第137話

 リリスの回復魔法で俺たちは何とか全員が持ち直すことができた。

 とはいえ、特に俺のダメージは深刻で、完全には回復は仕切れなかった。

 致死の攻撃をマーリンと劉海に雨あられのように受けて、無理な魔人化もあわさって体がグチャグチャになっているって感じかな。

 これを治療するにはしばらくの間静養して、心身ともに休める必要がありそうだ。


 外に出ると龍王率いる龍の軍勢がが量産型勇者の群れを駆逐した後だった。

 で、俺たちは里の会議室で今後の方針を決めることになったんだけど――それはそれは急転直下の電撃戦になることになった。



「それでは皆さん。お忙しい所恐縮ですが……これから方舟に殴り込みをかけたいと思います」


 と言ったのは龍王だ。

 っていうかこいつはいつ見ても本当にホスト服が良く似合うな。

 まあ、金髪ロンゲでかなり古いセンスだけど、男前なのでサマになる。


「殴り込み? これからか?」


 俺の言葉に劉海は大きく頷いた。


「うん。モーゼズはリュートを失うとは欠片も思っていなかったはず。今頃は計画修正やらでてんやわんやの大騒ぎだろうさ」


 劉海の言葉をマーリンが続ける。


「基本的にモーゼズとかいうやつは搦め手できよるのじゃろう? なれば、破綻しかけた計画を修正する間もなく一気に畳み込めば良いのじゃ」


「まあ、俺等はどっちかというと全員脳筋だからな。相手に時間を与えずに一気に勢いで行くってのも悪くない手だと思う」


 けれど――と俺は溜息をついた。


「俺はズタボロだぜ? 劉海もマーリンも疲弊してんだろ? まあ、俺のせいで申し訳ないんだけどさ」


 と、そこで龍王はニコリと笑って、椅子の横に置いてあったアタッシュケースを机の上に置いた。

 旅行用か何かの、それこそホストが使ってそうなオシャレなものだ。確か漂流物とか言って、こっちの世界にも流れてくるんだっけか。


 そうして龍王はケースの中から小瓶を取り出した。


 瓶の中には黄金色に輝く液体が入っていて――


「世界樹の雫さ。かつてシステムが……守護者と同じく人類を生かし、守るために作り上げたアーティファクト」


「世界樹?」


「うん。50年前に転生者に世界樹が破壊される前にギリギリ少量確保できてってわけだね」


「その効果は?」


「HPとMPの完全回復。丁度人数分あるから、万全の状態でこのまま殴り込みをかけることができる」

 

