第117話


 ――翌日


 地下道を潜り抜けた私たちは、再度一面が灰色の壊都に立つことになった。

 どこまでも直線なモノは直線で、曲線はどこまでも滑らかな曲線。

 歪なモノが何一つない、骨組みだけとなったかつての巨大建築物群に、眩暈にも似た何かを感じる。


 そうして私達は、やはり直線と曲線のみで構成された不気味なまでに均整の取れた道を歩いた。

 と、しばらく歩くと、リュートはとある建物の前で立ち止まった。


「到着したの?」


「ああ、ここが目的の施設……防衛省の軍事機密の研究所って所だな」


「建物の敷地の周囲を覆っている……この金属の網は?」


「金網のフェンスって奴だ」


 フェンスとやらを触って……ふむ、これはアダマンタイト、あるいはこの細さまで加工できることのできる延伸性は……ミスリル?

 

 ――試しに私は剣の柄に手をかけた。


「試し切りなら辞めとけ」


「え?」


「試さんでも、お前のヒノカグツチなら一刀両断は簡単だ。元々、関係者以外を入ってこさせないためのフェンスで、暴徒の突撃を止めるためのフェンスじゃねえしな」


「でも、なんで切っちゃダメなの?」


「腐っても、ここは旧世界の軍事施設だ。さすがに立ち入り禁止のフェンス程度じゃ大丈夫だと思うが、どんなセキュリティがあるか分からん」


「ああ、なるほどね」


 と、私はポンと掌を叩いた。


「軽く言ってるけど、外なる神みたいなのが出てくる可能性も余裕であるんだぞ? そんなのが出てきたら、モーゼズ云々以前に全滅だ」


 うーん……私は現物見たことないから外なる神とか言われても、イマイチ分からないんだけどさ。

 とりあえず、リュートで歯が立たないのが数百とかいう単位でいるって話だから、まあヤバいのは分かる。

 そんなのが私達の生存領域に入って来て、ジェノサイドよろしく暴れ回ったら……大厄災どころの話じゃないわよね。


「とりあえず、ちゃんとした入り口があるからそこから入るぞ? 中ではまだ、セキュリティも生きてるしな。設備の主……女神に招かれた者以外は中には入れん」


 そうしてリュートは私達を率いてしばらく歩き、角を曲がって更に歩く。


「でも、ちゃんとした入り口って……私達みたいなのを入れてくれるの? セキュリティも生きてるんでしょ?」


「なあ、コーデリア? 龍族っていうのは何だと思う?」


「何よ突然に?」


「……この世界は12柱の魔王に守護されている。大厄災を影から操作したり、あるいは直接に手を下したり、まあ……古代の遺物を利用する輩を退治するのも魔王の役目かな」


「魔王……数百年前から目撃情報はないよね?」


「ぶっ壊れ性能を持つ転生者の中でも規格外のヤバい奴が、一人で全部狩りつくしたからな。何でも特典スキルの数がとんでも無かったって話で……他にもこの世界を守護する存在は色々あったんだが、それも長い時間をかけて後続の転生者達が狩っちまったり、無力化されたりしたんだ」


「え? でもそんなこと全然私は知らないよ? 公にされていない特秘事項だったとしても、勇者がである私が世界の治安維持に関する事項で知らない訳なんてあるわけないよ」


「だから、陰の歴史なんだよ。ってか、お前は本当に知らなかったのか?」


「知らないって……何を?」


「人魔皇っていう職業だ」


「ジンマコウ……?」


 そこでリュートは駄目だこりゃとばかりに肩をすくめた。


「システム上の人類の進化の到達地点だよ。外なる神に唯一対抗できうるとされる人類の決戦存在だ。どうにも、このシステムを作った奴らの中にも、色々と思うところがあった奴がいたらしくてな。そういうバグ的な裏技を仕込んでいた。恐らくは……人類に最後の反抗の選択肢を残す為に」


「ふむふむ、それで? ってか、外なる神に対抗できるんだったら、それを利用して外の世界に討って出てやっちゃえばいいんじゃん? 人口問題もそれで解決じゃん」


「はァ……」


「え? どうしたの?」


「いや、何でもねーよ。とりあえず、人魔皇でも外なる神には勝てない。正面からの殴り合いなら1対1なら普通の個体なら勝てるってされてるけどな」


「ああ、数百もいるって話だもんね」


「そういうことだ。多勢に無勢って奴だな。で、そこで過去の転生者達は人魔皇の力を使って世界を滅ぼすことを考えた」


「どうしてそんな回りくどいことを?」


「まず、転生者も一枚岩じゃねえ。っていうか、よほどの過激派じゃなけりゃ、人類をジェノサイドなんてしたくねーよ。普通はそんなもん、よほどのアレな性格じゃねえかぎりは、少なくとも自分の代で差し迫ってない限りは保留にするよな?」


「まあ、そうよね」


「そして、龍皇を始めとして、人間の中にも強者はいるしな。自分たちの好きにはできねーよ」


「ああ、なるほど。そこで秘密裏に……外なる神に対抗する為じゃなく、人類そのものに対する決戦兵器として人魔皇を作り出そうとしてたって訳ね」


「そういうことだ。方舟計画自体はその頃からあったらしいんだけど、そんなアホみたいなこと許す奴はいつの時代もいねーからな。で……過去の転生者達も人魔皇の条件クリアーに本当に苦労したみたいでな。極地の四大守護聖獣に始まり、挙句の果てには地下大迷宮を降りに降って、星そのものと同義とされるガイアとも接触した」


「全部……伝説とか御伽噺の世界じゃん」


「ああ、だからこそ、全部が人魔皇を発生させるための制限解除となるんだ。それで、人魔皇となる器……人間そのものにも条件があってな」


「人間そのものに条件?」


「まず、魔王の遺伝子を持つ乱暴な家系……まあ、品行不方正なクズ家系の血が必要だ」


「魔王の血?」


「ああ、かつて、吸血姫と呼ばれた魔王の隔世遺伝……燃えるような赤髪を携えていないといけないんだ」


「ふむふむ」


「そうして、同時に……世界のシステムにその器を勇者として選定させる必要がある。これまた相当に厄介なことで、だからこそ勇者を司るガイアに接触する必要があった。勇者と魔王の力を併せ持つ……本来ありえない、システム上のバグ。故に、その力は外なる神にも届きうるんだ」


 そこで私は立ち止まり、強張った表情を見てリュートは笑った。


「燃えるような赤い髪の勇者って……ひょっとして……?」


「ああ、その器ってのは……お前だよコーデリア」

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