第23話 ネクロマンサーとの戦い ③

 ステラとピノアが放った魔法は、ネクロマンサーが放った魔法によって相殺された。


 しかし、それによって起きた爆風が、ネクロマンサーが深くかぶっていたフードをめくりあげ、その顔があらわになっていた。



「大賢者……?」


「嘘でしょ……!?」


 ステラとピノアは愕然としていた。



 美しい、けれど冷たい顔立ちをした青年だった。


「国王への謁見がまだだと聞いていたけれど、なぜこんなところにいるんだい?」


 その手には、ステラが彼に送った風の魔法の伝書鳩がいた。


 彼はそれを握りつぶし、レンジを見つめた。


「君が秋月レンジくんかい?

 本当にサトシに瓜二つだね」


 作り物のような笑顔を浮かべ、


「私は、エウロペの大賢者ブライ。

 君のことは、君の父親からよく聞いていたよ。

 会えるのをずっと楽しみにしていた」


 彼はその名を名乗ると、まるでステラやピノアに自分が本当に大賢者であることを証明するかのように、両手を掲げた。

 その手のひらに巨大な火球をひとつずつ作り出した。


 業火連弾だった。


 だが、その火球「インフェルノ」は、ピノアがレオナルドの店で見せてくれたものよりも、はるかに大きかった。


 エーテルではなく、ダークマターを触媒にしているのだ。


 ステラとピノアがレンジの前に立った。

 ふたりもまた業火連弾を両手に作り出していた。


「あれ? ステラも使えたんだっけ?」


「使えなかったわ。業火連弾どころか、インフェルノも習得してなかった。

 このガントレットのおかげか、犠牲になった巫女の力が目覚めはじめたってところじゃないかしら」


「愛の力じゃない?」


「そうね。あの男にはレンジに指一本触れさせたくないもの。

 ところで、ピノアこそ、本当に火球が四つになってるわよ」


「ちょっとは否定してくれないと、からかいがいがないんだけど、ま、いっか。

じゃ、ま、いっちょ、はじめての共同作業『業火六連』を試しちゃお」



 ふたりが業火六連を放つと同時に、大賢者もまた業火連弾を放った。


 大賢者の業火連弾は、ふたりの業火六連を相殺することもなければ、弾き返すこともなく、飲み込んだ。


 一体それは、業火何連になるのだろうか。

 数でいえば8だが、大賢者の放ったふたつの火球は、ふたりが放った六連を飲み込むほどの力だった。


 レンジの体は勝手に動いていた。


 このままでは、必ずふたりは跡形もなく消えてしまう。


 レオナルドが父のために作ってくれた甲冑ならば、その手の甲にあるレオナルドの発明ならば、なんとか防げる気がした。


 だから、


「ふたりとも、ごめんね」


 ステラから預かっていた盾から突風を巻き起こし、ふたりを遠くへ飛ばした。


 ふたりは飛ばされながらも、レンジの名前を何度も呼んでいた。


 そういえば、リバーステラでは家族以外に名前を呼んでくれる人はいなかったな、そんなことをふと思い出した。秋月、秋月くん、そんな風にしか呼ばれたことはなかった。レンジという名前すら覚えてもらえていないことが多々あった。


 レンジはステラの盾を地面に置くと、両手をかざし、手の甲からレオナルドの発明品を次々と打ち出した。


 自分が跡形もなくなるかもしれなかったが、それでもふたりを守れるなら構わないと思えた。


 それに、自分の存在はおそらく、目の前の男が企む計画にとって、ステラやピノアよりも重要な、要となる存在であり、自分が死ねば、その計画を潰せるとも思った。


 無論死にたくはなかったが。


 だから、レオナルドの発明が大賢者の魔法を無効化し、ステラとピノアの魔法を彼が作った甲冑が無効化してくれたときは、正直ほっとした。



「レオナルドのその発明は本当にやっかいな代物だ。

 彼は義理や人情に生きる、職人堅気で、愚直なまでにまっすぐな男だった。そんな彼を見るたびに、いつも虫酸が走っていた。

 だが、彼はもういない。

 君の甲冑にあるものを破壊すれば、ダークマターを浄化する術(すべ)は、彼が100年近い時間をかけて産み出したすべてがただの徒労に終わる。

 まずは、計画の第一段階の完了だ」



 彼は、ピノアならば再現できるであろうということを知らないのだろう。


 甲冑は着脱に時間がかかるため、レオナルドは一瞬で着脱が可能な装置を組み込んでいた。

 首の後ろにスイッチのようなものがあり、オン・オフを切り替えるだけで着脱が可能だった。



「君は非常に正しい選択をした」


 大賢者はうれしそうに微笑んだ。


 レンジの体からパージした甲冑は、狼のような形となり、


「もうぼくのことは守ってくれなくてもいいよ。これからはあの人についていくんだ」


 甲冑の狼は、レンジの言葉を理解し、大賢者のそばへと歩いていった。



「君のことは、サトシから聞いてはいたけれど、なかなか顔を見せに来てくれないから、レオナルドの死体の脳をいじくりまわさせてもらった。


 どうやら君は、子ども頃からサトシと世界をまたいだ共鳴のようなことをしていたようだね。

 だから君は勘がよく、頭がいい。


 私が十年以上も大事に大事に手懐けてきたステラやピノアも、もはや私よりも君を信じるだろうね。


 君はまるでサトシそのものだ。

 サトシと共に旅をしたあの頃が懐かしい。

 自分が魔王にされるためだけの旅とも知らず、最後までこの世界を救おうとしていた愚かな男だった」


 100年以上も生きながら、そんな自分こそが最も愚かな存在だということに、なぜこの男は気づけないのだろう。

 レンジには不思議でしかたがなかった。



「父さんはもうすぐ死ぬのか?」


 レンジは大賢者を名乗る愚者に尋ねた。


「だからあなたは、父の代わりにぼくを魔王としようとしているんだろう?」


 愚者は、


「本当に君は頭がいい」


 とレンジを誉めた。




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