第122話



 ――方舟


 最果ての地の更に果てかつての古代文明の都。


 そこはかつてバチカン市国と呼ばれた聖職者の街だった。


「しかし、方舟か……本当に昔の連中はぶっ飛んどるな」


「ここ……バチカン宮殿を中心に特殊金属で10キロ四方を囲い、外界と隔離していますからね。核兵器も考慮された攻撃を始め、自然災害にも耐えうることができます」


「どういう理屈かは分からんけど、経年劣化もしてへんみたいやし……」


「宗教的色彩の強く、芸術的・歴史的に価値のある都市なので……後世に残そうとした人間がいたということでしょう。まあ、入場には難儀しましたがね。」


「スキルをアホほど持った兄ちゃんが責任感感じて一人で頑張り始めてから……相当な時間経過しとるもんな。そうしてようやく方舟にも入場……と」


「ええ、我々は彼らの残した果実だけを貪りましょう。我等はここに1000年の都……ミレニアムを創造します」


「はは、しかし、最後のところだけって徳川家康みたいやな」


「織田がつき羽柴がこねし天下餅……、という奴ですね」


 モーゼズと、銀髪の聖騎士――ゼロが立っている場所はバチカン宮殿内システィーナ礼拝堂。


 彼らは感慨深く天井に描かれている絵画に視線を移す。


「ミケランジェロですか」


「しかし、最後の審判ってのも出来過ぎた話やな」


「違いありませんね。現生人類を我々が裁き、後はここ方舟で少数の選民による楽園が始まります」


 そうしてゼロは肩をすくめた。


「まあ、そこはどうでもええわ。ウチは暴れられたらそれでええさかい……」


「ところで、貴女の仕事は終わったのですか?」


「ああ、地下にあるシミュレーターな。さすがはぶっ壊れた文明の演算シミュレーターやったで」


「ふむ。仕事は既に終わっていたようですね」


 ゼロは満足げに大きく頷いた。


「戦況分析……1兆近くの……想定される全てのこれからのパターンについてのシミュレーションは先日終了したで」


「しかし、特殊スキル:未来予知の魔眼とは便利なものですね」


「まあ、さすがにウチのスキルは戦闘時限定で数分程度の先読みしかでけへんけどね。今回はぶっ壊れ文明の演算シミュレーターを併用したさかい、そういう大規模なこともできるわけ」


「しかし、スキルでできるということはつまりは元々の文明でもできていたということですよね」


「せやろな。せやから、ウチのスキルと……演算処理の機械の相性もバッチリ合ってた訳やろうしね」


「……と、いうことは……その昔に未来予知……ありとあらゆる可能性のパターンは古代文明も予測していたのではないでしょうか?」


「せやろね。で、その結果が今現在のこうなっとる……と。まあ、やっぱりロクな未来の選択肢は無かったんちゃうか?」


「進み過ぎた文明……末期状態のチェックメイトの状況、全てをリセットするしかなかったというのは想像には難くないですがね。で、貴女の未来予知の演算結果はどうだったのですか?」


 そこでゼロは指を一本立たせた。


「ウチ等の勝率は10割やな」


「想定通りですね」


「でもまあ、その中でも最も楽勝なパターンに沿ってチェスの駒を動かしていこか」


「コーデリアさんの確保は?」


「モチのロンでそれは条件検索の最優先事項にしとるよ」


「ならばこちらとしては異存有りません。チェックメイトまでのプラン作成はお願いします」


「よっしゃ、任せときっ!」


「ちなみに……プランAとプランBがこちらの虎の子ですが、それが無ければこちらの勝率どうなっていました?」


「ほぼゼロや。こちらが最善手を取り続けても、どこかで何かしらのミスが起きて終わりちゃうか? さすがにリュート=マクレーン……アレは半端ないで」


「しかし、プランAは別として……プランBは使いたくはないのですがね」


「とりあえず、プランAを使えばリュート=マクレーンを無効化できるよ? それだけでウチ等の誰かが最善手を取りそこなうっていうミスを考慮しても、勝率は9割まで跳ね上がるさかいな」


「では、プランBを使用する場合は?」


「いつ、いかなる場合でも勝率は問答無用の100パーや。むしろ負ける方法を教えて欲しいくらいやな」


「ええ、私もそう思います」


 そこでゼロは楽し気に笑った。


「けど……可能なら使わんほうがええやろね。まあ、ウチは滅茶苦茶なって楽しそうやからやってみたいけどなっ! ハハハっ! ほんまにやってもうたらもう……それはそれはエキサイティングやでっ!」


「そうですね。貴女は楽しめるとは思いますが――それでは私が楽しめない」


「諸刃の剣やからね」


「時に、外なる神は?」


「帰り道を塞いだら部屋で大人しくしとるよ。元々、アレってスイッチ入るまではただそこらをウロウロするだけの生き物さかいな」


「しかし、本当に過去の転生者の執念には恐れ入りますね」


「最果ての土地の更に果て、本当の意味での人類の生存が許された境界線の更に先……」


「ええ、方舟からそこまで地下道を掘り続ける。恐ろしい執念ですよ」


「基本的には外なる神は地下空間については向こう側と認識しよるってのはホンマやってんな」


「まあ、一歩こちら側の地上に出ればすぐに「自分が存在してはいけない場所」と認識し、また向こう側に戻りますがね」


「しかし、ここの方舟は……完全密封空間で完全に外界と隔離されとる」


「故に、外なる神の認識は……ここは向こう側となる。この仮説については我々が証明した形ですね」


 そこでゼロが大きく大きく頷いた。


「それが故にモーゼズ兄やん……アンタがウチ等の大将なんや」


 言葉を受け、モーゼズは溜息と共に頷いた。


「使い捨てにして……最悪のスキル:寄生」


「効果がぶっ壊れてるだけに、ただ一度しか使えへんけどね。元の体を脱ぎ捨てて、新しい体への……たった一度のブレインハッキングや。おあつらえ向きに最強の肉体である外なる神は確保しとる」


「しかし……外なる神に寄生し、その意識を乗っ取った場合……私は人ではなくなってしまう」


「それこそ、唯一にして絶対の現人神として生きていくのもええんちゃうん?」


 そうして「嫌ですよ」とのため息と共に、モーゼズは再度天井を見上げた。



「まあ、とにもかくにも……最後の審判の準備は整いました」

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