 前から思ってたんだけど、こいつ等何でもありだな。

 デタラメに強いし、長い間システムを調べていただけあって色々と詳しいし……。

 まあ、デタラメなのは俺が言うこっちゃないか。


「えーっと、龍王? 要は、モーゼズも俺を支配下に置いていた時の俺の状態は知っている。つまり……こちらがすぐに動けないと思い込んでいるということか」


「その通り。故に、今がベストタイミングでもある」


「返す刀で強烈なカウンターってわけだな」


 一同を見渡すと、全員が大きく頷いた。

 元々、コーデリアもリリスも血の気は多い。そして俺も含めて、殴られっぱなしが性に合う人間は一人もいない。



 ま、どうやら、満場一致で方針決定ってところだな。

 そうして、俺もまた大きく頷いてこう言った。


「目標は方舟。連中が準備ができていない今……強襲する。みんなの力を貸して欲しい」





 方舟。 

 モーゼズ達が方舟と称する施設。

 終末の核戦争に耐えた自給自足可能な都市シェルターであるバチカン……まあ、見た目はドームなんだけど、そのほど近く。


「さっきので思い出したけど、そういえばアレが世界樹の成れの果てだったんだよな」


 立ち枯れた老木があった。

 それはそれは巨大な樹木で、山みたいな大きさで、上の方は軽く雲がかかっている。


「そうですリュート。転生者達は人口調整をしやすくするために人類を守護する力を大昔から少しずつ刈り取っていましたから」


 龍王の言葉に頷き、「けれど……」と俺は笑った。


「でも、生命ってのは強いもんだ。かつて滅ぼされたとしても、ちゃんと新しい命が芽吹いている」


 立ち枯れた巨大樹木の麓では、若く大きな――とは言っても世界樹よりは小さい、百メートルくらいの大きさの若木の林が広がっている。


 箱舟のすぐ近くまで、背の高い林が広がっていて、それはかつて自らを滅ぼした転生者達に一矢報いるという生命の息吹を感じるものだ。


 そこでマーリンは楽し気に頷いた。


「生命は人の手では決して管理できんものじゃからな。世界樹を滅ぼした者も、まさか復活の可能性は考えてはおらんかったじゃろう。まあ、全てを癒す雫は成木をならねば採取はできん……しかし、それは数百年の後には成る。この星と生命の営みの物差しではあっという間じゃろう。所詮、人の小細工などその程度のものじゃ。このシステムも……また然り」


「ところで、雫ってのはどういう感じで採取するんだ?」


「成木であれば常時霧のように噴霧しておるよ。故に、かつての冒険者の死亡率は今とは比べ物にならんほどに低かったのじゃ。たちまちに全回復するということで、昔は回復魔術師の肩身が狭くてな」


「しかし本当にゲームみたいな設定だな」


「まあ、人が作ったモノじゃからな」


 と、それはさておき……俺たち6人はそのまま方舟へと歩を進める。


 ドームに到着すると同時、扉が開いた。

 すると中から、量産型勇者と思わしき、武装した男が2人こちらに出てきた。


「何だお前ら? こんなところに来れる人間なんて限られているが……Sランク冒険者の酔狂か何かか?」


「やかましい」


 裏拳一発。


「ぷべらっ!」


 鼻骨を粉砕し、そのまま100メートル程度吹っ飛んでいく。


「な、な、何だお前らは?」


「だから、やかましいっつってんだよっ!」


 再度の裏拳、今度は逆の方に男が吹っ飛んでいく。


「……」


 コーデリアが黙っているので、俺は「ん?」と小首を傾げた。


「ほんっとうに呆れるほどに脳筋。アンタってノリが滅茶苦茶よね。今まで黙ってたけど、たまにどっちがチンピラか分からなく時があるわ」


「はは、こりゃあ手厳しいことで」


「戦いが終わったら、アンタにマナーってものを教えてあげなきゃだね」


「お手柔らかに頼むぜ」


「……コーデリア=オールストン?」


「ん? 何? リリス?」


「……リュートの嫁を気取るのはまだ早い。しかも姉さん女房気質なんて100万年早い」


 バチバチと二人が睨み合いを始めたので、俺は怖い怖いとばかりにそそくさと扉の中に向けて歩を速めた。


 長い長い通路、その先に扉が見えて、歩いていると……アラームの音が響き渡り始めた。


「さて、これで侵入がバレバレってことだな」


 と、言ってもこれは計画通りだ。

 元々、俺たちが今ここにいること自体が連中の想定外。ならば、派手ならば派手な方が良い。


 そうして5分ほど歩いて通路が終わり、俺は扉を思いっきりに蹴破った。


「ありゃりゃ、とはいえこれは想定外」


 ドームっていうか……そのままの意味でドームだな。

 ここは元々はバチカンの街をそのまま地下に埋めた核シェルターだ。だから、居住区は地下ってのは知ってたが……。

 地上部分は東京ドームのグラウンドの数倍の広さで……それで、量産型が地下へと続く通路からワラワラと地上に出て来るのが見えた。

 

