第35話 戦場は城下町。④
昨晩、あの村で起こった惨劇が再現されようとしていた。
再現されはじめていた。
数十人から100人程度の村ではなく、1000人以上もの人々が住んでいた城下町で。
ステラやピノアがよく知る、共に魔法を学び、共に育った人々が住む魔術学院がある町で。
「どうして、町の人たちの死体が……」
「もしかして、大賢者がまだ生きてるの?」
ステラとピノアは動揺していた。
魔人である彼女たちの目に、どれだけ人が脆く弱い存在に見えていたとしても、彼女たちは人だからだ。心を持っているからだった。
彼女は、ヒト型のカオスとは違うからだ。
「たぶん、国王もネクロマンサーだったんだろうね」
レンジは言った。しかし、それは願望のようなものだった。
レンジも彼女たちも、ネクロマンサーとしての力を最大限に発揮するため、自らの肉体をも既にアンデッド化していた大賢者の肉片が動かなくなるのを確かに見届けた。
だが、その肉片は動かなくなった後、目を離したわけでもないのに、消えてしまっていた。
三人は昇り始めた朝日が大賢者の肉片を消滅させたのだと思った。
だが、もしそうではなかったとしたら?
大賢者は、あのときはもう何も出来なかったはずだ。
大賢者がまだ生きているとしたら、あの場から彼を連れ去った者がいるということだ。
レンジが細切れの肉片にまで切り刻んだ、ダークマターを取り込んだ肉体を、治癒や修復、あるいは復元することが可能な者がいるということだ。
そんなことが可能なのは、時の精霊オロバスの魔法が使える者だけだった。
大賢者はすでに時の精霊から見限られていた。おそらくは闇の精霊の魔法に手を出してしまったからだろう。
その代わりというわけではないが、時の精霊に気に入られ、その力を借りることを許されたピノアは、互いに「オロバスちゃん」「ピノピノ」と呼び合うほどの仲ではあったが、時の精霊はピノアを溺愛し甘やか過ぎてはいるものの、精霊としての節度をわきまえていた。
第一ピノアは仲間だ。そんなことをするはずがない。
可能性があるとしたら、時の精霊にその力を貸りることを許されたもうひとりの存在だけだった。
それが誰なのかを、レンジはピノアから聞いて知っていた。
しかし、時の精霊はそれを許すわけがないだろう。
だから、その者は時の精霊さえも気づかない形でその力を借り(借りるというよりかは盗む、という表現が正しいのかもしれない)、時を止め、大賢者の肉片を回収した。
そして、その死体の時を巻き戻すことで、大賢者の体を元に戻した。
それは、レンジにとって、最悪のケースだった。
だからそれ以上考えることを彼はやめた。
今そのことについて考えても、あくまで憶測に過ぎず、考えたところで答えが出るものではなかったからだった。
今は目の前の状況をどうにかすることを考えなければいけない。
頭を切り替えろ、余計なことは考えるな、レンジは祈るように自分にそう言い聞かせた。
「こんな死者を冒涜するような真似……ここにアルマがいなくてよかった」
ニーズヘッグが言った。
「君たちにはまだ話していなかったけど……
それからいつか彼女が自分の口から話すだろうから、それまでは知らないふりをしてほしいんだけど、彼女はランスとエウロペが滅ぼしたペインの王族の生き残りの末裔なんだ」
「そう……王族はすべて処刑されたと聞いていたけれど、処刑を免れた人がいたのね」
アルマの先祖であるペインの王族の生き残りは、ペインが敗戦へと向かう中で産まれ、他国だけでなく自国の民にすらその存在が隠されていたという。
ニーズヘッグの先祖にあたる竜騎士が、生後まもないその王女を保護し、養女に迎えたそうだった。
「いつか、彼女には国王や大賢者がしたことを謝らなければいけないわね」
「そうだね。ペインはまだ復興できてないって聞いてるし。
わたしが次の大賢者になるから、この国のことはレンジとステラに任せようかな。レンジが国王になってもいいし、ステラが女王になってもいいし」
「国王には何人か王子や王女がいるし、さすがにそれは無理じゃないかしら」
ステラが顔を赤くしながらそう言ったのを見て、レンジも顔が熱くなるのを感じた。
「そうか、レンジ君とステラちゃんはそういう関係なのか」
ニーズヘッグは嬉しそうに笑った。
戦うことよりも、小説や演劇が好きだと彼は言っていたから、きっと恋バナも好きなのだろう。
「応援するよ。この状況をどうにかしてからだけどね」
「言っとくけど、今ふたりだけの世界に行ったりして、いちゃいちゃしだしたりしたら、さすがのわたしも怒るからね」
「わかってるわ。どうやらそんな余裕はとてもなさそうだもの」
カオスの死体までが、ダークマターの黒い瘴気を撒き散らしながら動きはじめていた。
それは、カオスがただアンデッドと化しただけでなく、城下町の外にいるカオスを呼び寄せていることを意味していた。
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