第90話

 土煙と共に着地した少年はニヤリと笑った。


「散々に笑えない催しモノを用意してくれたみたいだな――」


 絶句し、言葉もでない私を少年は睨みつけてきた。


「――100倍返しでノシつけて返してやる。遠慮は要らねえから受け取ってくれよな」



 私を守護すべき兵士たちは出口で団子状態。

 そして虎の子の12神将もエルフの森と周囲の平原に派遣している。


 今の私は――丸裸だ。


 私もSランク級の実力は誇っているのだが、それでも、この少年が先ほど見せた超人的な力を前にしては児戯に等しいだろう。

 せめて12神将がこの場に5人……いや、3人でもいれば話は違うのだろうが。

 と、私はエルフのレジスタンス対策に、虎の子を全員送った下策に歯ぎしりする。


「お前は……な、な、なっ、何者……なんだ?」


「リュート=マクレーン。村人だ」


 村人……とな?

 何故にたかが村人にこのような……力が宿っているというのだ?

 ニタリと笑う少年に、不気味な恐怖が私に襲いかかる。


「お前にいくつか質問があるんだ」


「質問?」


 ああ、と少年は頷き――そして衝撃的な言葉を吐いた。


「これより先の会話でこれ以上俺を不快にさせれば、指を一本ずつ折っていくからな」


 指一本ずつ……折る?

 一体何を言っているのだこの少年は。

 私は王だぞ? 王に対してそのような仕打ちは許される訳もない。


「――何故、リズに手を出した」


「リズ?」


「名前すら知らねえのか? それなのに……よくぞここまでやってくれたもんだよな――オイッッ!!」


 怒りの怒号と共に、少年は私の右手を手に取った。

 振りほどこうとするが、まるで万力に固められたように私の手は動かない。


 そして――


 ――パキョリ。


 枯れ木を折るような軽い音が響き渡った。


「ギャっ! ギャッ! ギャアアアアアっ! こ、こ、小指っ! 小指いいいいっ!」


 少年は軽く溜息をついた。


「はい、残念。叫び声が不快に感じちまったよ」


 パキョリ。

 今度は右手中指を折られた。


「ギャっ……」


 と、そこで私は左手で口を押えた。叫び声を挙げれば再度指を折られるだろうからだ。


「またまた残念。痛みに耐えてるテメエの顔が下品で不快だ」


「無茶言うなっあァ……ぁ……アビュっ!」


 今度は右手薬指が折られる。


「おっと、あんまりやりすぎちまうと指が全部なくなるな。で、次の質問だ。どうして……オルトを殺した?」


 アルト? 

 なんだそれは?

 楽器の類か?


「アルト……とな?」


「テメエの命令で殺された……俺の家族だよっ!」


「アビッバッ!」


 今度は親指が折られた。


「叫び声が面白い。もう一本だ」


「約束とちっがっウゥゥゥ――っ!」


 人さし指が折られ、これで右手は全て折られた。

 私の声は叫びすぎて枯れつつあった。

 

 そうして私は少年を睨みつけた。


「私にこんなことをして……ただで済むと思うなよ? お前が好き勝手にやることができているのは我が国の最強戦力……12神将がこの場にいないからだ。連中が戻れば、お前は終わりだ。この場を逃げおおせたとしても地獄の果てまで追いかけさせるからな」


 少年は懐に手を入れ、小袋を取り出した。

 そして、私に放り投げる。


「中身を確認しろ」


 言われた通りに片手で袋の口を開き、そして私は――


「はひゃ……っ!?」


 中には――10本以上の切断された指が入っていた。


「状況次第では交渉に使えるかと思って持ってきたんだが……で、近衛の12神将ってのはソレのことか? 森の中で4匹、平原でウロチョロしてたのを8匹――駆除しておいたぜ」


「ば……か……な……っ?」


 終わりだ。

 もう、終わりだ。

 完膚なきまでに、徹底的に――もう終わりだ。


 ――そう、私は終わりなのだ。


 ありえない。いや、ありえて良い事ではない。

 どうしてこうなった?

 長年の悲願であるエルフの国を攻め滅ぼし、絶頂の栄華を極めて私が――どうして? どうしてこんなことになっているのだ?


「次の質問だ。何故に獣人とエルフの皇女の娘を殺害しようとした?」


「それは、邪魔になったからで……」


「質問を変えよう。それじゃあ、どうして二人に子供を作らせた?」


「エルフの皇女を我が王族が蹂躙したと……戦争の勝利の為に……エルフの下々の民を精神的に服従させる象徴として……」


「要は、テメエの都合で勝手に作らせて、邪魔になったらポイ捨てってことで良いんだな」


「は、は……はい」


 そうして少年は深くため息をついた。


「――この上なく不快だな」


「えっ?」


「上の前歯……もらうぞ?」


「はぎゃっ!?」


 口の中で火薬が爆発したかのような衝撃。

 私が一番最初に取った行動は、首から上がついているかどうかを確認する事だった。

 そして口の中をありえない勢いで血液が拡がっていく。

 舌で確認したところ、少年のデコピンで上の前歯が2本粉砕されたようだ。


「……あびゃっ……あびゃた……貴方の目的は……何なのでしょうか?」


 そこで少年はしばし考え、物憂げな表情で肩をすくめた。


「これは個人的な感情なんだ」


「はう……ぁ……こ……こでんてきかんぼう……?」


「ああ、そうだ。こっちは家族――ペットのオルトロスも殺されたしな」


 再度のデコピン。


「あぎゃうっ!」


 今度は下の歯が丸ごと持っていかれた。

 全身から脂汗が吹き出し、痛みによって吐き気までが込み上げてくる。

 その場に崩れ落ちて、私は土下座の姿勢を取り、更にそこから亀のように丸くなり、涙声で懇願した。


「……もう……辞め……辞めて……くだ……」


「――外道にかける慈悲はねえ」


「そ、そ……そんな……っ!」


「俺は、俺の大事なものを傷つける奴が許せない。それも、外道のやり口で来るような輩には遠慮はしない。徹底的にやる――ただそれだけなんだ」


 見上げると、少年は憤怒の表情を作っていた。

 そうして少年は大きく拳を振りかぶり――



「――だから、テメエは今すぐ死ね」


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