第39話 ピノアの覚悟 ②

 ピノアはレンジに、自分は彼とレオナルドの手伝いに来た、と伝えた。



 自分にしかできないことがある。だから、それをしようと思った。

 しなければいけないという義務感も確かにあったが、それよりも、したい、という気持ちの方が強かった。



 ずっとステラに憧れていた。


 ステラが自分に憧れていることや、同時に生まれもった才能の違いに劣等感を抱いていることをピノアは知っていた。


 けれどステラは、ピノアもまたずっと彼女に憧れていることや、彼女の心の強さに劣等感を常に抱いていることを知らないだろう。



 ピノアは真下にある城下町で、全身に走る激痛に苦しむステラを背にしてアンドッド化した人々やカオスたちと戦うニーズヘッグを見た。


 ニーズヘッグは本当に強い。


 本当に人なのだろうか?

 と、1000年に一度生まれるかどうかという存在である、アルビノの魔人である彼女が疑問に思うほどに強かった。

 しかも、槍術の基礎を幼い頃に学んだだけで、その後は修行らしい修行をしたことはないというのだから驚きだった。


 その天賦の才は、槍か魔法かという違いこそあれ、人や世界を守ることができることができる才能という大きなくくりで見た場合、彼が持って生まれた才能は自分のそれよりもはるかに優れているように感じた。


 彼はきっとこれから先、修行をすることを覚えるだろう。

 アルマを、彼や彼女が生まれた国や、彼女の本当の祖国や、この世界を守るために。

 ケツァルコアトルに、自分を選んだことを後悔させないために。

 レンジやステラやピノアと共に、この世界の破滅に導こうとする者たちと戦うために。


 自分が優れた才能を持ってしまったがゆえに与えられてしまった役割を、いやいや演じるのではなく、彼は自ら選んだ。

 だから彼はその才能におごることは決してなく、最大限に活かせるよう、誰よりも強くなろうとするだろう。



 それは、レンジもまた同じだった。


 一昨日この世界に来て、彼ははじめて剣を手に取った。

 彼は剣術の基礎すら知らなかった。いまだに知らない。誰も教えられる者がいなかったからだ。


 彼は昨日、ヒト型のカオスに殺されかかった。

 だがその直前まで、たったひとりで何十匹もの三つ首の魔犬ケルベロスを倒しただけではなく、ケルベロスたちのダークマターを取り込んだ一角獣モノケロースまでをも倒していた。


 夜には、大賢者をピノアやステラと共に倒した。

 彼がいなければ、ピノアとステラのふたりだけでは、大賢者には勝てなかっただろう。もちろん、レオナルド・ダ・ヴィンチ・イズ・ディカプリオが遺してくれた秘術の存在があったからこそではあったが。


 そして彼は今日、それもつい先程、魔法を使えるようになり、この世界にはなかった魔法剣という技を編み出した。

 その魔法はまだ初歩の初歩のもので、ピノアから見れば朝飯前レベルのものではあったが。

 さらには、二柱の精霊の魔法を同時に扱う合体魔法による、二重魔法剣さえも編み出した。


 彼は剣術だけでなく、魔法の基礎さえ学んでいなかったというのに。


 そして、別の個体であるとはいえ、昨日殺されかけたヒト型のカオスをひとりで倒して見せた。

 いくら魔装具の力があったとはいえ、彼にはニーズヘッグに勝るとも劣らない才能があり、その成長速度はまるで幼い頃の自分を見ているかのようだった。自分すら超えている気がした。



 ピノアは、これまで持って生まれた才能を憎んですらいた。


 望んでそんな才能を持って生まれてきたわけじゃない、と。


 アルビノの魔人として生まれたことや、それによって与えられた役割を、いやいや演じてきた。


 しかし、それでも才能に見合った努力をしてきたつもりだった。

 大賢者ですらたどりつけなかった新たな魔法すら生み出すことができた。


 しかし、火や水や雷の精霊や、時の精霊たちに溺愛され、甘やかされていることに甘えていた。

 精霊の名前すらろくに覚えず、風と土と光の精霊に嫌われてしまった。自分が悪いのに、あいつらの力はもう借りてやらない、と悪態までついていた。


 その結果、ステラにつらい思いをさせてしまった。


 彼女はこうするしかなかったと言ってくれた。

 だからこれでいいのだと。


 しかし、ピノアはそんな自分が許せなかった。


 だから、変わることに決めた。



 ピノアの目には、レオナルド・ダ・ヴィンチ・イズ・ディカプリオが遺してくれたその秘術がどのような術式によって編み出されているものなのかが視えていた。


 この世界には、「すべてを喰らう者」と呼ばれる、人の目には見えない存在がいる。

 それは、この世界に存在して良いものといけないものを仕分け、存在してはいけないものだけを喰らう。


 しかし、すべてを喰らう者は、ダークマターの存在を、それを構成するエーテルにとりついたもうひとつの魔素がこの世界に存在することを許してしまっていた。


 その秘術は、レオナルド・ダ・ヴィンチ・イズ・ディカプリオ(くっそ長くてめんどくさい名前だなぁ、もー!! ピノア談)が、すべてを喰らう者を人工的に進化させたものだということは、前に見たときにすでにわかっていた。


 すべてを喰らう者を、エーテルにとりついたそのもうひとつの魔素だけを喰らう者へと進化させたものだと。


 彼は、魔法大国エウロペの唯一の魔装具鍛冶職人であり、魔装具とは結晶化したエーテルから作られる。

 だから彼は、エーテルについて高い知識を持ち、エウロペの魔法学者たちよりも、おそらくはこの世界の誰よりもエーテルについて知り尽くしているといっても過言ではなかった。


 おそらく、すべてを喰らう者とは、目に見えないほど小さな、微生物か細菌か、あるいはウィルスが、エーテルによって進化したものだった。


 エーテルによって進化した存在を、彼がさらに進化させたのだとしたらそれはエーテルを使った進化しか考えられなかった。


 だから、ピノアの両腕のガントレットなら、彼が産み出した秘術の威力や効果を高めることができる。


 秘術の術式自体にピノアが何かをする必要はなかった。


 レオナルドをガントレットを装着した両腕で抱き上げて、秘術を発動させる呪文のような合言葉のようなものを、彼女が口にするだけで良かった。


 ピノアはレンジにそれを説明し、


「レオナルド・カタルシス」


 小さく呟いた。



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