第93話

「さて……」


 一仕事を終えた俺はコキコキと首を鳴らしながら草原を歩いていた。


「……でも、これで良かったのリュート?」


 リリスが不満そうに頬を膨らませている。


「何なんだよ? お前のオーダー通りに……根こそぎぶっ飛ばしたじゃねえかよ。ってか、お前も一人で突っ走ろうとするの辞めろよな」


 勝手に早とちりして単騎突撃しようとしやがって……。

 お前一人だったら、商会を叩き潰した後、森林地帯を抜けられていたかどうかも怪しかったんだぞ。


「……その点については私の判断ミス。リュートを少しでも疑ってしまったのだから」


「勝手な行動はやめてくれよな本当に……」


 龍族に誇り高く育てられたせいで、色々と沸騰点が低いんだよなコイツ。

 オマケに不思議ちゃん属性もついているし、かなり扱いづらい。


「……で、本当にこれで良かったのリュート?」


「っつーと?」


「……リズを……置いてきた」


 まあ……と俺は首を左右に振る。


「リズは10歳で本当に子供だしな。両親のところにいるのが一番良いだろうさ」


 それに――と俺は軽くため息をついた。


「転生者の動向の関連の調査結果もマーリンのロリババアから届いている。ボチボチ、モーゼズも本格的に動き始めるだろうしな。鬼神の事件のタイミングからしても、恐らくビンゴだ。既にコーデリアを抱えているし、これ以上……俺の手に届く範囲に守るべき者を置いとく訳にもいかねーさ」


「……しかし……リズは……」


 こいつは本当にリズ大好きだったからな。

 まあ、俺としてもこれでお別れっていうのは寂しい気もするのも事実だ。

 そこでリリスは、やはり不満そうにアヒル口を作った。


「お前だって家族が大事なのはわかるだろ?」


「……父さん」


 そうして、リリスは深くため息をついた。


「……うん。これで良いと私も思う」


 寂しそうな表情のリリス。

 なんだか俺まで暗くなりそうになるくらいに沈痛な面持ちだ。

 しばらく歩いていると――


「おーい、ボンっ! 待たれよっ!」


 と、そこでエイブ老師とかいう、エルフの爺さんが俺たちに走りながら向かってきた。


「どうしたんだよ……って、え……?」


 そこでリリスは目を見開いた。


「……リズ?」


「――リリスお姉ちゃんっ!」


 そうしてリズはリリスに駆け寄って、抱き着いた。


「おい、どういうことなんだよ?」


 リズの代わりに、俺の質問に爺さんが答えた。


「結局、エルフと獣人の融和政策の方向でトップ会談の話は進んだのじゃが――」


 まあ、俺と言う暴力装置を使っての半ば脅しではあったんだが、元々リズの両親がその下地を作っていた。

 エルフの抵抗組織にもリズの父親は陰で支援もしていたし、そういう意味では話は早かったとは言える。


「じゃが、未だに両陣営にはタカ派も多くての」


「ああ、そりゃあそうだろうな。一朝一夕で、ジェノサイドまで行われそうになってたような隣国関係が改善する訳もねえだろう」


「そうして、やはり……リズ嬢を疎ましく思う輩はおる。両国の王族の血を引く……融和の象徴である訳なのじゃからな。命も当然……これからも狙われような」


「……それで?」


 そこでリズが申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。


「――お父さんとお母さんから、家を出て、お兄ちゃんと共にいるように言われました。あの……その……政治が安定するまでは……って」


「うーん……亡命的な感じなのか?」


 そこでカッカとエルフの爺さんは笑い始めた。


「いや、違うわい。リズの両親はなかなかどうして、アレでいて聡いようでの」


「っつーと?」


「リズをボンの手元に置かせることによって、彼奴等(きゃつら)の進める融和政策を、武神の庇護の下にあると認識づけたいようじゃの」


 おいおい、俺の政治利用かよ。

 エルフの連中もタダ乗り上等だったし「全くコイツ等……」と俺はゲンナリと肩を落とした。


「とはいえ、娘の危険を案じて――ボン達の近くにおることが最も安全だと言う判断が一番じゃろうな。目に入れても痛くないほどの可愛がりじゃったらしいから、それはそれで辛い決断ではあったんじゃろうよ」


「はーっ……」と俺は深い溜息をついた。

 ここで俺が断りづらいことを承知済みで……全部分かったう上でリズを放逐したんだろうな。

 全く、食えねえ連中だ。


「俺の体は一つしかない。四六時中面倒なんて、物理的に見れねえぜ?」


 そこで爺さまはカッカと再度笑った。


「……まあ、ワシがおるからの。大概のことは何とかなるじゃろう」


「おいおい、爺さんまで俺にくっついてくる気かよ」


「いや、お主らの通う魔法学院のある街に一軒家を買い上げるつもりじゃ。そこでワシはリズの子守りをしながら余生を過ごすよ」


 なるほど、リズの面倒を見ろってのはそういう意味か。

 あくまでも、何か本当に困ったことがあった場合に助力を願いたい……と。


 あー、本当に食えねえ連中だ。これじゃあ絶対に断れないじゃねーか。


 そこでリリスはリズの手を引いて、エルフの爺さまを睨みつけた。


「……護衛と言う意味では、貴方だけでは心配」


「どういうことじゃ嬢?」


「……私は寮を出てリズと一緒に住む。魔法学院へは通学という手段になる」


 やりとりをしながら、俺は本日何度目か分からないような深いため息をついた。


「もう、好きにしてくれよ。リリスも――爺さんもリズもな」


「快諾……感謝するぞい! 武神のボンっ!」


 そうしてリリスはリズを両手で抱きかかえ、いわゆる高い高いの姿勢をとった。


「……私が守る」


「うん、リリス……お姉ちゃん」


 そうしてリリスはリズに頬ずりを始めた。

 リズも嫌がってないし、本当に仲良くなったんだなコイツ等。

 

「しかし、ボンよ?」


「何だよ爺さん」


「今回の件でボンのような規格外の存在が世界各国に知れ渡ることになるじゃろう」


 そうして爺さんは声のトーンを落としてこう言った。



「――世界が荒れるぞい?」



「ああ、そうだろうな」


 そんなことは先刻承知だ。

 覚悟を決めたからこそ、俺は力づくで全てを吹き飛ばしたんだからな。


 と、そこで地面におろされたリズは俺にゆっくりと近づいてきた。


「リュートお兄ちゃん?」


「ん? どうしたリズ?」


 モジモジとした様子でリズは膝同士をすり合わせる。


「あのね……そのね」


 そうして、リズは頬を軽く染めて口を開いた。


「――本当にありがとうっ!」


「ああ、こりゃまた……どういたしまして」


 俺は屈託なく笑いながら、リズの髪がクシャクシャになるまで力強く頭を撫でてやったのだった。


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