彼女。

 綺麗な顔。


「すごいね。元通りだ」


「なんかね。断面が綺麗だったって言われたの。だから、繋がったんだって」


 路上に散らばっていたときのことを思い出して。


「うっ。うええっ」


 ちょっと吐いた。


「ごめんなさい。いやなことを思い出させてしまって」


 彼女。ごみ箱をあてがって、背中をさすってくれる。


「ばらばらになった君を見たとき。死にたくなった」


「ごめんなさい。わたし。死にたくて。あんなことになってしまって」


「ううん。君の気持ちが。ちょっとだけ。分かった気がする。おえっ」


 今度は、えずいただけで、何も出てこなかった。


「つらい。つらくて、くるしい、気持ちだった。君も、毎日。こんな感じだったのかなって。思ったら。うええ気持ちわるい」


「大丈夫。吐いて吐いて」


「おえっ。うええ」


 やっぱり。何も出てこなかった。


「君の脚を見つけたときは。ああ、死んでしまったんだなって。思っただけだったのに」


「うん」


「ばらばらになった君は。ほんとうに。心まで。ばらばらになってしまった気がして。よかった。君がいま、ここにいてくれて」


「うん。身体もちゃんと繋がった。心は」


 彼女。水を口に含んで。


 口移しで、口をゆすいでくれる。


「あら」


 ゆすいでくれた水を、飲んでしまった。


「もう一回やるね?」


 彼女の口が、自分の口にくっついて。


 水が、入ってくる。


 ゆすいで。


 吐き出した。


 口の酸っぱさは、消えている。


「ありがとう」


「心は。あなたが繋いでくれたの。ありがとう。好きよ」


「うん。ぼくも」


「あなたの一人称。ぼくのほうが合ってるわよ」


「じゃあ俺にする」


「なんでよ」


 何も、解決していない。

 彼女は、身体が繋がったけど、心の不安定さは消えていない。

 自分は、彼女のばらばらになった身体を見てしまった恐怖が。


「うっ」


「まだ吐きたい?」


「吐かない」


 耐えた。


「吐きたいときは、吐いたほうが楽になるよ?」


「君が飲ませてくれた水が。ゆすいでくれた口が。リセットされちゃうから。吐かない」


「遠慮しないでよ。あなたの恐怖は、わたしのせいだから。何度だって、お口ゆすいであげるから」


「おええ」


 病室。


 病人に介抱される、自分。


 なんか、情けなくて、笑えてきた。


 吐くだけ吐いて。少しだけ、楽になって。


 キスをして。


 口をゆすいで。


 彼女も。


 ちょっとだけ、笑っていた。


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左脚 (※ホラー注意) 春嵐 @aiot3110

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