三 村の名の由来

「……ん?」


 なんだか身体中を、ピリピリと痺れるような感覚が襲ったのだ。


 元来、酒は強い方であまり酔うことすらないのだが、今日は旨い酒のせいかだいぶ呑み過ぎてしまったのだろうか?


「……あ、あれ……おかひいな……し、舌もまはははく……」


 その痺れはみるみる強くなってゆき、やがて口もきけなくなると、ついには指一本動かすことができなくなってしまう。


「おお、効いてきただな。やっぱりおめえ、鬼だったか……」


 すると、そんな私をまじまじと大きなまなこで見つめ、村長がなんだか妙なことを言い出した。


「なあ? 我のいう通りであったろう? 我の霊視の前ではすべてお見通しじゃ。一目見た時から鬼の気配がだだ漏れじゃったわい」


 また、庵主さまもにんまりと不気味な笑みを浮かべながら、固まった私の顔を覗き込んでそう自慢げに語っている。


 お、鬼だとバレていた!? そんなバカな! 今まで一度として正体を悟られたことなどないぞ!?


「う……う、ううぅ……」


 信じがたいその事実に私は驚愕するが、口からは驚きの声ではなく苦悶の呻き声しか出ない。


「ハハハ! どうじゃ動けんじゃろう? この酒は村に伝わる〝鬼毒酒〟でな。かの酒呑童子退治で使われたものと同じ醸造法だと聞いておる。人間には無害じゃが、鬼が飲めばたちどころに身体の自由を奪われてしまうのじゃ」


 そんな私に高笑いを響かせ、徳利を掲げた寺の和尚がこの状況についてそんな説明をしてくれる。


 き、鬼毒酒だと!? あ、あの源頼光みなもとのらいこうが酒呑童子に飲ませ、動けなくなった隙に首を斬り落としたいうあの酒か!? ……クソ! ダメだ。身体がぴくりとも動かない……しかし、なぜバレた!? それに、なんでそんな酒が伝わっている? この村はいったいなんなんだ!?


「明治の文明開化以来めっきり減ってしまったが、久々に良い鬼が手に入った……我らは遠い昔より、鬼の肉を食ろうては不老長寿の力を得てきた一族でな。時折、そなたのように餌につられてやって来る鬼を捕らえておるのじゃ」


「わしは外から来た人間なんじゃがな。村の診療所に赴任して、初めてその事実を知った時には驚いたが、科学的調査をした結果、紛れもなくそれが本当のことであるとわかった……鬼の肉に勝る妙薬はなし! おかげでわしもこの歳にしてこんなにもピンピンしておる」


 なおも動かない身体を動かそうと藻掻く、私のその疑問に答えるかのようにして、今度は神社の宮司と医者がその答えを語って聞かせてくれる。


「〝鬼鳴村〟という村の名は、本来、〝鬼がく〟、あるいは〝鬼が居くなる〟ことからきているらしい……その名の通り、この村に入った鬼は二度と生きては出られん」


 続けて、二人の話をまとめるかの如く、この村の名前の由来まで村長が教えてくれた。


 ……なんということだ……この村は、〝人を喰らう鬼〟とは真逆の、〝鬼を喰らう人間〟達の村だったのか!?


 つまり、彼らは騙されているふりをして、反対に私を騙していたということか……そして、私が油断するように誘導し、まんまとこのような罠に……。


「まあまあ、ようやく獲物の準備ができたようですわね。それじゃ、お待ちかねの鍋にいたしましょうか」


 奢り高ぶっていた自分の愚かさに今さらながらにも深く後悔の念を抱いていると、今度は台所へと続く引き戸が静かに開き、よく研がれたギラギラと光る出刃庖丁を片手に、場違いな笑顔を浮かべながら村長の奥さんが入ってくる。


 ……鍋? ま、まさか、この囲炉裏にかかっている鍋は私に出すためではなく、私を食べるためのものだったのか!?


 身体は相変わらず動かせぬまま、震える眼だけで湯気の立つ鍋を見つめ、新たにわかったその事実に私はさらなる恐怖を覚える。


「ああ、さっそく鬼鍋にするべえ。いやあ、ほんと鬼の肉なんて久しぶりだなあ……ジュルリ…」


「いやあ、想像するだけで生唾が溢れてくるだよ……ヘヘヘヘ…」


 一方、まるで〝安達ヶ原の鬼婆〟が如き出刃庖丁を煌めかせた奥さんの登場に、村長を筆頭とした村人達は全員、私を見つめながら涎を啜り始めている。


 皆、私のことを食材としてしか見ていないのだ……私はずっと人間を食料として見てきたが、自分が食物として認識されるのは初めてだ……。


「さあさあ若い衆、この鬼を台所に運んでくれ。新鮮な内にさばいて、血抜きをしなきゃ味が落ちるべ」


「へい! みんないくぞ? よっこらせっと!」


 予想だにしなかったこの展開に、驚きと恐怖に支配された私の動かぬ身体を、村長の呼びかけに若い男衆が持ち上げ、再び戻る奥さんについて台所へと運んでゆく。


「味が落ちないようシメずに・・・・調理するから、ちょっと痛いかもしれないけど我慢してね。すぐに美味しい鍋にしてあげるから」


 そして、巨大なまないたの上に仰向けに寝かされた私を見下ろし、変わらぬ朗らかな笑顔を浮かべた奥さんが、大きく包丁を振り上げながらそう声をかける。


 泣くことなどもう何百年ぶりだろう……動かせぬ身体同様、閉じることもままならないその瞳から、私は一筋の涙を流した……。


               (泣いた鬼 ※注 感動しない方向です 了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

泣いた鬼(※注 感動しない方向です) 平中なごん @HiranakaNagon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画