第92話

「目には目、歯には歯。これは憎しみと殺し合いの連鎖じゃ。獣人の愚行は、それ以上の愚行によって報復される。最早――言葉は届かんよ。我らにはことの事態を見守ることしか残されてはおらん」


 エイブ老師が言い終える頃、広場に残っていた残存兵力の全てが、全身に数十の矢を生やした奇怪なオブジェと成り果てた。


 そうして、全員が口々に喚き始めて広場の出入口へと視線を向ける。


「市街に出て獣人を殺せっ!」


「根絶やしにしろっ!」


「殺せっ!」


「殺せっ!」


「殺せっ!」


「殺せっ!」


 血走った目で武器を手に全員が出入口へと駆け出したその時、出入口の前に一つの影が躍り出た。


「おお……黒髪の……武神殿っ!」


「ありがとうございますっ! おかげで我々は勝利を収めましたっ!」


「これより市街の掃討戦をっ!」


「救いの御子様っ! 武神様っ!」


「武神っ! 武神っ! 武神っ!」


 そうして、黒髪の少年は右手を大きく振り上げて――



 ――ズドゥ――――ッン!


 

 広場中が震える轟音と共に、地面に半径30メートル程度のクレーターが形成された。


「そこまでだ」


「武神殿……? どうして止めるのです……か?」


「そもそも俺はお前らの味方じゃねえ」


「……えっ?」


「これ以上続けるってんなら、後は本当にどちらかの種族を絶滅の根絶やしにするかの――とことんまでのジェノサイドしか残っちゃいねえよな。だが、それは俺が許さねえ」


 一同がシ――ンと静まり返った。

 そうして少年は言葉を続ける。


「これは個人的な感情なんだよ。俺の大事に思ってる女の子を理不尽に泣かせる奴は許さねえ」


 そうして少年は私の隣の叔父のところまでゆっくりと歩いてきた。


「エルフのリーダーさん。戦争はこれで終わりだ」


 次に少年は破壊されたギロチン台に向かい、獣人の男に話しかけた。


「リズの父親か?」


「貴方は……リズを……?」


「ああ、訳があって今は俺が保護している」


 そうして少年は獣人の隣――我が姉に話しかけた。


「あんたがリズの母親だな」


「はい……」


 そして――と少年は私に大声で語り掛けてきた。


「リズの母親はお前の姉なんだよな?」


 そうして少年は頭をペコリと下げた。


「ここに両国のトップ級の陣営が揃っている。お前らの娘や姪っ子の為に……頼むからみんな仲良くやってくれ。いや、仲良くはできんでも良い。せめて喧嘩は辞めてやってくれ」


 ただし――と少年は言葉を続けた。


「これ以上喧嘩を続けるってんなら、獣人もエルフもまとめて――このリュート=マクレーンが個人的感情をもって、俺の大事な身内であるリズを泣かせないために――」


 少年は再度拳を振り上げる。

 そうして拳を地面に叩きつけ、やはり特大のクレータが形成された。


「――いつでも喧嘩を買ってやるから、かかってこいっ!」



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