第91話

・サイド:フェリス=マクイーワン


 エルフの軍勢総数1000を率いて、我々は獣人の国の王都に入った。

 武神殿が単騎突撃を敢行したおかげだろう、王都の門の守衛を蹴散らした後は、後は無人の野を行くがごとく……の有様だった。

 兼ねてからの情報の通り、我々は一直線に皇女――妹の処刑現場である大広場へと向かう。

 広場の入り口には無数の屍の山が出来上がっていて、死体の運搬処理を行わらなければ通路確保もできない有様だった。


 広場に入ると、同時に私は思わず震え声をあげてしまった。


「こ……これ……は?」


「いやはや、本当にアレは化生の類じゃの」


 エイブ老師の言葉に、私は戦慄と共に頷いた。

 既にほとんどの獣人の兵は逃げ出した後となっていて、残っているのは逃げ遅れた数百名。

 そして2000を超える屍のみとなる。

 

 つまり我々が広場に到着した時には――全ての決着がついてたのだ。

 主力が散り散りバラバラに逃げ出し、獣国の国が組織的抵抗ができないことは最早明らかだ。

 と、そこで私の背後から勝鬨の声が挙がった。


「おおっ! 武神殿の勝利だっ!」


「勝利だっ!」


「勝利だっ! 我々の勝利だっ!」


「長きに渡る屈辱の時は終わったっ!」


「雌伏の時は終わった! これより――森の賢者たるエルフが再度……この地域の覇権を握るのだっ!」


 口々に勝鬨をあげながら、逃げ遅れた獣人の兵共に皆は矢の雨を降らせていく。


「待てっ! 投降の意思の確認を――っ!」


 しかし、私の言葉は皆には届かない。


「殺せっ!」


「殺せっ!」


「獣人を殺せっ!」


「生き残った男は手足を切り取って晒し者にしろっ!」


「この場の戦闘要員を殺せば後は民衆だけだっ!」


「女は捕まえて性奴隷にっ!」


 いかん……と私は歯ぎしりをした。

 と、そこでこの場の総大将である皇弟……叔父上が大声を張り上げる。


「残像兵を掃討した後はこの場で待機だっ! 我らは森の賢人――野蛮人である獣人とは違うっ!」


 が、その指示が届いた様子は一切なく、全員が血走った目で残存兵に憎しみの矢を向け続ける。


「エイブ老師……?」


「いかんの。これはいかん」


「と、おっしゃいますと?」


「虐げられた生活で怒りと憎しみは頂点に達しておる。ワシ等の言葉は届かんよ」


「しかし、このままでは……」


「この場の残存兵を始末した後は、民間人に対する虐殺と強奪と凌辱が始まるの。積年の恨みの結果じゃ……全てを燃やし尽くし、奪いつくし、殺しつくすまで――止まりはせぬ」


「この王都が……地獄と化すと?」


「うむ」


「どのようすれば……止めることが?」


 エイブ老師は諦めたように首を左右に振った。


「皆の目を見よ」


 皆を見渡し、そして私は全てを悟り、諦観の表情を作った。


 アレは、最早……エルフ――いや、大きな括りでの人種の目ではない。

 憎しみと恨みで瞳が陰鬱に濁り、誰の言葉でも届くとは私には思えなかった。


「しかし、このままでは我々は獣人がそうしたように……いや、それ以上の残虐な所業を行うことに……」


「うむ。連中と同じく冥府魔道の世界に生きることに……なるの。じゃが、抵抗組織を組み上げた時点で、もしも勝利となればこうなることはありえるとは、最初から頭のどこかでは分かっていたことじゃろう?」


「剣に対して剣で応戦すれば血は流れる。所詮は――血塗られた道ということですか」


「目には目、歯には歯。これは憎しみと殺し合いの連鎖じゃ。獣人の愚行は、それ以上の愚行によって報復される。最早――言葉は届かんよ。我らにはことの事態を見守ることしか残されてはおらん」


 エイブ老師が言い終える頃、広場に残っていた残存兵力の全てが、全身に数十の矢を生やした奇怪なオブジェと成り果てた。

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