第116話

 サイド コーデリア=オールストン


 

 龍族の精鋭12人と私たちは道を行く。

 リュート、私、リリス、三枝ちゃんにギルドマスター、そしてエルフの老師。

 全員が全員、まあ人間を辞めている領域だ。

 龍族の精鋭にしても、7支族の長ということで、龍化前からSランク級以上の実力者揃いとなっている。あと、リュートと仲が良さそうだった赤髪のおじ様も一緒だね。

 ともかく、私達は普通の人間とは違う。


 ――必然的に行程の速度は馬の数倍、あるいは10倍以上となる


 人類の勢力圏を抜け、魔物と人の中間の亜人である魔族の制する魔界を抜け、最果ての極地に。

 かつての生物兵器としての特徴を最も色濃く残す、荒神と呼ばれる究極の魔物が闊歩する荒野を抜け、ただただ東に。

 

 やがてかつては海であったであろうヒビ割れた――大きな窪地を抜け、椀上の綺麗な山を仰ぐ樹海を抜け、そして――。





 ――壊都。


 リュートが昔に見つけたという大穴から地下に降りると、そこには一面の灰色が広がっていた。

 帝都や聖都の……帝や教皇の住まう巨大な建造物を始めて見た時は、田舎者の私なんかはしばらく衝撃のあまりにフリーズしていたものだ。


 でも――


「何……コレ?」


 圧倒的な威圧感と共に、天空を覆いつくさんばかりの巨大な建物。

 あまりの光景に私やリリスが立ちすくんでいると――


「超強化セラミックによる300階以上に渡るビル群ってことみたいだな。数千年、あるいは数万年経過して、外壁のコンクリートやセメントは崩れても、土台にはノーダメージだ」


 そうしてリュートは肩をすくめて苦笑した。


「そりゃあ、こんな技術水準なら、神話を模した生物兵器を遺伝操作で作ったり、ゲームみたいな世界をナノマシンで実現できるわけだな」


「ねえ、リュート? この光は? ここって地下だよね?」


「元々、放射能汚染や環境汚染でどうにもならない状態で蓋をして、蓋の上に砂や土が積もって……って感じだったらしいからな。光については魔導の産物だと考えたら良い。永久機関ではないにしろ、それに近い何かで照明を実現してんだろうさ」


「ホウシャノウ? カンキョウオセン? エイキュウキカン?」


「分からんなら良い。俺たちにはそれは毒にはならんしな。既に時間もめちゃくちゃ経ってて弱まっているし、そもそもそういう一切合切をどうにかする為のステータスであり、ステータスを実現するためのナノマシンだ」


「分かったような分からないような……ともかく、この……とんでもない巨大建造物……これが古代文明ってコト?」


「ああ、多分な」


「多分?」


「はたしてコレが俺の知っている渋谷のなれの果てかどうかは分からねえ。だが、少なくとも……看板やらの文字は俺の母国語だ。まあ、漢字や平仮名や文法も変質しちまっているようで、理解できないところもちょいちょいあるがな」


「なるほど……」


 リュートはハチ公という像を感慨深げに見た後に、地下の更に地下に潜った。


「地名は変わらねーからな、地下鉄辿るのが一番早い」


 そうして地下に降りて、蜘蛛の巣の描かれた図を見て、リュートは「防衛省の市ヶ谷駐屯地か……まあ、それっぽいっちゃあそれっぽいな。いや、多分……本当にそういうことなんだろうな」と、何とも言えない表情を作っていた。



 







「……宴会?」


 地下道を少し歩くと、リュートは横道にそれていった。

 人が4人横になって通れるほどの細い道を行くと、突き当りに金属製のドアがあって――



 ――広い空間だった



 リュート曰く段ボールと言う紙の箱が無数に積まれた空間で、リュートはためらわずに……紙の箱の一角へと向かっていった。



「緊急災害用の地下施設ってところだな。前に来た時に驚いたんだが、まさか缶ビールや缶詰が生き残っているとは思わなかった。一体全体、どういう食料保存技術なんだよ」


 リュートは私に金属の何かを手渡し、そうして紙の箱ごと龍族に手渡していく。


「おい、リリス? 氷結魔法を応用してビールを冷やしてくれ。最後の晩餐だ。缶詰も生き残っているし……まあ食ってみろ。醤油や味醂や味噌で味付けされたサバ缶は、多分お前らもビックリするぞ」



 かくして宴会が始まったのだが――



「いやはや、ビールというものは美味いな! かような酒は飲んだことがないっ!」


「サバノミソニとやらも恐ろしい味だっ!」


「スルメこそが至高だっ!」


 龍族のみんなが良い感じできあがっている。

 7支族の長である7大龍老と、私達で総勢20人位なんだけど……空き缶の数は100じゃきかない。


 明らかに呑み過ぎだ。


「リュ、リュ、リュート君……ばたんきゅーなんです……」


 三枝ちゃんが倒れた。


 缶詰が東方の料理を思い出すって味ってことで、めちゃくちゃバクバク食べて、グビグビ飲んでたからね。


 まあ、あのペースで飲んでればそうなる。


「でも、ちょっと……フザけすぎじゃない?」


 人類の存亡をかけたアレコレ……私達の肩に背負わされた重荷ってとっても重いはずで……。


 だから、私だけはお酒を一切口にしていないんだけどさ。

 

「……フザけすぎだと? 黙れコーデリア=オールストン」


「いや、リリス……でもさ、ピクニックに来てる訳じゃないんだよ?」


「……」


 私の視線の先では、リュートと龍の7支族の長の間での腕相撲大会が始まっていた。


 一対一じゃ勝てないってものだから、1対4とか、1対8とか無茶苦茶なことになっている。


 で、それでもリュートが勝っちゃうあたりが、それっぽいといえばそれっぽいんだけどさ。


 特にリュートと縁の深い、赤龍族のおじ様はこっちの耳が痛くなるほどに馬鹿笑いしている。


 話の節々から察するに、いつかこうしてリュートやリリス、そして私も含めてみんなでお酒を飲みたかったみたい。


 その表情は、まるで娘が連れてきた婚約者と一緒に杯を交わす父親のような、心の底から嬉しくて、けれどどこか寂し気で……。


 でも、とにかく――と私は思う。


「もっかい言うけど、ピクニックに来てる訳じゃないんだよ?」


 そうしてリリスはコメカミに血管を浮かばせてこう言った。


「……黙れ、コーデリア=オールストン」


 いや、でも……と私が言いかけた時、リリスはピシャリとこう言い放った。


「明日、イチガヤの施設で私達は女神と謁見する。その際――彼らは龍ではなくなる」


「え……?」


 そうしてリリスは肩をすくめながら、やるせない表情でビールを煽った。


「なあ、コーデリア=オールストン? 龍族の存在意義である力……その放棄。強者でいることのできる最後の夜――最後の晩餐の何が悪い?」

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