第130話

 まどろむ意識。

 ぐちゃぐちゃな景色。

 爆炎と煙の中を突き進む。


 高ランク冒険者と龍の混成軍。

 元々は量産型勇者を潰す為に龍王が手外していたもの。

 その拠点をいくつも潰して駆け抜けた。


  

 ――ドジっちまったな


 そんな考えが頭の片隅で浮かんで、すぐに消える。


 ――何をドジった?


 ――拠点を潰しても殺し損ねて死者を一人も出さなかったこと?


 ――あるいは何故か加減をして手傷を受けたこと?


 手傷はすぐに回復した。と、いうよりも回復することが分かっていた。

 だったら、殺し損ねたこと……か。


 ――いや、ああ、死んでないのか。一人も死んでいないのか


 ――なら、良かった


 ――ん? 何故? 良かった?


 ――戦闘中に加減をして手傷も受けた。これをドジとして何というのだろう


 ――分からない


 ――傷ついているはずなのに、何故良かったと思ったのか……自分で自分が分からない


 泥のように沈む意識、時折浮き沈みして、色んなことが頭を駆け巡る。


 ――全てがどうでも良くなっていく


 考えるのは辞めよう。どうせ、考えても良く分からないし、体も制御できない。


 ――今は、頭の中に響くモーゼズの声に従うだけだ


 と、そこで懐かしい風景が視界に入ってきた。


「竜の里……か」


 後は宝珠を手に入れて、全て終わりだ。


 何故か、コーデリアとリリスの悲しげな顔が脳裏をかすめて、チクリと胸が痛んだ。


 と、成龍の儀式が行われる祭壇の洞窟へと差し掛かると、懐かしい声が聞こえてきた。


「ほう、魔人ってのはカタログどおりに見た目なんだな。金色の瞳に、白ではなく黒の眼球……全く、悪魔そのままの姿だな」


 ドス黒いオーラに身を包み、黒き翼を背負う俺を見て、劉海はヒュウと口笛を吹いた。


 1000年以上の時を経て、闘仙術を極限まで磨いた近接最強の男。


 手加減していたら一瞬で食われちまうのは道理。だがしかし……それは俺がこうなる前の話だ。


「劉海? 魔人化の意味を知らないお前でもないだろう?」


「ああ、ほとんど無敵だろうな。だが、あくまでもほとんど無敵ってだけだ」


「魔人化した俺相手に戦えると本気で思ってやがんのか?」


「ああ、戦えるぜ? 勝機も十分にある」


 そうして、劉海はニヤリと笑った。


「いや、正確には数秒しのげば……いや、一発入れれば俺様ちゃんの勝ちだ」


「一発入れれば勝ちだと? 実力差は明白なはずだ。それが分からんお前ではないよな?」


「ああ、そうだろうな――もしも、テメエの魔人化形態が人型のそのザイズじゃなかったらなっ!」


 劉海は咆哮し、真正面から俺に殴りかかってきた。


 まずは虎爪で目つぶし……だが、俺の方が早い。


 首を軽く動かして避けたところで、下段を薙ぎ払うような足払いが飛んできた。躱したところで、金的。


 目つぶしに金的か。

 本当に容赦なく殺しにきてやがるな、と思ったところで鳩尾に右ストレートを喰らった。


「ゴフっ……!」


 まともに喰らったが、これは半ばワザとだ。

 そもそも、魔人化した俺の一番の特色は異常な回復能力となる。

 例え1000発の直撃を受けても、リリスやマーリンの超極大魔法ならいざしらず、打撃ではダメージになりえない。

 だから、ワザと攻撃を受けて――殴られた腕を掴んで、ドデカいカウンターを決めてやるって寸法だ。


「なあリュート? 俺様ちゃんの攻撃だったら例え1000発受けてもダメージにならねえと思ってんだろ?」


「ああ、そうだな。代わりに俺がお前にしんどい一発を入れてやるよ」


 俺の言葉を受け、マーリンはクスリと笑った。


「俺様ちゃんはテメエ等に力の全てを見せちゃいない」


