第135話

 サイド:コーデリア=オールストン



 目もくらまんばかりの大爆発。


 リュートが片膝をついて、私は一旦距離を取る。


 ドサリとその場に崩れ落ちるリリスと、そして……漂う魔力の質で、私は何が起こったかを察知した。


 生命を燃やして力量以上の魔力を引き出す……自爆魔法。


 ズタボロになったリリス、今すぐ駆け寄って救命措置をしたいけど、それもできない。


 息をしているかどうかも……分からない。


 涙を堪え、私は大きく剣を構えて、リュートに突撃する。


 リュートもまた立ち上がり、白銀の剣を構えた。


 煌めく剣閃。


 洞窟内に響き渡る甲高い金属音。

 

「ねえ、リュート?」


 今、私とリュートの力量は互角。


 劉海師匠が、マーリンさんが、そして……リリスが命を賭してリュートにダメージを与えてくれた。


 だから、戦える。みんなでリュートを私の次元まで落としてくれたから。


 私は今、一人で戦っていない。リリスの思いが……私に剣に力をくれるっ!


「ねえ、リュート? そんなにズタボロになっちゃって……」


 全身が焼け焦げ、骨が所々見える。


 息も荒々しく、立っているのもやっとだろう。


「こんなにズタボロなのに……どうしてなの?」


 リュートの上段撃ち下ろし。

 受け流そうとするけれど、その力はまだまだ力強い、

 たまらないとばかりに私は大きくサイドに飛んだ。


「覚えてる? 子供の頃、私の方が背が高かったよね。はは、それがいつの間にか……そんなに背が高くなっちゃって」


 リュートは答えない。

 ただ、剣を私に無数に降らしてくる。


「覚えてる? 私が勇者の神託を受けた時、これからは私がリュートを守るって言ったよね? それなのに……村人なのに、いつの間にか勇者より強くなっちゃって。陰でボロボロになるまで自分を追い詰めて、そうやってそこまで高みに上がったんだよね?」


 やはり、リュートは剣で応じる。


 そして私は剣と言葉でリュートに訴えかける。 


「アンタはいつだってそう。一人で決めて、一人で実行して、一人で成功させる。成功しちゃうっ!」


 涙と共に、剣を振るう。

 ただひたすらに、リュートの剣筋に食らいついていく。


「私なんていつも置いてけぼり……勝手に龍の里にいって、勝手に旅に出て……いつもいつもアンタはそう……。弱い人間は貴方にとって救うべきだけの存在なんだよね。救えれば、結果さえ良ければそれで良いんだよね。でもね、リュート。聞いて欲しいの。妹さんのこともあって、何が何でも自分が守るって……背負い込んじゃってるのも分かる」


「けれど……」と、私はリュートの心臓に向けて突きを繰り出した。


「でも、ズタボロじゃん! 一人でボロボロなってんじゃん! リリスにだってトドメを指していない! 劉海師匠やマーリンさんだって、アンタは素通りした! ひょっとしたら倒すことも殺すこともできたかもしれないのに! 私だってそう! 本当だったら開幕早々に私は殺されて、そこで終わってた! 本当なら私がアンタの剣についていけるわけがない! 太刀打ちできるわけがないじゃん! でも、今……太刀打ちできてんじゃん! 何でよ!? アンタが仲間に加減してるからでしょ!? 自分が傷つけば良いってそうなってんでしょ!? でも……アンタがズタボロになってんじゃん!」


 リュートの打ち下ろし――反応が間に合わない。


 ズプリ、と太ももにエクスカリバーが突き刺さる。


 そこで、リュートの動きが微かに止まった。


 けれど……血を失い過ぎた。心に活を入れるけど、体が冷たく力が入らない。


 最早これまで……。今まで根性で体を動かしていたけれど、肉体的限界を超えた。物理的に活動限界だ。


 なら、後は私の思いをリュートに伝えるだけ。これで届かなければもう終わりだ。


 私は剣を捨てて、リュートの両頬を両掌で挟み込んだ。


「一人で全部なんとかしようなんて……思わないで。だって、そんなの疲れちゃうでしょリュート? 周囲を傷つけたって良いんだよ、迷惑かけたって良いんだよ? だから、一人で考えて勝手に消えたりしないで。何かあったら相談して、みんなで対処しようよ。貴方が痛かったら、周りに痛いって言って良いんだよ? 私達は弱いかもしれない。でも、お互いに……傷をなめ合うことはできるんだよ」


「……」


「ねえリュート。戦いが終わったら少し休もう。そして、これから先は……少しで良いから他の人を頼りにしよう? 私だってリリスだって強くなったんだよ。それは……リュートが大好きだから。アンタの側にいたいから」


「……」


「全部終わったら私たち3人で一緒に暮らそうよ。この際、リリスが一緒でも良いよ。最初はそりゃあ私とリリスは喧嘩しちゃうかもしれないけど、いつかは笑い合えるはず。それで、みんなで楽しく生きていこう。だからお願い……戻って来て」


「……」


「大好きだよ……馬鹿リュート」


 コツリ。


 リュートの頭に私のゲンコツが音を立てて……力なく落とされる。

 そうして私はそのままガクリと地面に崩れ落ちたのだった。





 サイド:リュート=マクレーン



 一面の暗闇。

 まどろむ景色。


 何故か俺は冬の川を流されていた。

 どれほどの間流されていたのだろうか。

 体温を奪われ、手足の先の感覚も無い。

 ただ、されるがままに仰向けに流されている形だ。

 不思議と寒さや痛み、そして辛さは感じない。



 そして、ただ……ひたすらに眠い。


「はは、これって1回目の時にモーゼズニハメられて殺された時みたいじゃねーか」


 と、そんなことを考えていると、やはりあの時のリピートのようにコーデリアの声が遠くに聞こえてきた。 


「――リュート! リュートーー! どこなの!? 返事を……返事をしなさいっ!」


 何故、ここにコーデリアがいるのかは分からない。


 川の岸の砂利道。

 猛速度のダッシュでこちらにコーデリアが向かってくるのが見えるのはリアルの出来事だ。


 どうやらコーデリアは俺を助けようとしているらしい。

 俺の体は動かないけど、あいつがこのままこっちに飛び込んでくれれば……助かるのかな?


