第99話 時の概念と父の未来

「お前にここに来てもらったのは、この世界における時間の概念を説明したかったからだ」


 父はそう言った。


「この世界だけじゃないな。父さんやレンジが生まれた世界もだ。


 時間というものは、過去を変えたら、現代も未来も変わる、ドラえもんみたいなものでもない。

 過去を変えたら、そこから歴史が分岐してパラレルワールドが生まれる、ドラゴンボールみたいなものでもない。


 過去を変えても、変えた過去と変える前の過去が同じ時間軸に存在するんだ。

 だから、現代も未来もそのままだし、パラレルワールドも生まれない。


 つまり、過去にさかのぼり、自分を生む前の両親を殺しても、自分の存在が消滅することはない。

 過去の自分を殺しても、同じだ。

 タイム・パラドクスが起きることはないんだ。

 過去がふたつあるだけだからな。


 時を司る精霊オロバスは、過去を変えることによって、生まれるはずの命が失われることを良しとはしなかった。

 だから、時という概念をそのように定めた。


 今、テラにあるすべての命と、リバーステラにあるすべての命は、父さんとブライが何度も過去を変え続けた結果、変えた過去と変える前の過去、その両方から生まれた命が存在している。


 リバーステラの人口が70億を超えてしまったのは、そのせいだ。

 だからブライは、2020年のリバーステラの人口を間引く選択をした」



 カーズウィルスのことだろう。


 テラでの百数十年前の戦争の後、ブライが自らゲートを産み出し、リバーステラに渡った。

 不安定なゲートの先は、2020年のリバーステラだったのだ。



「お前たちはいつか、ブライを追いかけてアンフィスの時代に行くことになるが、過去を変えることは、もちろんしちゃいけないことだが、大したことではないんだ。

 だから、躊躇うな。


 一番大切なことは、父さんも知らないリバーステラに渡ったブライを止めることだ。


 ブライが存在する限り、いずれ奴がふたつの世界で大厄災を引き起こす。

 そして、新たな神になり、自らに似せて人を作る。

 すでに未来のブライが一度やらかしてくれてる。

 リバーステラは、奴がテラで大厄災を起こした先にある未来だからな」



 ちょっと待て。

 今、父はなんと言った?


 リバーステラは、ブライがテラで大厄災を引き起こした先にある未来?


 元々はひとつだった世界が、科学と魔法という別の文明の発展の道を選択し、ふたつにわかれた、そういうことではなかったか?


 いや、そういう風に考えられていただけだ。

 転移初日にレンジもそう考えステラに尋ねた。

 そういう風に考えられている、世界はふたつにわかれたのは、おそらく2000年ほど前だとステラは答えた。



「テラやテラに住む人々にとって、リバーステラは未来にあたる。

 だが、父さんにとってのリバーステラの2009年までの歴史や、レンジにとっての2020年までの歴史は過去だ。

 だから、お前たちがブライを倒しても、リバーステラの存在がなくなることはない。

 ふたつの世界は、必ず共存できる」



 父はそう断言した。



「父さんに見てほしいものがあるんだ」


 レンジは、レオナルドがくれた甲冑を解除した。

 甲冑は、レンジの胸にある手のひらに乗る程度の大きさの逆三角形のエムブレムに戻った。


「それは?」


「ぼくがまだ5歳のとき、父さんが話してくれたことがあったよね。

 ぼくが生きてるうちに、本当に変身できる変身ベルトが出来るかもしれないって。

 覚えてる?」



 父は驚いていた。

 レンジがそれを覚えていたことに。


 そして、


「エーテライズ」


 ベルトではなくエムブレムの形ではあったが、レンジが自分の目の前で、パワードスーツや強化外骨格と呼んでも過言ではない甲冑を身につけていくのを目の当たりにしていることに。



「父さんのおかげで、ぼくがじいさんになる前に、父さんが生きているうちに見せられたね」


「父さんのおかげ? どういうことだ?」


「レオナルドが作ってたんだ。ブライと父さんの話からヒントを得て作ったんだって。

 魔法文明と科学文明の共存の先にある、レオナルドが作ったふたつの世界の架け橋だよ」


 父は、涙を流していた。


「さすがはレオナルドだな……」


「そうだね。それに、ぼくや父さんが知るブライや、父さんも。

 3人がこの甲冑を作ったんだ。

 だからさ、3人はほんとにすごいんだよ。


 オリジナル・ブライは、本来ならまだ空に浮かぶことができないはずのリバーステラの戦艦を、テラでなら空を飛べるようにした。

 けれど、その戦艦でテラに攻め込んできた。

 オリジナル・ブライは、ふたつの世界にそんな橋しか架けることができなかった」


 ぼくは父さんを心から尊敬してるよ、とレンジは言った。



 父が、時の精霊が定めた時の概念を伝えるためだけ、自分を呼んだだけではないことくらい、レンジにはわかっていた。


 父はもう、ここでしか生きられない。

 テラには帰れない。

 テラに帰った瞬間に、父の身体のカオス細胞は、「放射性物質だけを喰らう者」に浄化されてしまう。浄化された細胞はヒトの細胞に戻ることはなく死んでしまう。

 テラに戻れば父に待っているのは「死」しかないのだ。


「父さんがぼくに望んでいることは、オリジナル・ブライがこの次元からダークマターを取り出せないように、この次元をリバーステラやテラから完全に切り離すことだよね?」


 魔法剣「次元」ならそれができる。


 父は、大きく頷いた。


「できれば、この次元そのものを破壊してほしい」


 と言った。


「わかった。

 でも、父さんはその前にリバーステラに帰ってくれ」


 レンジの言葉に、父は大きく動揺した。


「レンジ、お前、自分が何を言ってるのか、わかってるのか?

 父さんはもう人じゃない。魔王なんだぞ!?」


「父さんは人だよ。魔王なんかじゃない。

 ただ身体中の細胞がガン化して、混沌化してるだけだ。

 でもヒト型のカオスと違って、そのカオス細胞を完全にコントロールしてる。

 ちゃんと人の心がある。

 父さんの身体は、リバーステラのガン医療に大きく役立つはずだよ」


「そうかもしれないが……」


「リバーステラにもいずれ、ステラやピノアたちが、黄金の蝶を舞わせることになると思う。

 そのとき、父さんは死んでしまうと思う。

 でも、まだ時間がある。

 父さんが死なないで済む、黄金の蝶が入り込めないシェルターのようなものを準備できるかもしれない」



 レンジは、魔法剣でリバーステラに繋がるゲートを開いた。

 ダークマターしか存在しない空間でも、レンジが身にまとう甲冑が別の次元にあるエーテルを集めてくれる。

 だから、魔法剣を使うことができた。


「父さんはもう充分すぎるくらいに頑張ってくれた。

 あとは、ぼくにまかせてほしい。

 母さんが、リサが、おじいちゃんとおばあちゃんが、ずっと父さんが帰ってくるのを待ってる」


 ゲートの先は、日本だった。

 レンジが生まれ育った町だった。


 レンジは、風の精霊の魔法で突風を起こし、父をゲートの向こうへと送り出した。


 レンジは、そのゲートをすぐに閉じた。


 そして、暗黒の次元を魔法剣で破壊しはじめた。

 暗黒の次元が消滅する寸前に、彼は自分がくぐってきたゲートからテラへと帰った。


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