第108話



 ――最果ての土地:地下階層


 古代文明の廃虚。

 かつて東京ドームと呼ばれた空間で、総数20名の男女が佇んでいた。



「それでは我々はこれで……過去に帰還するよモーゼズ君」


「世界連合議長カイエン閣下。いや、ここでは藤島雄一さんと言った方が良いでしょうかね。まあ、貴方たちとは色々とありましたが――」


 モーゼズの背後には5名の男女。


 そうしてモーゼズと相対する初老の男の背後には15名の男女が立っていた。


 それはそのままの意味で帰る側と残る側であることを意味する。


「今まで君たちを押さえつけて悪かったと思っているよ」


「ええ。貴方がたが現地民に関わらなかったせいで……世界は無茶苦茶です」


「人口が増えすぎた。外なる神の介入が行われれば人類の絶滅は必至。そうであれば君の提案していた人工的な大厄災もまた……やむを得ないと今は思うよ」


「まあ、我々は我々で好きにさせてもらいますよ。人類の人口調整から何から何までね」


「結局――我々は問題を先送りにしただけに過ぎなかった。君のような決断力を私には持つことはできなかったのだ」


「おかげで残された者は苦労しますよ」


「はは。そうだね。しかしモーゼズ君……気をつけたほうが良い」


「と、おっしゃると?」


「龍王、仙人、魔界の禁術使い。この3人は我ら転生者をもってしても危険だ」


「世界の理を知りつつ……それでもなお……あるがままを受け入れよという危険思想を持つ連中ですね」


「いや、彼らはシステムを受け入れた上で……人類そのものに未来の行く末を委ねているといったほうが正しい。私は流されるままに問題を先送りにしてきたが、彼らは明確な意思をもって――あるがままを受け入れろという思想を持っているのだよ」


「その最たる例がリュート=マクレーンですか。彼のせいで今回のシステムによる大厄災は否定されることになった」


「大厄災を起こしても人類側が完封して人口調整ができないことが明白となり、システムは自らの手による人口調整を諦めて……」


「ええ、かつて世界を滅ぼした悪夢の生物兵器――外なる神による人類の殲滅を選択した」


「本当に申し訳ないねモーゼズ君」


「現在の人口は490万……500万人に到達すれば外なる神の介入が始まる。まあ、その前に私達で人口調整を行いますよ。私も巻き添えで死にたくはないですから」


「苦労をかけるが、これからは君の好きにすれば良い」


「ええ。人道的配慮と言う名目で、危険水域ギリギリまで世界を放置してくださってありがとうございます。閣下」


「はは、最後まで君は本当に手厳しい」


「手遅れに近い状態で、全てを放り投げて自分たちだけは元の世界に帰ろうと言うのですからね。嫌味の一つも言いたくなります」


「……本当に申し訳ないことをしたとは思っている」


「それでは」


 そうしてモーゼズ達5人は東京ドームのかつての観客席――バッタボックス裏のVIPシートへと腰掛けた。


 残る15人はドームの丁度真ん中に集まっている。


 すると、球場内に五芒星の魔方陣が走っていく。


「で、これで良いんかいなモーゼズ兄やん?」


 聖騎士である少女――ゼロがニタリと笑った。


「ええ、これでよろしいですよ。ゼロさん」


 魔方陣から虹色の光がほとばしり、バカげた霊的質量を伴う魔力が閃光と共に地鳴りを轟かせる。


「ほんまのほんまにこれで良いんかいな?」


「ええ、本当の本当にこれで良いです」


 15人は光に覆われ――その肉体が光の粒子へと変換されてふわりと空に向けて放たれていく。


 そうして数分もせぬうちに、15人の肉体の全ては光の粒子へと変換されて――宙に溶けた。


「終わったね。でも、本当にこれで良かったんかいな?」


 そこでモーゼズは醜悪に笑った。


「ええ、これは……それらしく見せた……ただの自殺――分子レベルまでの融解術式ですから」


「そもそもタイムマシンなんて……できるわけないやんね」


「苦労しましたよ。超古代文明の文献を3000点。少しずつ少しずつ改ざんして……ただのド派手な自殺魔法をタイムマシンっぽく見せると言うのは」


「改ざんされたピースを集めて研究すれば、世紀の大発見を演出できるって訳やね」


「ええ、連中の中にいた錬金術師がマヌケで……それらしくヒントを与えるのにも苦労しましたよ」


「アンタのそのネチっこい執念にはホンマに恐れ入るけどね」


「まあ、おかげさまで連中はタイムマシンの存在を信じて我々に全権を引き渡した」


「しっかし、自分らは帰るから後は知らん。後のことはお前らの好きにしてええからーっていうのも酷い話やけどね。散々にウチ等を押さえつけてたはずやのに」


「まあ、これで邪魔者は消えました」


 そうしてモーゼズは立ち上がり、掌をパンと叩いた。


 するとドーム内に無数の武装した兵士達が雪崩れ込んきた。


 彼らは一糸乱れぬ統率で、ドーム内に瞬時に整列を終える。


「人工的大厄災はただの前座です。人類の人工進化を施した……Sランク~SSランク級相当の1万体の勇者量産型(オーヴァーズ)」


 次にモーゼズの前に……ゼロを初めとする4人の男女が跪いた。


「そしてうウチ等……転生者4人」


 モーゼズは醜悪に口元を歪めて、満足げに頷いた。


「準備は万端です――終わりを始めましょうか」

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