第109話

・サイド:マークス枢機卿


 野戦用の天幕。


 広大な湿地帯――泥沼の臭いにうんざりとしながら俺はこう呟いた。


「しかし、本当にツイてねえなこりゃ」


 神聖帝国からの軍事顧問として神聖教会ナンバー2の俺が放り込まれたが、戦線は最悪の状況だ。


 北西の戦場では勇者達がアルティメットゴブリンを討ち取ったとのことで、西の戦場でも剣聖神が鬼神を数体討ち取ったという。


 現地入りする前までは景気の良い話に浮かれていたが、この戦線の状況を知るにつれてそんな気分は一撃で吹き飛んだ。


「最終確認だが敵戦力は?」


 天幕の中には今――4人の男がいる。


 1000の聖騎士団の精鋭を率いる聖教会代表の俺。


「アルティメットゴブリンを複数確認しました。最低でもその数は3体」


 そう応じたのは1000の世界混成師団を率いる世界連合の軍事顧問。ちなみに世界連合は重鎮たちが急に何名か消えて大変だったらしいな。


 聖教会でもナンバー3が消えたが、たった一人でてんやわんやの大騒ぎだった。


 と、それはさておき――


「鬼神の群れを確認。複数体という規模ではなく――群れだ」


 と、行ったのは世界連合には属しない東方連合を取り仕切る大元帥。これまた戦力は1000だ。


「思いっきり……ここがド本命ってことだな」


 そして最後に冒険者ギルドを取り仕切るグランドギルドマスターの代理である謎の少年。


 これまた率いる戦力は猛者揃いのギルド員1000……。


「グランドマスターから直々に言われたことではあるんだが……どうして少年がこんなところにいるんだ?」


「ま……固いことは気にすんなよ」


 ハハハと笑顔を浮かべる謎の少年。

 本当に何故にこんなとことに場違いすぎる少年が……と、頭痛が強くなってくる。


 と、そこで東方連合の大元帥が口を開いた。


「虐殺鬼の存在も確認されている」


「虐殺鬼?」


 俺の言葉にうんと大元帥は頷いた。


「東方で有名な武人だ。2000年前に吸血鬼の眷属となり寿命を伸ばして……以来――戦場を渡り歩いて自らを鍛え上げているという生ける伝説だ。その力量は一人大厄災と呼ばれるほどで……いかなる軍も彼奴一人に壊滅させられる有様だ。その力量を正確に推しはかることすらできぬ」


 と、そこで少年はニヤリと笑った。


「ってことで聞いてるかマーリン? やはり連中の本命はここだったようだ。俺を派遣しておいて大正解だったな……コーデリアやリリスが虐殺鬼に出くわすと……ちょいっと分が悪い」


「何を言っているのだ貴様は?」


「あ、俺のことはほっといてくれ。こっちの話だから」


「……通信術式なのは分かるが……相手はグランドマスターではないのか?」


「ギルドのグランドマスターから聞いてなかったのか? この会議については俺たち独自のルートで知らせるべき人間も通信術式で同席……って話だ」


 そこで俺は立ち上がり、少年の胸倉を掴んだ。


「人類の存亡がかかった戦闘前の重大会議だぞ? それをどこの馬の骨ともしれん者に流している……だと? 自分が何をしているのか分かっているのか?」


「ったく……グラマスのおっさん……どんだけ使えねえんだよ……話は通してたんじゃなかったのか?」


 そうして少年は懐から水晶玉を3つ取り出した。


「で、今――俺が誰と通信しているのかを教えれば良いのか?」


「それは最低条件だ。スパイの可能性もあるし、場合によってはこの場で貴様を処断――」


 机に置かれた水晶玉から光が溢れ、水晶玉の上に像が結ばれ始めた。


 遠隔地同士での会議などでは割とポピュラーな手法で、まあ……水晶玉を通して顔と顔を合わせながら話をするという奴だな。


「な……何と言う事だ……ご無沙汰しております」


 東方の大元帥がその場で跪いた。


「なるほど。少年がこの場にいるということは……そういうことか」


 呆れ気味に世界連合の軍事顧問が肩をすくめた。


「龍王……劉海……禁術使いのマーリン……だと? 少年――お前は一体何者なんだ?」


 そうして少年は不敵に笑ってこう言った。



「リュート=マクレーン……村人だ」



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