第25話 戦いのあと

 レンジに切り裂かれてもなお、愚者の体は動いていた。


 手足を切り落とし、首をはねても、そのひとつひとつが地面を這い、レンジに向かって来ようとしていた。



「彼はおそらく、とうの昔にすでに死んでいたのでしょうね。

 ネクロマンサーに関する資料はとても少ないのだけれど、強力な術者が自身をアンデッド化することもあるという話を聞いたことがあるわ」


 おそらくは、よりダークマターを扱える存在になるために、自らをアンデッド化したのだろう、ということだった。


 両手の手のひらには結晶化したエーテルが埋め込まれていた。


「アンデッドになってしまってからは、エーテルを扱うことができなかったんだと思うわ。

 けれど、彼は大賢者であり続けなければならなかった。だからここまでしていたのね」



 ネクロマンサーとは本来、死者の霊魂を呼び寄せ、召還した霊魂から知識を賜り、その知識から吉凶を読む者であり、占い師のようなものであるという。


 レンジが産まれ育った国にいるイタコがそれにあたるのだろう。


 しかし、霊魂が必ずしも術者の願いを聞く訳ではなく、誤った知識を与えることもあれば、最初から言う事を聞かずに霊障を起こすといったこともあるという。

 そもそも霊魂を呼ぶ事が出来ない等、占いとして著しく精度が欠く事もあった。


 自然の法則に反する禁忌の秘術を使用する為、暗黒面に堕ちやすく、精神に異常をきたす場合があるという。



「彼がしたことは許されることではないけれど……

 もう楽にしてあげたいの。いいかしら?」


 ステラは手のひらに火球を作り出した。ピノアの得意とするインフェルノや業火連弾のようなものではなく、小さな、優しささえ感じられるような火球だった。


 レンジはその手を両手で優しく包みこみ、火球を無効化した。



「たとえ十年以上騙されていたとしても、この人は一応、ふたりにとっては育ての親にあたるんだよね」


「そうね……本当に父親のように思っていたわ。師であり、父だった。尊敬していた」


「ステラやピノアが、手を汚すようなことはしなくていい。

 レオナルドが遺してくれた最後の発明が、今、大賢者のダークマターをすべて浄化してくれてる。

 もうすぐ、彼は本当の死を迎える。

 でも、もしかしたら万が一のことがあるかもしれない。

 だから、ぼくが見てる。

 ふたりは、これ以上はもう見なくていい」



「わたしはちゃんと見るよ。

 ダークマターに手を出すということがどういうことなのか、ちゃんと理解しなきゃいけない。後世に語り継いでいかなきゃいけない」


「わたしもちゃんと最期まで見届けるわ」




 3人は地面に座り、大賢者の肉片が完全に動かなくなるまで見守った。


 朝日が昇り始める頃、肉片はようやく動かなくなった。





「どうする? 一度、エウロペに戻る?

 大賢者や国王が何か企んでるのはわかってたけど、大賢者がネクロマンサーだった以上、国王も放っておいたらいけないよね?」


「そうね……この村で馬車を借りて国境へ向かうつもりだったし……北へ行けばもう少し大きな街があるけれど……徒歩では数日はかかってしまうから」



 その瞬間、時が止まったことを、レンジもステラもピノアも気づくことができなかった。


 制止した時の中で、時が制止していることを認識でき、行動できる者は時を止めた者だけだからだ。


 大賢者と同じフードつきのマント姿の男が3人のすぐ後ろにいた。



「ブライ・アジ・ダハーカ。

 一体君は、ぼくを何度失望させるつもりなのかな」


 男は大賢者の肉片を見下ろして語りかけた。


「きっと君は、相変わらず私を傀儡の王としか思っておらず、自分こそがエウロペの真の王だと思っているのだろうね。

 君はその少年の言う通り、本当に愚かだ。

 君のために大賢者の座を用意したことは、大きな誤りだったのだと思うほどにね。

 だからこそ君は使い勝手が良いわけだけれど。


 君がこのようにぼくに肉体の時を戻させるのは、これで8度目だ。


 そろそろ気づいてくれてもいい頃だとおもうんだがね。

 誰が君の主であり、そして、誰が魔王であるのかということを」



 エウロペの第255代国王、ラーガル・フリョ・トルムリン・エウロペは、大賢者の肉体の時を巻き戻し復元させると、大賢者と共に姿を消した。


 もしその顔をレンジが見ることがあったならば、彼は国王をこう呼ぶだろう。



「父さん」



 と。




 時が動き出したとき、レンジとステラとピノアは何も知らなかったから、大賢者の肉片がそこからなくなっているのを見て、朝日によって消滅したのだと思った。



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