第34話 戦場は城下町。③
ニーズヘッグはレンジたちを見つけると慌てて駆け寄ってきた。
「ヒト型のカオスがいた」
青ざめた顔でそう言った。
「あんな存在がいるなんて、聞いたこともないよ」
しかし、顔こそ青ざめてはいたが、彼は傷ひとつ負ってはいなかった。
彼の4人の兄、つまりはランスの竜騎士団の部隊長たちより少し強い程度、だったそうだ。
彼にとっては、カオスである以上手加減をする必要はないが、全力を出す必要もなく、目をつぶっていても勝てる、ということだった。
本当に強いのだなとレンジは思った。
「でも、だったら、どうしてそんなに顔が真っ青なの?」
「見た目が、ちょっとね……」
そのヒト型のカオスの顔は、彼が苦手な蛇やトカゲによく似ていたという。
「ケツアゴちゃんと同じ顔じゃん」
「全然違うよ。ケツァルコアトルはぼくが知るドラゴンの中で最も美しい」
「ねー、ステラにレンジ、アルマちゃんて結構美人だったよね? わたしの方がかわいいけど。
ステラを大人にしたみたいな感じっていうか。わたしの方がかわいいけど。
ニーズヘッグの守備範囲が広すぎて、わたしもうわかんないんだけど」
「あ、いや、ぼくはケツァルコアトルを異性として見ているわけではなくて……」
レンジとステラは、ふたりのやりとりを見ながら笑い、ニーズヘッグに一定量のダークマターを取り込んだカオスはヒト型へと進化することを説明した。
それから、ステラはピノアの頭にげんこつを落とし、
「地味に痛い! めちゃくちゃ痛い!!」
「アルマさんの方がピノアよりかわいいから」
と言った。ちょっと怒っているようだった。
「ステラ~、ちょっと本気で痛いんだけど~」
本当にかわいいな、とレンジは思った。
ニーズヘッグは、レンジが両手に持つ剣が炎と雷をまとっているのを見て、
「それは、魔法剣って言ったらいいのかな?
この世界の人間にはない発想だね」
と言った。
「それに、ついさっきまでレンジ君から感じていた力より、今のレンジ君から感じる力は桁違いだ。
どうやら君は、戦いのさなかで成長し、新しい技さえも編み出せる才能があるみたいだね」
彼は言った。
レンジの潜在能力は未知数だという。
それは、ステラもピノアも同意見だった。
彼は、テラにはこれまで存在しなかった魔法剣を編み出した。
剣が魔装具であり、結晶化したエーテルから作られたものであったからこそで きたことではあったが。
この世界では、魔法を得意とする者は魔法を極めようとし、魔法よりも剣や槍を得意とする者は戦士や騎士となる。
魔法戦士と呼ばれる、魔法と剣や槍を扱う者もいるが、彼らは器用貧乏な存在であり、魔法では魔法使いには及ばず、剣や槍では戦士や騎士に及ばないという。
しかし、魔装具と魔法剣があれば、器用貧乏な魔法戦士こそが、最強の存在となるのかもしれない、と三人は話していた。
魔法剣は、レンジがテレビゲームから得た知識を試してみたものだけのものであった。
しかし、それだけではなく、彼は昨晩ステラが使った、闇夜の中でも暗視ゴーグル程度の視界を得られる魔法に、さらにサーモグラフィのようなものがつけば、体温がすでにないだろうアンデッドたちの中から、体温を持つネクロマンサーの位置を特定できるかもしれない、という新しい魔法のアイデアさえもすでに提案していた。
それは、科学文明が発達したリバーステラにしかないものも、魔法文明が発達したテラでも再現が可能であることを示唆していた。
他国との貿易は、お互いの国にしかないものの売買ができるだけでなく、異文化の良い部分を吸収できるが、所詮は同じ世界に存在する文化に過ぎない。
文明の発展の仕方が異なる異世界は、他国よりもはるかに異文化だった。
いつかテラとリバーステラが、貿易によって共に栄えることができれば、ふたつの世界はきっと素晴らしい文明の進化を遂げるだろう。
だが、ふたつの世界が互いにその存在を知ることになれば、どちらの世界も人が変わらない限り戦争になることはおそらく避けられないだろう。
「でも、不思議ね。
カオスが一定以上のダークマターを取り込んだらヒト型のカオスになることを、わたしたちは昨日はじめて知ったのよ?」
もしかしたら、ステラが風の精霊の魔法で作った伝書鳩のようなものが原因かもしれない。
レンジはそう思ったが言わなかった。
伝書鳩の宛先は大賢者だったからだ。
大賢者は、ネクロマンサーとしてレンジたちの前に現れたとき、手にその伝書鳩を持っていた。そして、それを握り潰した。
彼はまさか自分があの村で死ぬことになるとは思っていなかっただろうが、国王もまたヒト型のカオスの存在を知った。
だから、城下町をその実験場にした……?
いや、違う。
大賢者から国王に伝わっていたとしても、あまりに準備が良すぎる。
丸一日も経っていないのだ。
それにわざわざ城下町を実験場にする意味がない。
「たぶん、大賢者や国王は、ヒト型のカオスの存在を、以前から知っていたんだろうね。
父さんが旅をしてた頃にもきっと現れたんだよ。
だから、城か魔術学院か城下町か、この国のどこかで、すでにヒト型のカオスを人工的に産み出していた」
「つまり、ヒト型のカオスは4体だけとは限らない、ということね」
ステラが言った。
一体はレンジが、もう一体はニーズヘッグが、残りの二体もピノアが片付けていたが、まだ油断ができない。そういうことだった。
「そして、このタイミングで、それを城下町に放ったということは、わたしが昨日大賢者に伝書鳩を送ったせいでこんな事態が起きてしまったんじゃないかと思わせる、わたしへの心理的攻撃……そういうことね?」
さすがはステラだとレンジは思った。
彼女はすでに自分の伝書鳩のせいで、こんな事態が起きてしまったのではないかと疑っていたのだ。
「でもやっぱり国王もバカだね。大賢者よりバカ。
大賢者に襲われたら、そしてあいつをやっつけたら、わたしたちが国王も放っとけないって、ランスに向かうのをやめて戻ってくることくらい、普通わかるはずだもん。
それすらもわからなかったから、慌てちゃったってわけだよね?
一週間くらいは時間をおかなきゃ、準備が良すぎることがバレバレ。
そんなこともわかってないし」
まったくだ、とレンジは思った。
謁見をちゃんとしておけばよかった。
どんなバカ面をしてるのか見ておきたかったくらいだった。
「たぶん、城下町を実験場にしたのは、ステラの中で眠ってる9998人の巫女の力を、ショック療法? みたいにして目覚めさせる、そんなところかな。
あとは、サトッシーの息子のレンジの才能を見極めたかったとか」
サトッシーっていうなよ、とレンジは思った。
だが、ありえる話だった。確かにそれもあっただろう。
しかし、それだけではないような気がした。
「ヒト型のカオスは、ぼくたちを招き寄せる囮や餌に過ぎないのかもしれない。
城下町にこれだけの死体を作り上げることに意味があるのだとしたら……」
ネクロマンサーは、大賢者は、生きている?
そういうことだった。そうとしか考えられなかった。
城下町の人々の死体が、ゆっくりと動き始めた。
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