第143話


 サイド:リュート=マクレーン



「ミケランジェロの最後の審判ってか」


 バチカンの壁画……最後の最後がこの場所ってか。

 ったく……本当に出来の悪い話だ。


 人の気配を頼りに箱舟の地下を降りに降って辿り着いたのは大聖堂。


 かつて世界遺産に登録されていた芸術の極地へと辿り着いたって訳だ。


 しかし、どうして旧世界の人類はこんな中途半端な事をしたんだろうな。


 ――地球を滅ぼすという決断をしたのに、それでも人間を残した


 そして文明が進み過ぎないように人口調整を施したうえで、それでも守護者を始めとして人類を滅ぼさないように手当も施した。

 そもそものナノマシンによる武装もまた、伝承上の魔物を模した生物兵器に対抗する手段だしな。


 オマケに、ここにも芸術を残している。


 本当にどこまでも不完全で、そして神様気取りにいけすかない連中だ。


 ――いや、それが人間のエゴか。それこそが人間ってことなんだろう


 90%の悪意の中に、10%の善意。


 99%の動物性に1%の神性。


 あるいは、それが人間という不完全な生き物に残された可能性。


 パンドラの箱に残された、微かな希望。


 うん、やっぱりそれが人間なんだろうな。

 そして、俺たちもまたこの世界の行く末をはるか遠い未来、例え文明が進んだとしても……旧世界と同じ道を辿らぬように、もう少し賢くなることを期待して、その時の人間に託すと決めた。


 はは……と、俺はその時気付いた。

 今まで理解不能だったこのシステムの作成者の真意と、俺たちの取った指針は結局は何も変わらないんだ。


 ――人間の可能性にかける


 結局は……そういうことなんだろうな。


 と、そんなことを考えていると、大聖堂の片隅でブツブツと狂ったように独り言を言っているモーゼズの声が聞こえてきた。  

 たった一人で震えて、取り巻きの連中もモーゼズを見捨ててどこかに行ってしまったらしい。


 涙を流し、鼻水を垂らし、ツバをまき散らし、ただただ震えることしかできない、転生者の長。

 

 ――裸の王様


 そんな言葉が脳裏をかすめる。

 

「何故なのです、何故なのです、何故何故何故何故!? ゆりかごを用意した! 村人も洗脳した! 量産型も1万体用意した! 万全の態勢! 鉄壁の布陣だったはずです!」


 俺たちが歩み寄ると、モーゼズは「ヒイッ」と悲鳴をあげる。


「何故、何故、何故、何故何故何故!? どこで……どこで間違えたというのです?」


 しばし俺は押し黙り、モーゼズに向けて穏やかな口調で語り掛けた。


「最初からだよモーゼズ」


「最初……から?」


「俺たちは幼馴染だった。コーデリアがいて、お前がいて、俺がいて」


 コーデリアは何とも言えない面持ちで小さく頷いた。


「3人で笑い合った時期もあった。どうしてなんだよ? 何がお前をそうさせたんだ?」


 2度目の時は上辺だけだった。こいつがどんな奴か知っていたからな。

 でも、この世界で生を受けて、初めての時は……俺はお前を友達だって思ってたんだぜモーゼズ?


「……から」


「ん?」


「……コーデリアさんが美しかったから。どうしても……どうしても欲しかったから!」


「……」


「そして、私が優れているからです! 私こそが最も美しい戦女神と結ばれる運命にあるのです! 論理的思考を重ねれば、それ以外には結論が出ない! 何故村人なのです!? 何故、私ではなくリュートなのです!? 子供の時から、私はそれが悔しくて悔しくて、納得できなくて――勇者である貴方を手中にするために全力を尽くしてきたのです!」


 コーデリアは俺と顔を見合わせて、肩をすくめた。

 そして、悲し気に首を左右に振った。


「なあモーゼズ? もう少し、まともな言い訳を聞きたかったってのが本当のところだ。だが、本心で答えたお前へのせめてもの情けだ。一瞬で終わらせてやる」


 拳に魔力を込める。


 俺の全てのMPを込める。



「これがお前に一度殺された男の……村人の怒りだっ!」



 ――スキル発動:村人の怒り


 俺の無尽蔵のMPを拳に込める。


 長い――本当に長い因縁だった。

 

「あばよ。幼馴染」


 俺の拳がモーゼズの顔面にメリこむ。


 モーゼズは莫大な魔力の奔流を体内に叩き込まれ、すぐにモーゼズの肉体が内部の魔力圧に耐えきれなくなり――


 ――爆裂四散した。


 

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