 と、俺は背後から3つの衝撃を感じた。


「――なっ!?」


 背後を振り向くと、そこでは3人の劉海が次弾の打撃に移行すべく振りかぶっていた。

 と、先ほど、最初に劉海から一撃を入れられた箇所から光の糸が伸びて、俺の両手足に幾重にもまとわりつく。


 そして、俺に纏わりついた光の糸は劉海の両手へと伸びていって、それはさながら――


「操り人形?」


「さすがに勘が良いな? 攻撃を諦めて防御に入ったか。そう、テメエは操り人形の糸に縛られたってことで正解だ。最初の一撃はこの糸をテメエの肉体につなぐためで、その一撃さえ入れば準備は完了ってわけだぜ。無限は――もう始まっているっ!」


 恐らく、3体の劉海は仙術で生み出した影分身だろう。

 これについては、、俺も似たようなことはできるからそれは分かる。

 しかし、実体を伴った影分身が3体、しかもその力は劉海本人の7割程度の力はありそうだ。

 いや、でも……そんなことはありえるのか?

 仙術で影分身を作ることは俺でもできるが、多くの数を作ろうとすればするほど本体よりも力が弱くなる。

 それに、力の強い個体であればあるほど、実体を維持できる時間も短くなるはずだ。

 無限とか言ってるが、少なくとも、俺には長時間、こんなレベルの影分身を現出させ続けるような芸当はできない。

 いや、理論上有り得ない。

 けれど、これが最強の仙人の技量……奥の手ってことか?

 と、そう考えている最中も、次から次に攻撃が飛んでくる。

 既に総計2ダースは打撃を入れられている。完全にタコ殴りの状態だ。


 一つ一つの打撃は重くはない、いや、むしろ軽い。


 けれど――何だこりゃ? 反撃が一切できねえっ!


 攻撃でよろける、あるいは吹き飛ばされる。

 その直後に次の攻撃が来て、更によろけて、また直後に……常に、反撃ができない状態・姿勢・態勢から次の攻撃が飛んでくる。

 で、その攻撃でまた更に反撃ができない状態・姿勢・態勢に追い込まれて……こりゃあヤベえっ!


 マジで一切反撃できないっ!


 これは4人の攻撃が有機的に連携されているってことか? 

 攻守一体……いや、この連打自体が……反撃不能の一つの技?


「なあリュート? テメエはもう詰んでいる。もう気づいているだろうが、これはそれぞれの攻撃に意味があり、それぞれの攻撃でテメエを誘導し、反撃不能な状況にテメエを追い込み続ける。そして――」


 スキができた!


 この姿勢からなら反撃はできる――なっ!?


 劉海の本体が優雅に両手につながる糸を繰った。

 すると、俺は光の糸に手足を動かされ、そのまま地面に転がって這いつくばった。


「で、連携の隙間で危なくなればマリオネットの糸で転がすって訳だっ! ハハハー! 本当に仙術はハメ技だZEっ!」


 これは不味い。

 確かに劉海の攻撃を例え1000発喰らっても問題ないだろうが……これは本当に不味い。


「要は糸と影分身を複合利用した無限連打――名付けて究極闘仙術:無限舞踏(エンドレス・マリオネット)」



 ――鳩尾


 ――腎臓


 ――金的


 ――肝臓


 ――鼻頭


 ――膀胱


 容赦なく、急所に打撃を叩き込まれ続ける。

 破損した人体箇所は即時に魔人の力で自動再生していくが……いつまで続くんだこの連打はっ!?


「ハハハーっ! 打撃1発にかかるコストはMPにして1だっ!」


「何だと……?」


「知っての通り、俺様ちゃんのMPは約156000!」


 無数の打撃の嵐の中で、劉海は心の底から楽し気に俺にこう告げた。


「つまり、残弾は150000以上――さあ、どうする村人?」


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