第125話
サイド:リュート=マクレーン
モーゼズ達が方舟と称する施設。
終末の核戦争に耐えた自給自足可能な都市シェルターであるバチカン……まあ、見た目はドームなんだけど、そのほど近く。
俺たちは最後の決戦の前にテントを張って野営をしていた。
と、いうのも明日には龍王たちも合流して、殴り込みをかけることになっている。
もともと、俺たちはお互いの準備が済むまで不戦協定を交わしているが、こっちの用事が済んだ以上は律義に約束を守る必要はない。
連中は戦力増強のためにエクスカリバーやヒノカグヅチみたいな古代文明の武器を各国で集めているだろうが……まあ、方舟を潰せば連中の計画は全てオジャンになるって寸法だ。
で、もはや、敵も味方も転生者だらけのここに至っては、勇者も含めて通常戦力は役には立たない。
互いが互いに数人の決戦戦力でぶつかりあう、文字通りの少数精鋭の最終決戦って感じだな。
もしも相手の転生者の一人、あるいは二人でも外に出払ってくれていれば各個撃破もできて一石二鳥という状況なのが、今の現況だ。
とはいえ、龍王たちがいない状況で戦力分散されているのは今はこっちなので、逆に各個撃破される可能性もあるので、寝ずの番は交代で立てているけどな。
「なあコーデリア?」
そうして、深夜2時、俺は焚き木の近くで腰かけていたコーデリアに話しかけた。
「ん? もう交代?」
「いや、そういうんじゃねーよ。ちょっと、お前と話をしたかっただけだ」
「私と……話?」
「ああ、転生者と死に戻りの話……あっただろ? 一回俺は死んでるんだよ。お前の前で無様に、力なき村人としてな……」
何かを考えて、コーデリアは空を見上げた。
「星……綺麗だね」
「近くに明かりが何もないからな。広がっているのはただただ広い荒野だけだ」
「人の営み……夜の光がないと……こんなにも空って綺麗なんだね」
「そうだな……ってか、土壇場になってやっぱり人口調整は間違ってない……とか、意趣返しは勘弁してくれよ」
「いや、そういうんじゃなくてさ。星の綺麗な夜だしね。最後かもしれないし、私も覚悟決めとこうと思って」
「ん? 覚悟?」
俺が首をかしげると。コーデリアは呆れたように肩をすくめた。
「まあ良いや。で、話って何よ?」
「あのさ……俺は強くなれたかな?」
俺の言葉でブっとコーデリアは笑った。
「そりゃあ強くなったわよ。私を追い越して、どんどん先に行って……今じゃアンタの背中を追いかけるのは私のほうになっちゃった」
「なら、俺はお前を守ることはできたかな?」
「できてるわ。オマケに……アンタの背中を追いかけ続けたおかげで勇者の中でも最強になったわよ」
「……そうか」
「最初、勇者の神託を受けたとき、怖かったし逃げたかったし……それでも私は前を向いて歩こうと思った。それで、怖いって絶望していた……勇者の血なまぐさい生活だったけど、意外に私は今……私の歩いてきたこれまでの道を悪くないと思ってる。そんなあれこれ……そう……あれもこれもそれも全部……アンタのおかげよ」
「うん、なら良かった。俺のやってたことは余計なお節介じゃなかったんだな」
「改まった場だから言ってるけど、普段は絶対にこんなこと言わないからね……ありがとう」
そう言ってもらえると、何だか今までの全部が報われた気がするな。
色々あったけど……うん、やっぱり俺は間違っちゃなかった。
五体満足で、恥ずかし気にはにかむコーデリアを見て、俺は大きく頷いた。
「話はそれだけだ。俺はそろそろ寝るよー―」
と、立ち上がったところでコーデリアは俺の右手を掴んできた。
「ねえリュート?」
「何だ?」
「こっちの話は終わってないんだから。結局さ? アンタはどうして私を気にかけるの?」
「だから前回、お前は俺の幼馴染で……」
「あのさ? 幼馴染だから理由って訳じゃないんでしょう? 隣の家に生まれた幼馴染ってだけでそこまで体を張れる奴なんているわけないじゃん。恋心とかならまだ理解できるけど、それはありえないのはこっちも分かってる」
「……何が言いたい?」
「20代でアンタは死んで、合算すれば前回死んだときは30歳超えてんでしょ? それで、どうやって隣の家に生まれただけの幼馴染の子供に……そんな特別な感情を抱けるのよ?」
「……」
「ずっと考えてたんだ。でも、やっぱりどう考えてもそこは解せないのよね」
そうして俺は再度、その場に腰を下ろして息をついた。
「少し……長くなるぞ?」
★☆★☆★☆
日本にいた頃、俺には妹がいた。
男勝りで勝ち気で……恥ずかしがり屋で素直じゃなくて。
喧嘩ばかりしていたけれど、仲の良い兄妹(きょうだい)だったと思う。
俺が高校3年で妹が高校1年の時にソレは起きた。
渋谷のスクランブル交差点を歩いていた時に、白昼堂々の連続通り魔事件が起きた。
人込みの中でサバイバルナイフを振り回す30代の巨漢。
突然の事態。
初めて見る大量の血液、次々に倒れていく人々。
阿鼻叫喚の光景の中、妹は人込みに揉まれて足を挫いた。
――そして逃げ遅れた。
地面を這いつくばりながら、芋虫のように逃げようとする妹。
巨漢は妹に向かってゆっくりと歩いていく。
俺は遠巻きにそれを眺めている事しか出来なかった。
空手。
柔道。
あるいは剣道。
強くなる方法はたくさんある。
でも、その時の俺にはその中のどの技術も持ち合わせていなかった。
