第38話 ピノアの覚悟 ①
ピノアは風神の盾から突風を巻き起こし、空高く舞い上がると、レンジと甲冑の狼・レオナルドと合流した。
ステラはもう大丈夫だろう。
しばらくは全身に走る激痛は続くだろうし、もしかしたらそれがおさまるまでは魔法を使えないかもしれない。
しかし彼女は、雷の精霊の中級魔法を無限に放つことができる杖と、それから強い心を持っている。
彼女の盾は、ピノアの足の下で突風を起こし続けており、空に浮かばせ続けていてくれたが。
それに、彼女のそばにはニーズヘッグがいてくれた。
舞い上がってくる途中で、ケツァルコアトルがこちらに向かって飛んでくるのも見えた。
「だから、ステラは大丈夫だよ」
ピノアはレンジにそう伝えた。
レンジはほっと胸を撫で下ろしていた。
ピノアは、次からはああいう役回りはわたしにまかせて、とレンジに言った。
たぶん自分なら、同じ魔人でもアルビノの魔人である分だけ、ステラよりも痛みは軽く抑えられるはずだから、と。
そこには何の根拠はなかったし、もしかしたら逆に彼女以上の苦しみを味わうことになるかもしれなかったが、ステラの苦しむ顔を見たくなかったからだ。
彼女はピノアにとって、血の繋がりこそないものの、共に育った家族であり、時に姉であり、時に妹である、そんな存在だった。
そして、幼い頃からずっとそばにいてくれた、大切な友達だった。
ピノアとステラは、物心ついた頃にはもう、既に親許から引き離されていた。
だからふたりは、自分の親が城下町に住む誰なのかも知らなかった。
だからふたりは、さきほどまで城下町に転がっていた死体のどれが自分の親なのかさえもわからなかった。
だからふたりは、ネクロマンサーによって動き始めた自分の親の死体が、自分に襲いかかってきたとしても気づかないし、気づかないからためらうこともなく魔法を放ててしまう。
ふたりが共に育った魔術学院は、巫女候補だけでなく、生まれながらに高い魔法の才能を持つ者が、男女関係なく集められていた。
皆、大賢者が選んだ将来有望な魔法使いの卵だった。
しかし、その大半は才能を持っていると言っても、それはあくまで人としてのものあり、魔人が持つ才能とは比べ物にならなかった。
そのため、ふたりは魔人というだけで羨望と嫉妬の対象になった。
しかし羨望の対象になるのは最初だけで、すぐに嫉妬の対象だけになってしまった。
「魔人だからいいよね」
「魔人は努力なんてしなくても何でもできちゃうんだもんね」
そんな言葉を何度聞いたかわからなかった。
ステラやピノアがどれだけ努力を重ねていても、「魔人だから」の一言で片付けられてしまうのは悔しかった。
どれだけ努力をしたところで、魔人には追い越すどころか追いつくことすらできないからと、魔法使いになることを諦めてしまう者もいた。
追いつく必要などないというのに。
諦めさえしなければ、魔術学院の生徒たちは皆14歳になれば、巫女をはじめとする王宮に仕える魔法使いとして採用されることがほぼ確定しており、魔法学者や魔法医師、魔法薬師、魔術学院の教員などといったさまざまな仕事があり、一生食いっぱぐれることはないというのに。
アルビノの魔人であるというだけで、ピノアは特に嫉妬の対象にされていた。
仲良くしてくれたのはステラだけだった。
ステラは幼い頃から今のように大人びており達観していた。もしかしたら諦観していたのかもしれない。
ピノアもまた同じだったが、このままでは自分たちはますます孤立してしまうと思った。
ピノアは、ステラが自分にだけ見せてくれる笑顔が好きだった。
ステラにはいつも笑顔でいてほしいと思った。
だから、ピノアはステラの隣でいつも道化を演じることにした。
それまでいつもむすっとしていたステラがよく笑うようになったのを見て、ふたりを遠巻きに見ていた同い年の魔法使いの卵たちは少しずつ距離を詰めてきてくれた。
そこから、少しずつ魔術学院での生活が楽しくなっていった。
ピノアはずっとステラだけを見てきた。
ステラがピノアのすべてだった。
ピノアは、ステラがレンジを好きになってしまったと知ってから、胸が苦しくて、心がざわざわして、つらくて、悲しくて、どうしようもないくらい、どうしたらいいのかさえわからないくらい、彼女のことが好きだった。
「ステラにもピノアにも、もう二度とあんな思いはさせるつもりはないよ。約束する」
レンジは言った。
「だからって、レンジが全部背負いこむのもだめだからね」
しかし、ピノアは、ステラがレンジを好きになってしまったのと同じくらいに、レンジがステラを好きになってしまったのが苦しかった。つらかった。悲しかった。
自分もまた彼に惹かれていることに気づいていたからだった。
ピノアは昨日、わたしもレンジのことを好きになったらごめんね、とステラに言った。
あれは冗談でもなんでもなかった。
本気だった。
ステラを笑わせようと冗談っぽく言ってみたが、彼女は笑ってはくれなかった。
だから、気づいているんだと思った。
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