第126話


「私も――守るから。私だけが生き残っても、答えは聞けないからね」


「ああ、そうしてくれれば助かる」


 そうして、俺たちは互いに右手を出して、ガッチリと握手を交わしたのだった。



 と、その時――。


 俺は背後に気配を感じ、コーデリアを抱きかかえて後ろに飛んだ。


「モーゼズ……?」


「久しぶりですねリュートさん。そしてコーデリアさんも相変わらず美しく何よりです」


 俺とコーデリアは瞬時に剣を抜いた。


 横目で見てみると、コーデリアも俺と同じ気持ちらしい。


 つまりは、どうして俺たちのような手練れに一切気付かれずにこいつがここにいたのか……という考えだ。


「はは、考えていることが顔に出るのは変わらないですね。お二人は」


「ああ、こっちも腐った幼馴染がいて苦労してるさ」


「最後でしょうから疑問に答えておきましょうかね。転生者スキルですよ。転移(テレポーテーション)のスキルを所有している者がこちらには一名います。制約は多々ありますが、こちらの拠点である方舟の近くで造作もないことですね」


「しかし、どうしてお前が単独でここに?」


「大将自ら先陣を切るというのはおかしいでしょうか?」


「いや、そうじゃねえ。お前……俺とコーデリアの二人を相手にして勝てる気でいるのか?」


 と、そこでモーゼズは高らかに笑った。


「はは、勝てないでしょうね。私個人の力はせいぜいがSランク冒険者程度でしょう」


「だったら何故?」


「リュートさん? 貴方も本当に脇が甘い。どうせ自分は無敵だとでも思っていたのでしょう? まあ、事実この世界で最強の存在の一人であることは認めます」


「脇が甘い?」


「一つ良い事を教えてあげましょうか。村人という職業の最大の弱点はシステム上、最も弱き者として定義されていることです」


「俺の弱点だと?」


「貴方個人が強い・弱いは関係ないということですね。まあ、当初予定だった職業:勇者が対象であれば職業補正もありますから、もう少し凝った方法で経過観察等必要だったのでしょうが……」


「てめえ、何が言いたい?」


「私は転生特典を選ぶ際に、それはそれはピーキーかつ使いどころの難しいスキルを選びました。しかも、これは人生で一度しか使えない転生特典の特殊スキル……故に効果も絶大。まあ、こんなものを常時仕えていたらバランスブレイカーも良い所ですから。と、いうことで発動しましょうかね」

 

 モーゼズの瞳が怪しく光り、全身に粟肌が立った。

 ヤバい。

 これは不味い。


 あの日、こいつに冬の川に突き落とされたあの時に感じた……悪意と危機感。


 コーデリアを抱いて最大戦速で離脱を試みるが――もう遅い。

 

「だから、脇が甘いと言っているのです。戦いとは殴り合いだけではないのですよ? スキル:洗脳(ブレインジャック)」


 目の前がブラックアウトしていく。

 視界が暗く薄れ、そして心臓に冷たい何かが溢れてきて――


「今までご苦労様でした。貴方が地獄を潜り抜けて手に入れたチートステータス……私が有効利用してあげましょう」


 そして、意識が途絶える前、モーゼズが醜悪な笑みを浮かべるのが見えた。 


「ということでコーデリアさん? ジョーカーカードはこちらに移りました。無条件での降伏をオススメします」




 サイド:コーデリア



「洗脳(ブレインジャック)? 一体どういうこと?」


「そのままの意味ですよ」


 リュートに視線を向けてみる。

 目は虚ろで焦点が定まっていない。

 心ここにあらずという感じで……ちょっと、ちょっと待って! 洗脳ってそういうことなの!? 

 と、そこでリリスが夜営のテントから顔を出してきた。

 リリスと私の目と目が合う。

 状況を一瞬で理解したらしく、リリスはモーゼズに向けて速攻で杖を構える。


「核熱咆哮(ドラグズ・ニュークリアー)」


 核熱レーザーがモーゼズに伸びていって完全に直撃コース。

 けれど、リリスとモーゼズの間に割って入る男の姿が一人。


「フンっ!」


 リュートがエクスカリバーを一閃し、リリスの魔法は瞬時に消失し、モーゼズが愉快に笑った。


「ははは、素晴らしい! 素晴らしいですよこのボディ―ガードはっ! ふはっ! ふはははっ! 核攻撃を無効化ですか! これは頼もしい!」


 ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!?

 山を吹き飛ばすレベルの超魔法を……切った!?


 一体どんなデタラメなのよコイツはっ! どんな理屈でそうなるのよっ! 魔術学会が卒倒するような現象をサラっと起こしてるんじゃないわよこの馬鹿!


 近接戦闘で私がどうにかできる道理はない。

 そして、リリスの魔法が全く通用しないということで、中長距離の砲撃も意味をなさない。

 と、なると――


「リュート! 正気に戻って!」


 声はリュートには届かず、変わらずに虚ろな瞳のままだ。


 と、言いつつも――私はモーゼズの背後からヒノカグツチを大上段から振り下ろす。


 そう。

 リリスが動いた瞬間に、私もまた動いていたんだ。


 一瞬のアイコンタクトだけで互いに連携した形になるわね。

 リリスとは何だかんだで戦闘ではウマが合うのはシャクだけど、まあここは感謝だ。

 リュートはモーゼズとリリスの間に割って入り、私はモーゼズの背後。

 この位置関係から、リュートがモーゼズを守ることは不可能。


 そして、この手の洗脳術式は術者を倒してしまえば、大体の場合は何とかなる。


 ならば――


「殺ったわモーゼズっ!」


 私の上段振り落としがモーゼズの頭をカチ割らんとしたその時――


 ――キーン


 鋭い金属音と共に、ヒノカグヅチが宙を舞った。


「嘘……でしょ?」


 瞬間移動。

 否、ただの超高速移動。

 刹那の時間にリュートは私に迫り、そして打ち下ろす剣を、打ち上げる剣で弾き飛ばした。


 ――不意打ちも、連携作戦も、位置的優位性も、その全てを覆す圧倒的な力。


 それは、チェスの盤面を力技で一撃で吹き飛ばすような。


 私達が今まで、強敵と対峙した時に必ずリュートが見せてくれた圧倒的理不尽だ。


 ――それが今、私達に降りかかっている


 動きも、剣筋も全く見えず、ただひたすらにビリビリと掌が痺れている。


 ズサっ。


 高く舞い上がっていたヒノカグツチが落下して地面に突き刺さる。


 私はそのまま力なく膝を折り、ペタリとその場に尻もちをついた。


 そしてモーゼズはリリスを一瞥し、不満の表情と共に舌打ちしながらこう言った。


「しかし、綺麗どころは何故にリュートさんにばかり集まるのでしょうかね」


 続けざま、モーゼズは両手を広げる。


「さあコーデリアさん。勝敗は決しました。悪いようにはしませんので――無条件降伏をオススメします」


 キっと私が睨みつけると、モーゼズは困ったように肩をすくめる。


「私も、好き好んで四肢を切り落とした花嫁をもらう趣味はないので、反抗的な態度はとらないようにお願いしますよ」


 その言葉を聞いて、ゾクリと私の背中に冷や汗が流れたのだった。

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