第43話 静寂のエウロペ城

 城の中は、二日前にレンジがステラとピノアと共に訪れたときとは違い、がらんとしていた。

 人気(ひとけ)はなく、死体もない。

 カオスはもちろん、アンデッドの姿もなかった。


 しかし、その中央に位置する、エーテルを動力源とする二重螺旋のようなエスカレーターやエレベーターは動いており、ワープ装置も生きていた。

 一度最上階まで上がり、そこにあるワープポイントから正しい順番でワープを繰り返すことによって、謁見の間にはたどり着ける。


 レンジたちは、城内にはアンデッドが溢れているだろうと考えていたから拍子抜けすると同時に、ほっとした。


 国王もネクロマンサーだったのか、あるいは大賢者がまだ生きているのかは、まだにわからない。

 しかし、城下町の人々やカオスたちの死体がアンデッドになってしまった以上、城下町にカオスたちを放ち、あのような地獄に変えた者こそがネクロマンサーであることは間違いなかった。


 おそらくその者は、謁見の間にて、レンジたちが二日前に行わなかった謁見を、謁見という名の殺し合いを、今か今かと待ちわびていることだろう。


 そのネクロマンサーは城内の人々をすべて殺害し、アンデッドにしているにちがいないとレンジたちは考えていた。だから拍子抜けし、そしてほっとした。

 だが、その静けさは逆に不気味ですらあった。

 城内にいた人たちはどこに行ってしまったのか、レンジには見当もつかなかったからだ。


「どういうことかな?」


 ピノアがステラに尋ね、ステラはしばし考えた後で、


「城の多くの人たちは、魔法使いだったわ。

 国王や大賢者の思惑を、わたしたちと同じように誰も何も知らされていなかったのだとしたら……」


 そう言い、


「突如襲来したカオスの迎撃のために、城の人々は皆、城下町へ出た、というわけか……

 ぼくははじめてこの国に来たから、本で読んだくらいの知識しか、この国の文化を知らない。

 けれど、城下町の人々とは明らかに服装が異なる魔法使いや騎士らしき死体を見かけた」


 ニーズヘッグが続けた。


 レンジは無我夢中でそれどころではなかったが、ステラやピノアもまた、言われてみれば、というレベルではあったが、そのことに気づいていたようだった。



「だけど、城には魔法使いの他にも、料理人やメイドさん? 使用人かな? そういった人たちがいたんじゃないのかな」


 レンジは抱いた疑問を口にしたが、


「城で働いていた人たちは、この国以外では魔法とは一見関係ないような、そういった職種の人でも、皆魔法の心得があるのよ」


「料理をおいしくしたり、お掃除をしてくれる魔法もあるもんね。

 わたしは部屋の片付けとか苦手だけど、ステラがあんまり怒るから片付けの魔法だけは覚えたくらいだもん。あれは楽チン」


 この城のことをもっとも知るふたりが教えてくれた。


 城で働いていた人々の大半は、ふたりにとっては魔術学院の卒業生であり、先輩や後輩になるのだという。

 魔術学院の生徒たちは皆14歳になれば、卒業し城で働くようになるそうだった。


「きっと、まだ魔術学院の在校生だった子たちも城下町で命を落としたのでしょうね……」


 軍の上層部ですら何も知らされていなければ、あれは戦争に例えるなら本土決戦という国の存亡に関わる一大事だった。

 ステラの言うように、魔術学院の生徒たちが、学徒動員兵として戦場に立たされたとしても何もおかしくはなかった。


「皆、何も知らされず国を必死で守ろうとし、戦って命を落としただけではなく、その死体まで操られ、死すらも踏みにじられたわけか。

 さすがのぼくも怒りを覚えるよ」


 ニーズヘッグは言葉通り怒りに震えていた。


 そういえば、ステラは昨晩あの村で殺された村人たちの墓を作らなかった理由を、「わたしたちは人が死ねばどうなるのかを知っているから」だと言っていた。

 城下町に降り立ったばかりで、地獄のような光景を目の当たりし、戦えないと言って泣き崩れたレンジに対してそう言っていた。


「あれは、どういう意味?」


 レンジは尋ねた。


「すべての命は、死ねばその肉体は土に還り、その魂はアカシックレコードと呼ばれる場所に行くの」


 それは確か、リバーステラでは、宇宙が誕生してから現在に至るまでのありとあらゆる情報がデータベースとして存在すると言われていた場所だった。


「テラでもそのように考えられているわ。

 けれど、すべての魂がそこへ行き、アカシックレコードの一部になることを知っているのは魔人だけ。

 魔人の中でも、わたしやピノアのように精霊から愛されることができた魔人だけが教えてもらえるの」


 レンジは改めてふたりのすごさを思い知らされると同時に、


「そんな大事なこと話していいの?」


 不安になった。


「確か口止めはされてなかったはずだから。

 それに、ピノアに話しちゃうくらいだからいいんじゃないかしら?

 ね、ピノア?」


「どうせ誰も信じないし、いいと思う。

 なんかバカにされてるみたいでむかついたけど」


 むすっとした顔をしたピノアを見て、ステラは笑った。


「あなたのことをこの世界で一番理解していて、一番愛しているのは、わたしだっていうことを忘れてないかしら?」


 そう言われたピノアは顔を真っ赤にした。


「わたしの方がステラのことを理解してるし、愛してるもん……」


 彼女は小さな声で言った。



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