結果、俺にできた事と言えば負け犬の遠吠えよろしく――地面を這う妹の背中にサバイバルナイフを突き立てる巨漢に――辞めろと遠く叫ぶことだけだった。
そして時は流れ、俺もまた日本での生を終えた。
俺の眼前には転生の女神。
曰く、異世界を生きる為にスキルを選べと言う。
俺の生まれる先は民家で最適職業は村人だという話だ。
スキルと言っても色々あって、内政や生産系や人心掌握……その他、金儲けに有用そうなスキルはいくらでもあった。
村人と言う職業は戦闘には明らかに向かず、女神も金稼ぎ用のスキルをオススメしてきた。
で、俺自身もそうしようと思ったんだが――
――何故だか、その時に妹の顔が脳裏にチラついた。
そこで俺はスキルと一緒に、異世界での生き方を選んだんだ。
生まれ変わってまで同じ思いはしたくない。
――もう俺は絶対に大切なモノを何も失わない。何があってもこの手で守る。
その時に俺――飯島竜人はそう決めた。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「似てたんだ。見た目から性格から何から何までな。お前のことがとても他人とは……思えなかった」
「本当の本当に……欠片の確率だけどひょっとすれば……って思ってたんだけど、やっぱり……か。しかも、よりによって妹って……」
コーデリアは一瞬だけ表情を悲し気にすると、パンと両掌で自らの頬を叩いた。
そうして、いつものような勝気な面持ちを作った。
「ねえ、リュート?」
コーデリアは立ち上がり、座る俺の眼前で仁王立ちを決めた。
続けざま俺の両頬を両掌で包み込んで、コーデリアは両膝をついた。
「ちょっと、顔を貸しなさい」
そう言うと、俺の顔を自らの顔に引き寄せてきた。
ってか、まつ毛長いなコイツ、っていうかやっぱり顔が怖いくらいに整ってるなーとか、咄嗟の事態で状況分析が全くできていない俺が、能天気にそんなことを思っていると――
――唇と唇が優しく触れた
そうしてコーデリアは顔を真っ赤に染めて、俺から顔を引き離した。
「あ、あのね? こ、こ、こ……これで最後になるかもしれないからさ。だから、言うね」
息を大きく吸い込んで、頬をリンゴのように染めて、けれど、いつものように意思のこもった力強い眼差しで。
コーデリアは言った。
「私……アンタが好き。大好きなの。これを伝えないまま……死ぬのだけは嫌だったから」
「おい、コーデリア……?」
「リュート。ずっと守ってくれてありがとう。助けてくれてありがとう。感謝してるよ。アンタがいなかったら私はどうなってたか分からない。少なくとも、戦場に身を置いて……心をすり減らして……些細なことで笑える私はここにはいなかったのは間違いない」
「でも、俺がお前を守ってたのは妹に似てるからで……」
そうしてコーデリアは大きく首を左右に振った。
「妹に似てるからっていう理由でもいい。理由なんてどうだって良い。アンタの好意が私に向いていたのは事実で、そして私はそんなアンタが大好きになった。その事実があれば……今はそれで良い」
「コーデリア……?」
「でもね、リュート? アンタに守られる私は、もう終わり」
「……」
「妹扱いも、もう終わり。今、この瞬間をもって、もう、終わり」
そうしてコーデリアは自分に言い聞かせるように、胸の前でギュっと拳を握りしめた。
「ねえ? あのさ? お願い聞いてくれる?」
「何だよ?」
「幼馴染としてじゃなく、妹としてじゃなく、男と女として……私は帰ったら……アンタと1から恋を始めたい」
そうしてコーデリアは無邪気にニコリと笑った。
「あー! スッキリしたっ! 10年以上もずっとずっと秘めてた思いなんだからねっ! 決して軽い……生半可なもんじゃない。だから――前向きに考えといてもらえるかな?」
「……」
そうして俺は「そろそろ寝るわ」と、立ち上がった。
「ちょっとアンタ……返事もせずに寝るつもり? どういう了見なの? ありえないでしょっ!?」
告白とかって自分の気持ちよりも相手の意思のほうが大事なもんじゃねーのか?
昔から、こいつのこういうところは何も変わんねーなと、俺はクスリとコーデリアの頭をポンと叩いて、そして――
「少なくとも、今のお前の気持ちを聞いて……俺にはもう一つ生きて帰らなきゃいけない理由ができた。だから、絶対に生き残るぞ」
「いや、私に対してどうするかって話は……?」
そうして俺は吹き出してしまった。
「んなこと急に言われて、答えなんて出せるわけねーだろ」
「これでも相当……勇気を振り絞ったんだけどな?」
「未来なんて分からない――だからこそ面白いんだろう? 安心しろ、お前の気持ちは受け取ったよ。お前の意向に沿えるかどうかは分からんが、回答はするさ……お互いに生きていればな」
コーデリアは納得のいかない表情をして、そうして何かに気づいたように「あっ」と息を呑んだ。
「そうね。ふふ、はははっ! あー、うん、そうね。そういうことか。確かにこれは死ねなくなったわ……」
「ああ、答えを聞きたきゃ意地でも生き残るんだな」
「ありがと。最後の最後まで……何があっても私を守りたいんだね、アンタは」
「そういうことだ」
「私も――守るから。私だけが生き残っても、答えは聞けないからね」
「ああ、そうしてくれれば助かる」
そうして、俺たちは互いに右手を出して、ガッチリと握手を交わしたのだった。
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