第42話 ケツァルコアトルはケツアゴちゃんと呼ばれたい。

 エーテルに取り憑きダークマターへと変えた魔素が、レンジの父が「リバーステラの負の遺産」と呼んでいた「放射性物質」であるのかどうかは、まだわからない。

 ガイガーカウンターがあればすぐにでも確認できるが、肝心のガイガーカウンターが手元にない以上、その正体を知る術(すべ)はなかった。


「ダークマターを感じない。汝らが張った上空のこの結界のようなものがダークマターを浄化したのか」


 ケツァルコアトルは空を見上げて言い、おそらくはステラから聞いたのだろう、ニーズヘッグが説明していた。ケツァルコアトルは感心していた。


 レオナルド・カタルシスを、ピノアのガントレットを使って発動すれば、一国の城とその城下町程度の規模ならダークマターは完全に浄化でき、大気中のエーテル濃度を百数十年前と同じくらいには戻せるということがわかった。


 だが、その代償はあまりに大きかった。



 国がひとつ滅んだのだ。



 無論、それはレンジたちのせいではなかった。

 城下町にカオスを放った者のせいだった。


 それに、城下町のエーテル濃度が一昨日の三倍であり、その濃度が枯渇が問題視されはじめる前程度というのは、素直に喜んでいいことであるとは、レンジには思えなかった。


 町中にヒト型のカオスが4体と通常のカオスが100体程溢れていたことを加味して考えれば、大気中のダークマターに加え、それだけの数のカオスのダークマターを浄化しても、三倍にしか戻らなかったということなのだ。


 ダークマターの浄化によって別の魔素に取り憑かれたエーテルは取り戻せる。

 だが、ヒト型のカオスが持つダークマターはおそらく通常のカオス50体分程度であり、4体で200体分程度だ。城下町にはさらに100体程度のカオスがいたから、そのダークマターの量はカオス300体分だ。


 大気中のダークマターとカオス300体分のダークマターを浄化することで、ようやくエーテルは問題視されはじめる前の濃度に戻るのだ。


 ダークマターをいくら浄化したところで、この世界をエーテルに満ち満ちたあるべき形に戻すことはできないのではないだろうか。

 魔法文明が発達したこの世界の延命処置に過ぎないのではないか。



「すべてが終わったら、わたしたちは魔法を捨てるべきかもしれないわね」


 ステラは、エーテル濃度を計測するマキナを、ピノアが相変わらず背中に背負っていたランドセルにしまった。


「この世界を、星をまるごと覆うような結界を張ることが仮にできたとして、ダークマターを浄化してエーテルを取り戻すことができたとしても、魔法を捨てない限り、きっと人はまた同じ過ちを繰り返してしまうわ。


 エーテルは清き水から生まれる。

 けれど、これ以上の魔法文明の発達は、新しく生まれるエーテルすらすぐに食いつくしてしまう。


 だから、この国は滅ぶべきだったのかもしれないわね。


 エウロペの急激な魔法文明の発達が、エーテルの枯渇を招き、ランスの竜騎士団をはじめとする人々の手を血で汚させてまで、戦争によって世界中のエーテルを独占しようとした。

 結果、エーテルの枯渇は深刻化した。


 この国は、星を喰らう者だった。


 すべてを喰らう者がその存在を許していたのは、きっと人は魔法がなくても生きていけるから。

 もしかしたら、人はいずれ滅びる運命にあったからなのかもしれない」



 ステラはそう言ったが、魔法文明とは異なる、もうひとつの可能性である科学文明が発展したリバーステラもまた、星を食いつくそうとしていた。


「でも、科学はだめだよ」


 だからレンジは言った。


「ステラは知ってたよね。リバーステラでは科学によって星を食いつくそうとしてたことを。

 話したよね。リバーステラでは、今未知のウィルスによって人類が間引かれてるって。


 もし、すべてを喰らう者が、それに似た存在が、リバーステラにも存在していたのだとしたら、リバーステラでパンデミックを引き起こし、70億人いた人口をたった7、8ヶ月で半数にまで間引いたカーズウィルスこそが、すべてを喰らう者だったのかもしれない。


 リバーステラでは、もはや人は存在してはいけない、すべてを喰らう者の殲滅対象かもしれないんだ」



 その場にいた誰も、何も言わなかった。何も言えなかった。



「城下町はケツァルコアトルにまかせてもいい?」


 最初に口を開いたのはピノアだった。


「わたしたち、これから城に向かうから。謁見の間に国王がたぶんいるから。ちゃちゃっやっつけてくるね」


 ケツァルコアトルはゆっくりとうなづいた。


「構わぬよ。我の身体では、城には入れそうにないからな。

 入ることは容易いが、入り口を破壊せねばならぬ。入ったところで満足に動くこともままならないだろう。

 城下町はもう安全だろうが、万が一ということもある。

 それに、『いい感じの乗り物』が、城の入り口のそばに待機していれば、汝らがたとえ満身創痍で帰ってきたとしても、アルマがいる町にすぐに送り届けてやれる」


 うん、とピノアは言った。


「もし、わたしたちが国王にやられちゃいそうになったときは助けにきてくれる?」


「無論だ。我と一心同体であるニーズヘッグがどこにいるかが我にはわかる。だから汝らはニーズヘッグから離れるな」


 わかった、とピノアはうなづいた。


「汝はもう、我のことをケツアゴちゃんとは呼ばないのか?」


「精霊の名前、ちゃんと覚えるって決めたんだ。

 だから、ドラゴンも、人の名前もちゃんと覚えるの。

 じゃないと、大切な子にまた無理をさせちゃうから」


 ケツァルコアトルは、少し、ほんの少しだけ、寂しそうな顔をした。



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