄金の蝶に触れたときに、おかしくなってた頭がすっきりした。

 やっと、自分を取り戻せた。そんな気が今してるんだ」


 ライト・リズム・エブリスタと、リード・ビカム・エブリスタは、彼の言葉を聞くと姿を現した。


 彼は、自分が人を殺していなかったことよりも、ふたりが生きていてくれたことが嬉しかった。


「信じていいんだな?」


「次また殺そうとしてきたら殺すぞ」


 ふたりの問いに、ショウゴは「構わない」と答えた。そんなことは絶対にないから、と。


「一週間くらい前に、俺が元いた世界で友達が行方不明になったんだ。

 俺が君らを殺そうとしたあの店に、その友達もこの世界に来ていることがわかるものがあった。

 友達がまだ生きているなら会いたい。

 一緒に帰れるなら帰りたい。

 何が起きてるか知りたい。

 だから、」


 ふたりは、わかった、とだけ言い、背中に天使のような羽根を生やした。


 その羽根は、ショウゴの背にも生えていた。


「大賢者様は飛空艇にはいないみたいだが、ピノアとステラがいるな? リード」


「あぁ、なんでかわかんないけど、少し前から、ピノアよりステラの方が何倍も強くなってるぞ、ライト」


「ステラのこの力は、アルビノの魔人っぽいな」


「あぁ、あともうひとりアルビノの魔人がいる。こいつは誰だかわからないな」



 ふたりは、ショウゴにはまるで理解のできないやりとりをした後で、


「俺たちにも何が起きてるかわからない」


「だから、あの飛空艇にいる連中と合流する」


 ついてこい、とふたりは言い、空に浮かびあがった。


 ショウゴもそれをまねしてみた。


 すると、彼もまた空に浮かぶことができたので驚かされた。






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