 …………と、やはりあの時と同じように、俺は眼前に迫りくるモノに気が付いて、そして軽く首を左右に振った。



「やっと……見つけたっ! 待ってなさいリュート! 私が今すぐ……って……えっ……?」



 どうにも上手くいかない。

 川を流れる俺の眼前には奈落の巨大な滝が見えていた。


 コーデリアは状況に気付き、そしてノータイムの逡巡で、冬の川に飛び込む事に決めたようだ。


 でも、ちょっと間に合いそうにない距離で――


「――ごめんな。コーデリア……じゃあな」


 やはり、あの時と同じ言葉を俺が言った時――


「……リュート。私の覚悟と思い……届いて欲しい」


「リ……リス?」


 いつの間にかリリスが俺を抱きかかえ、そして滝からの水流から逃れるように水の中で必死に泳いでいた。


「……らしくない」


「どういうことだ?」


「私は貴方を愛している。だから、リュートはいつまでも私のヒーローであり続けて欲しい……だから、シャキっとしろ! 戻って来い! リュート=マクレーンっ!」


 延髄にモロにチョップを喰らった。


「痛えな……オイ」 


 でも、意識が一気に鮮明になってきた。

 それに、リリスに抱かれて体も温かくなって、全身に血が廻ったようだ。


「……それで良いリュート。後は一緒に全力で泳ぐだけ」


 ――ああ、そうだな……活が入ったぜ、相方っ!


 リリスの視線の先――コーデリアがこっちに猛速で泳いできているのが分かる。


 そして、岸には三枝やギルドマスターのオッサンの姿が見えた。


「ダンナっ! ここで終わっちゃダンナじゃねえですよ!」


「いつだってリュート君は強くって……一人で何でもできて。でも、私は思うんです。貴方は一人じゃない。貴方には仲間がいる! 私は自分に自信が無くて、どうしようもなくて、けれど貴方を見て、私も頑張ろう、もっと自分に自信をもとうって……だから、信じていますリュート君! 何があったって貴方は全てをぶっ飛ばしてくれるんです!」


 ああ、そうだな。


 あの時、一人で冬の川に流されたときの俺とは違う。


 今はリリスがいるし、みんなもいる。


 はは、気が付けば岸には龍王や赤龍族のオッチャン、そして劉海やマーリンも見えるぜ。


 そして俺には――あの時と同じくコーデリアもいる。 


「リュートおおおおおおおっ! アンタを闇になんか飲ませない! 飲まさせないっ!」


 ――思えばと俺は思う



 結局、俺は世界を救う勇者になりたかったわけじゃない。


 いや、今気づいた。


 第2の人生で一緒に過ごして、最初は妹みたいに思っていたこいつが、いつの間にか俺の特別な存在になっていて。


 だから、俺は……ただ、こいつの辛い顔を見たくなかっただけなんだ。


 世界最強になんて別に俺はならなくてよかった。


 俺はただ、こいつを守ることのできる力が欲しかった。


 それが結果的に、世界最強の力が必要だった。ただそれだけの話なんだ。


 そう、こいつを困らせる奴が、こいつを泣かせる奴――。

 それをぶっ飛ばせるだけの力があれば良かった。


 その為の最強への最適解。

 その為の最強への効率性。


 けれど……と思う。

 その為に、俺はどれだけコーデリアを泣かせてきたんだろう?

 俺はどれだけ、慕ってくれるこいつに寂しい思いをさせたんだろう?

 どれだけ、コーデリアは俺の為に傷ついたんだろう?


 歩んできた道を間違いだとは思わない。

 けれど、もう少し……人を信じて任せたり、頼ったりするような道もあったんじゃねーか?


 と、そんなことを考えていると、コーデリアが必至の形相で俺に向けて手を伸ばしてきた。


 あの時、冬の川で届かなった救いの手。それが再度、俺の眼前に伸びて来る。


「届け、届け、届け、届け――届けっ! 戻ってきなさい――飯島竜人っ! いや、リュート=マクレーン!」


 ああ、そうだよな。


 今の俺はもう飯島竜人じゃない。この世界で生きる……リュート=マクレーンだ。


「「「「届えええええええええっ!!!!!」」」


 リリスも含めて、全員の言葉が俺に力をくれる。


 伸ばされたコーデリアの掌に、俺も全力で手を伸ばす。


 あの時は届かなかった手。


 あの時はコーデリア以外のみんなはいなかった。だから届かなかった。


 でも、今は――


「ありがとう、みんな」


 そうして俺はコーデリアの伸ばした手を力強く握りしめた。



 温かい手を握ると、何故だか――ゲンコツを喰らったような音が頭に響いた。


 それはどこまでも優しく、遠い日に、日本で母親に喰らったようなゲンコツの音だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る