 その数、3000か4000ってところか。数分で出て来たってことは練度が高いんだろう。

 1万の全員……いや、龍の里で3000殺ってるから、総数7000。まあ、全員が出て来るのにも、後数分ってところか。


「さあ。一万人斬り……いや、7000人斬りと洒落こもうか」


 エクスカリバーを抜くと、龍王が首が左右に振った。


「いや、リュート? ここは俺様ちゃん達に任せてもらう」


「どういうことだ?」


 ウインクと共に龍王が応じる。


「因縁の相手に引導を渡すのは君であるべきだろう? ここは僕と劉海君とマーリン君が引き受けよう」


 で、俺はしばし考えて――クスリと笑った。


「超凶悪大怪獣3体VSウルトラ警備隊7000ってところだな。こりゃあウルトラオールスターズでも援軍で連れてこないと分が悪いみたいだぜ、モーゼズ」


「ケイビタイ?」


「分からんなら分からんままで良いぞコーデリア」


「ともかく……」と俺はドーム内を見渡した。


「事前に手に入れているこの施設の設計図は頭に入っている。一番大きな地下への入り口――あそこだっ!」


 俺は真正面、数百メートルの地下への階段を指さした。


「走るぞ! コーデリア! リリス!」


 ドーム内を駆ける。


 疾風のように、天馬のように、最大戦速で突っ走る。


 少し遅れたコーデリアとリリス。


 コーデリアの周囲を4人の量産型が囲み、一斉にそれぞれが武器を構えて振り落とす。


 シュオン。

 

 風斬り音が都合4つ、瞬く間に8つに分断された4人分の死体ができる。


 そのままコーデリアは進路を変えずに前方の人垣へと突貫する。


 シュオン、シュオン、シュオン。


 神殺しとも呼ばれる炎剣ヒノカグツチが、蒼炎の軌跡を残しながら、瞬く間に人を肉塊へと変えていく。


 コーデリアはまるで無人の野を行くかのように、いや、剣で人間をなぎ倒しながら、速度をゆるめずにただ走る。


「な、な、何だ!? 何だ何だコイツ等はあああああっ!」


「あの赤髪……まるで羅刹!」


 そこで、リリスは軽くため息をついて呟いた。


「……MP節約……限定金色咆哮(ミニマムドラグズ・ニュークリアー)」


 リリスの前方に核熱の炎龍が現れ、量産型を次々と飲み込む、いや、焼き尽くす。


「核熱……だとっ!?」


「俺たちは全員がSランクオーバーだぞ!? それをこんなゴミクズみたいに……聞いてねえっ! こんなの聞いてねえぞ!」


「最強の力で金も女も好き放題の無敵の軍隊じゃなかったのかよっ!」


 右往左往する量産型たちを眺め、思わず俺は噴き出してしまった。  


「はは、まるでゲームで良くある無双モノみてえだな。それじゃあ俺も……行かせてもらいますか」


 地下への入り口に到達した俺は、遅れているコーデリア達の為に露払いをすることにした。


 つまりは――


「闘気解放っ!」


 俺の半径50メートル圏内に突風が発生し、量産型数百人一気に吹き飛んでいく。


 いやいはや、これは本当にゲームの無双モノみてえだ。


「何だ、何だ何だこの黒髪っ!」


「闘気解法の余波だけで俺たちを吹き飛ばしただとっ!?」


 空中に舞い上がり、ボトボトと落下していく人間を見物していたところで、ようやくコーデリアとリリスが追い付いた。


 そうして、リリスが地下の階段に向けて――


「……限定金色咆哮(ミニマムドラグズ・ニュークリアー)」


「ぐぎゃあああああああっ!」


 中から、炎に焼かれる男たちの悲鳴が聞こえる。


「良し、これで中はある程度掃除できただろ。行くぞ」


 コクリとコーデリアとリリスが頷いて、俺は残された周囲の量産型に声をかける。


「安心しな。俺等はただここを通るだけだ。これ以上はお前らの相手はしねえよ」


 そして、ご愁傷様とばかりに後ろ手を振っりながら地下への階段を下り始めた。


「ま、後ろにそれはそれは恐ろしい……ドラゴンのお兄さんと、女みたいなお爺さんと、子供みたいなお婆ちゃんがいるけどな」



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