第131話

「ハハハーっ! 防戦一方みてえだなっ!?」


 楽し気に笑う劉海……だが、隙や油断は欠片も見えない。


 基本的には技を除けばステータススペックだけで言えば、俺の方が遥かに高い。

 初手からハメられて防戦一方だが、まともにやりゃあ俺の方が強いのは間違いない。


 元々のステータスに差がある以上、強烈な一撃を入れるだけで、ただその一手で流れは変わる。


 ――そしてこいつはそれを十分に知っている。


 だから、最後まで慢心せずに石橋を叩きながら、俺に何もさせずに完封するつもりのはずだ。


 時間にして20分――攻撃にして100000発も俺は4体の劉海にタコ殴りにされている。


 流石に魔人の体をもってしてもダメージも蓄積しているし、俺もそろそろヤバいのも間違いない。


「ここで決めさせてもらうぜ、リュートっ!」


 と、そこで劉海は右手を挙げた。 


「マーリンっ!」


 劉海の分身が俺を羽交い締めにし、すぐに本体がその場を離脱した。


 そうして何事かと周囲を確認し、俺は深くため息をついた。


 俺の半径10メートル程度に半球状の光のドームが覆われている。これは防御魔方陣で周囲を爆撃の余波で破壊しないための措置だろう。


「やられたな」


 やれやれと力なく言葉を吐き捨てると同時、遠くから歌うような呪文の詠唱と共に――マーリンの声が聞こえてきた。


「創造の原初(ビッグ・バン)」


 ――魔界の禁術


 ――知恵の実の到達地点


 ――E=MCの2乗


 ――質量爆発


 ――あるいは、その現象は核攻撃という呼び方がされることが最もポピュラーだろうか


 システムに許された範囲内で、最強最悪の一撃。


 それは魔神の回復力すらも凌駕する、悪夢の一発。


 視界が一面の白色に包まれ、次に訪れた現象は鼓膜が吹き飛び、音が聞こえなくなったこと。


 衝撃と熱が全身を包む。肉が蒸発し、再生し、そしてまた蒸発。


 即死と再生を繰り返すような感覚。延々と続く獄炎。


 そして――


 爆炎が去った後、俺はズタボロになった体を確認する。


 ゆるやかに回復はしているが、瞬時ではない。

 魔人の回復力も最早限界に近いということだろうか。

 あるいは、ここらの大気中の魔素を俺と劉海の仙気吸収で既に吸い尽くし、MPの吸収ができなくなった後ということか?

 まあ、どちらでも良い。


 更に厄介なことに、この感覚。

 劉海と出会ってからはある程度明瞭だった意識が、また泥の中に沈みかけている。


 俺は残った力を振り絞り、遠くで様子を伺っている劉海に尋ねかけた。


「劉海。引いてくれないか。そろそろ……加減を出来そうにない」




 サイド:劉海


「テメエ……この期に及んで……加減をしてやがったのか?」


「グっ……」と、リュートは頭を抱えてその場にうずくまった。


 受けたダメージも相当なものだろうが、これはそれが理由ではなさそうだ。


 ――危機的状況に本能が強く出て、理性が弱くなっている


 と、そこで俺様ちゃんはマーリンの肩をポンと叩いた。


「グ、グ……グ……ア……アアアアアアーーっ!」


 その刹那、獣のようにリュートが咆哮を挙げる。

 黒い翼と漆黒のオーラで……まあ、本当に悪魔、あるいは魔神という言葉が良く似合う姿だ。

 まあ、これはアレだな。ダメージを与えて追い込んだせいで、理性のタガが吹き飛んだって感じだ。


「そろそろ潮だ。引くぞマーリン」


「引く……とな?」


「後は龍王に任せる。リュートとは一番付き合いが長い奴に任せるのが一番良いだろうさ」


「劉海? どうしたのじゃ……らしくないぞ? やるのであればとことんまでが信条じゃろう?」


「併せて10万連打……だ。俺様ちゃんの全身全霊の一撃を続けてこいつはほとんどダメージを受けちゃいなかった。はは、全く……とんでもねえよ」


 立ち眩みの症状で一瞬視界が暗くなる。


「死人の体にゃ、これ以上はちときつい」


「そういえばお主は……死者の法理を捻じ曲げる形で延命しておったのじゃな」


 と、そこでリュートがヒョンと剣を一閃。

 ミリ単位の見切りで避けるが、明確な殺意……いや、獣のようなどう猛さを感じる。 

 完全に意識がぶっ飛んでやがんな。調教師でもなきゃ、もうアレは乗りこなせねえ。

 手負いの獣……そんな言葉が脳裏に浮かぶ。


 そうして俺様ちゃんはマーリンを抱いて、空に向けて高く跳躍した。


「全力を出すことそのものが俺様ちゃんにはリスキーなんだよ。これ以上は付き合ってられんのも理由の一つだ。それにあの状態のアレとこれ以上やればどっちかが死ぬし、そういう趣旨じゃねえ」


「しかし、大丈夫か劉海? 顔色が悪いぞ?」


「まあ、少なくとも……戦いが終われば、吸血鬼よろしく数百年は冬眠しなくちゃならんわな」


 跳躍の頂点。

 数百メートルの高度に達した。

 そこで、眼下に小さく見えるリュートを眺めて、マーリンは溜息をついた。


「しかし、本当にとんでもない小僧じゃの」


「ああ、そうだろうさ」


「殺す気で撃ったのじゃ。MPを全て爆撃に変換して、全力全開じゃ」


 しかし、と呆れたようにマーリンは笑った。


「結局、戦闘不能には追い込めなんだ。もうワシも……トシかの」


「いや、アレがバケモンなだけだ。正真正銘のな」


 と、そこで俺様ちゃんとマーリンは「ともかく……疲れた……」と、同じ言葉を発したのだった。

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