第89話

そうしてエルフの皇国を蹂躙した我々の栄華は頂点へと達した。

 かつて、我らを野蛮人と蔑み、小間使いや底辺労働者として差別を行ったエルフ共。


 それが、今では我らの性奴隷となり、農奴となったのだ。

 そうして皇女を慰み者にするべく王宮に迎え入れたのだが――


 ――まさか我が息子がここまで愚かだとは思わなかった。


 今、我が王都の大広場には、本日の処刑を見聞する為に獣人の兵士が3000集まっている。

 広場の中心にはギロチン台が設置され、その前には獣人の男とエルフの女が縄で縛られて跪いていた。


「しかし、我が息子とは言え本当に愚かだ。まさかエルフなどに本気になるとは……な」


「父上。お考え直し下さい。我らは共に森に住まう……隣人ではありませんか」


「エルフ族は我らを長く……迫害し続けた。そして我らも連中を迫害した。互いの憎しみは極限まで達しておる。最早修復等……不可能だ」


 そこでエルフの皇女がこちらに懇願の声をかけてきた。


「お父様っ! 私達の娘……娘だけはご容赦をっ!」


 私はエルフの皇女の横っ面に蹴りをくれてやる。


「貴様の如き――下賤の輩に父と呼ばれる道理はない」


 ボトボトとエルフの皇女の整った口元から、とめどなく血が溢れて地面を濡らしていく。

 そうして私は息子の眼前に立った。


「獣人とエルフの融和を訴えかけるなどと……世迷言を。しかし、王族がそれでは他の者に示しがつかぬ」


 私は周囲を囲む獣人の猛者6000名に視線を送った。


「王からの再三に渡る警告を無視し、よくぞ好き勝手にやったものだ。王族とはいえ処断は免れぬ。まあ、親族故に拷問にはかけぬよ。せめてもの情けだ」


 パチリと私が指を鳴らすと、兵士達が二人の首根っこを掴んでギロチン台へと連れていく。

 そうして、二人の首をギロチン台に設置したところで私は笑い始めた。


「フハっフハハっ……まあ、私の言うことを聞いて、エルフとの合いの子を政治的に喧伝しておけばこのような末路は辿らんかったのだがな」


「娘を……リズを……獣人によるエルフ族への勝利――蹂躙の証として各地で晒し者になどできるはずがないっ!」


 と、そこでギロチン台から首だけを出している息子の眼前に立って、ズボンからイチモツを取り出した。

 そうして放尿を始めた。


「すまんな。たとえ王族と言えども、王に逆らう者は反逆者としてこのような扱いを受けると皆に見せつけねばならん」


 一応、息子だ。

 流石に放尿の理由は説明しておいた方が良いのだが……私の口元が笑っているのはどうにも隠すことはできん。

 はてさて、本音と建前というのが私は苦手のようだ。

 例え息子が相手でも――加虐は楽しい。

 実際に、いかに虐殺王と呼ばれる私とはいえ、息子相手に好き好んでこのようなことをするつもりは無い。

 だが、実際にやってみると楽しいのだから仕方がない。


 私の放尿を頭から受けながら、息子は吐き捨てるように言った。


「……外道が」


「それではそろそろ最後の時だ。何か言葉はあるか?」


「娘……は?」


「色々と手を尽くしたが、しぶとく生き残っている」


 そこで息子は安堵したようにため息をついた。


「が――12神将の一人に殺害命令を下している。アレは存在そのものが害悪だ」


「実の孫に……そこまでやりますか?」


 こちらを睨みつける息子に、私は首を左右に振った。


「エルフとの混じり物は親族ではないのだよ」


 そうして私は右手を掲げた。


「それではな。残念だよ――我が息子よ」


 ギロチンが上がっていき、そして縄で固定される。

 あとは縄を切れば息子とエルフの皇女が処刑されるという寸法だ。


「まあ、我が息子は他に10人いる。お前の代わりなどいくらでもいるのだがね――ハハっ!」


 あとは私が指を鳴らせば合図が終了だ。


「殺せっ!」


「裏切り者には粛清をっ!」


「エルフを殺せっ!」


「殺せっ!」


「殺せっ!」


 うむ。

 オーディエンスも盛り上がっているようだな。

 王である私には臣民に娯楽を提供する義務がある。まあ、上に立つ者の宿命だな。


「殺せっ!」


「殺せっ!」


「殺せっ!」


「殺せっ!」



 それでは、盛り上がりも絶好調のところでいってみようか。


「それではギロチンを落と――」


 ヒュオンっ!


 風切り音と共に何かが飛来し、そしてギロチン台の上部――ギロチンそのもが吹き飛ばされた。


 ヒュオンっ!

 ヒュオンっ!

 ヒュオンっ!


 更に次々と何かが飛来する。

  

 ヒュオンっ!

