第106話

「……学徒出陣」


 人類の状況はあまりにも切迫している。


 と、いうのも……ほぼ同時に3か所で大厄災が起こったという話だ。

 既にいくつかの国がSランクを遥かに超えた……規格外の魔物率いる人工進化個体に呑まれたという。

 そして、人類のAランク級以上の戦力は各地に分散投入されて、勇者ですらもまともな後方支援を受けられない状態での戦闘を強いられている。


 まあ、あそこにはコーデリアがいるので……連中としては様子見程度の今の状況なら……どうとでもなるだろう。


 そうして私の所属するアルテナ魔法学院にまで学生の出陣の要請がきたという次第だ。


「おい……俺等の相手するのって……オーガ種だよな?」


「鬼神が複数体確認されてるって話だぞ?」


「モラール国が既に壊滅させられて、大量の難民も出ていると言う話……」


 行軍前――平原に整列した学生たちが口々に悲壮な表情を浮かべている。


 無理もない。


 この連中であれば捨て駒としての価値すらもないのに、焼石に水を承知で動員されているのだから。


 私たちは学生部隊として整列しているので一か所に固まっているが、やはり本職の連中はかなりマシな人材が多い。

 こちらはザワザワとうるさいが、向こう側はほとんど無駄口を叩いてはいない。


 さて、総数で1万人程度の戦力だろうか。

 即興でかき集めたにしては中々の戦力のように見える。


 Aランク級以上の戦力も数十人以上導入されているということで、鬼神が数匹程度の群れであれば……こちらの損壊に目を潰れば討伐はできるだろう。



 ――ただし、鬼神は20以上いる。



 マーリンの配下のギルド本部のグランドマスターからの情報なのでまず間違いない。


 必然ながら、この程度の戦力では全滅は必至だ。



 ――まあ、それが読めていたので――私がここにいる訳だが。


 

 本番が始まる前に人類側の戦力を大きくそがれることは私達も避けたい。

 決戦戦力足りうる……まともな戦力はほとんどいないにしても、雑魚を相手に広域を防衛する戦力は必要だ。


 と、その時……陣内のそこかしこから歓声があがった。


 そうして歓声はこちらに近づいてきて――


「――伝令っ! 伝令っ! 不死者の森にて――四人の勇者が総力を結集し――アルティメットゴブリンを討ち取ったとのことっ!」


 大声と共に早馬に乗った男が陣内を駆け抜けていく。


 歓声も無理はない。同時多発の大厄災の一つ――それも大厄災の代名詞たるアルティメットゴブリンを潰したという話だ。

 絶望的な状況下に置かれている現況で、これ以上に希望に満ち溢れるニュースはないだろう。


 まあ、アルティメットゴブリンを討ち取ったのは四人の勇者ではなく――コーデリア=オールストン単独で……なのだろうが。


「……さて。お遊びはここまで」


 私は学生の列から抜けて、一直線に本陣へと向かう。


 そう、リュートかコーデリアのどちらかが大厄災の一つを片付けた場合に私は動く予定だった。

 私にその情報が伝わると言う事は、モーゼズもその事実を知る。


 つまりは私たちは蹂躙されるだけの子羊ではなく、牙を持った狼であると。


 それまではギリギリまで大人しくしているつもりだったが……コーデリア=オールストンが本当の意味での人外の戦いの開幕の狼煙をあげたのだ。


 そうであれば私もボヤボヤとはしていられない。





 陣内をしばらく歩くと、天幕が見えてきた。

 

 大将の天幕の中にはSSランクに数えられる……今回の掃討作戦の責任者である剣聖神:リチャードがいるはずだ。


 天幕の近くは警護が凄かったので、龍魔術を駆使して透明化と気配消去を念入りに行う。


 ――練度が低い


 基本的には大物を狩るのはAランク級以上の仕事で、学生を始めとした低い技量の者は掃討戦や捨て駒としての用途となる。


 そうであれば、この天幕の周囲には高ランク冒険者相当の連中しかいないはず。


 けれど、誰も私に気づかない。


 これは本当に……リュートの関係者以外は……使い物になりそうにない。


 と、大将の天幕の中に入った時――



「……誰だ?」



 前言撤回。流石にSSランクのこの男は気づいたようだ。


「――私はリリス」


「リリス?」


「……龍王の使いと言い換えても良い」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る