 大広場の噴水が爆発した。


 ヒュオンっ!

 大広場の私の銅像が爆発した。


 ヒュオンっ!

 私の足元――数メートル先の地面が爆発した。


「何だこれはっ!?」


 床を形成する煉瓦の破片がこちらに飛んでくる。

 数十センチのクレーターが出来上がっていて、見ると――クレーターの中心部にはアダマンタイトと思われる拳大の鉱石が床にめり込む形となっていた。


 ヒュオンっ!

 広場に集まっていた獣人の兵たちにも鉱石が降りそそぐ。


 ヒュオンっ!

 獣人の兵の手が吹き飛ぶ、


 ヒュオンっ!

 獣人の兵の足が爆裂四散する。


 ヒュオンっ!

 獣人の兵の頭が、破裂したリンゴのような、脳漿と肉塊の赤い華を咲かせる。


 ヒュオンっ!

 ヒュオンっ!

 ヒュオンっ!

 ヒュオンっ!

 ヒュオンっ!

 ヒュオンっ!


 次々に空から降り注いでくる死の鉱石。

 それはまるで雨あられとばかりに、物凄い勢いでその場の者に死を告げていく。


「ど、ど、どういうことだっ!?」


 私が狼狽しているくらいなのだから、兵士達の動揺はとんでもないことになっている。

 我先にと広場から逃げ出そうとして、出入口に殺到しているのが見える。


 そして、出入口近辺では渋滞が起きていて、我先に通せとばかりに押せや殴るやの状況。

 倒れた獣人を踏みしだき、更に獣人が倒れる。

 すぐに転倒した獣人の山が出来上がり、更にその山を獣人が乗り越え、その山の中でやはり押せや殴るやの大渋滞。

 それはもう、揉みくちゃの無茶苦茶の阿鼻叫喚の地獄絵図となっている。

 

「ええい、完全に統制を失いおって……馬鹿者どもがっ!」


 と、そこで私は、鉱石が一つの方角から飛んできていることに気が付いた。

 私の視線の先には――エルフ共がかつて儀式魔法を行使する為に建てられた塔が所在していた。


「儀式の塔から……爆撃だとっ!」


 そういえばエルフのレジスタンスが結集していたという情報が……奴ら、儀式の塔を奪還して……新手の大規模魔法でも行使しよったか?


 と、そこで人族に比べて圧倒的な視力を誇る獣人の中でも、更に目が良い私の視力が――とある光景を捉えた。


 儀式の塔の屋上から、水色の髪の少女から鉱石を手渡された少年が、物凄い勢いでこちらの鉱石を投擲している姿を。

 

「バカな……距離差5キロだぞ? 全弾広場に着弾させて……? この距離で殺傷能力を維持させる初速……で?」


 そうして少年はリュックを背負って、そのまま屋上からこちらに向けて――跳躍した。

 

 少年が何をやろうとしているかは分からない。だが、投身自殺と言う訳でもなさそうだ。

 ともかく、少年は大きくこちらに向けて斜め上方に飛び上がり、遥か上空から――リュックに詰めた鉱石の散弾を絶え間なく打ち続けている。


 ――現在、距離差4キロと言ったところ。

 少年の投擲の回転速度は更に上がっていく。

 周囲を見ると、1000を超える獣人が死体となって広場に散在していた。

 残る連中は出入口に殺到していて、そこでも揉みくちゃ状態での死者も相当出ているだろう。



 ――距離差3キロ。

 そこで私の周囲に鉱石が降り注いだ。

 ドドドドドドドドドドドドドドと連続した着弾音が鳴り響く。


 ――距離差2キロ。

 私は小さく悲鳴をあげた。

 なぜなら、私の周囲半径5メートル……円が描かれていることに気づいたからだ。

 都合30発の小さなクレーターが合体して、まさにそれはクレーターで描かれた真円と言ったところだ。


 ――距離差1キロ。

 間違いない。奴は5キロの距離を跳躍して、この広場に着地するつもりなのだ。

 意味が分からない。脚力が凄いとかそういう次元ではない。

 そして奴は――狙っている。確実に奴は私を狙っている。



 ――距離差200メートル。

 いや、本当にアレは人なのか?

 そんな考えが頭をよぎる。

 これだけの意味の分からない所業をやってのける……そう、アレは魔人だ。

 人ではない。

 そんな魔人が、眼前まで――迫ってきた。



 ――距離差50メートル。

 互いに表情が視認できる距離となる。

 魔人は私を見ると同時に――


 ――そして。


 土煙と共に着地した少年はニヤリと笑った。


「散々に笑えない催しモノを用意してくれたみたいだな――」


 絶句し、言葉もでない私を少年は睨みつけてきた。


「――100倍返しでノシつけて返してやる。遠慮は要らねえから受け取ってくれよな」


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