第78話


 ――ロリババアと男の娘ジジイの邂逅の数十分前。

 ベスタハ国首都。

 国王の居所である宮殿では王侯貴族達による酒池肉林の宴が開かれていた。

 豪奢な調度品で彩られた宴会場は二百畳程の広さとなっている。

 ビュッフェスタイルで食べ放題となっている食事の数々は、いかにも金にモノを言わせましたとばかりの超高級食材の数々だ。

 酒の種類も豊富で、既にできあがってご機嫌になっている連中もチラホラ見かけられる。

 広間の端では絨毯の上に豪快にゲロが所々にぶちまけられていて、既に場は無礼講を通り越してカオスな状況となっていた。

 更に特筆すべき事は、上半身裸の女中がそこかしこで酌をして回っているという状況だ。

 と、いうのも気に入った女がいればそのまま別室にシケこむ事すら可能という至れりつくせりのシステムとなっている訳だ。

 重税にあえぐ民草達が見れば卒倒するような光景だが、そんな宴会場の中央でベスタハ王は心の底から楽し気に笑っていた。

「大儀であった。ヌラリス商会よ」

 そういうと初老の男――ベスタハ王はペコリと頭を下げた。

「そんな、陛下が頭を下げる等……。しかも私は会長の代理の者にすぎませんのに……」

「そういうな、ヌラリス商会副会長よ。此度の貴様らの献金のおかげで我が国は世界連合に更に金を積む事ができる」

「そうすれば……勇者コーデリア=オールストンの獲得に更に一歩リードという事ですな?」

「アレは我が国の出身だ。そもそもが我が国に獲得の権利がある。まあ、此度の出資は更なるダメ押しという所じゃな」

「最終的にはギルド換算でSランク級の領域になる事が約束されている戦略兵器ですからね。いくら金を積んでも惜しくはない……と」

「そういう事じゃ。アレが生きておる限り、我が国の安全保障は約束されたも同然じゃ。これで有事の際に、欲の皮の突っ張った高ランク連中にタカられなくて済むようになる訳じゃしな」

「それだけではありませんよね?」

 ああ、とベスタハ王は頷いた。

「コーデリア=オールストンという圧倒的戦力を背景に……長らく冷戦状態であった領内の蛮族を平定する事も可能じゃ」

「蛮族ですか、褐色の若い女は物珍しさから高く売れますからね。その際は是非ともヌラリス商会の奴隷商を小間使いにお使いください」

「無論じゃ。そして我らは小麦の生産地拡大する事ができる。それを原資に高ランク冒険者を囲い、更に戦力増強……そうすれば辺境の小国ではなく、列強各国と肩を並べる事すらも……」

 そこで意地悪く商会の副会長は笑った。

「それだけじゃ……ありませんよね?」

 言葉を受け、王はこの上無く醜悪な笑みを浮かべた。

「うむ。領内の蛮族共を手始めとして――東西南北のあらゆる蛮族を平定し、その女共を数百単位で飼う事ができるのじゃ。そしてそれこそが我が悲願となる」

「ハーレムでもお作りになるのですか?」

「何故に私が蛮族を相手にハッスルせねばならんのじゃ?」

「……と、おっしゃいますと?」

「私の夢は蛮族動物園を作る事なのじゃ! ははっ! 発情オークの群れをその中に放ちでもすれば……とんでもない催し物になるぞ?」

「相変わらずの素敵なご趣味で……」

 そこで、再度ベスタハ王は頭を下げた。

「それもこれも全てお前達ヌラリス商会のおかげじゃ! いや、ヌラリス商会様様じゃっ!」

「陛下……頭を上げてください」

「いいや、私は頭をあげぬぞ? 無限に金を出してくれるような最良の金ズル様に上げる頭など私は持ち上げておらんのじゃっ!」

「しかし陛下……国王としての威厳が……」

「プライドや威厳など、金の前には無力じゃ! 金ズルのためならいくらでも頭を下げようぞ! ハハっ! ハハハハハっ!」

「時に陛下?」

「ん? なんじゃ?」

「此度の出資の見返りですが……」

「我が隣国、獣人国マッキンリから輸入した金剛石ダイアモンドの販売許可の事か?」

「ええ、その事です。人と亜人の歴史……未だに古い考えに囚われている国が多いのです。亜人の国からの輸入品の販売許可を出す国は少なく……」

「我が国も獣人との交易は禁止しておる。これは昔からの禁止事項で、絶対に変えてはならんと王族で代々申し送られてきた事項じゃ」

「えっ?」

 驚いた風に商会の副会長は呆けた面を浮かべ、見る間に彼の顔色に蒼みがかかっていく。

「じゃが……」

「……?」

「好きにしろ。国王である私が許可し、そして宣言する。先祖の申し送り事項は現時刻をもって廃止する」

 そこで深々とヌラリス商会副会長は頭を下げた。

「ご英断……感謝いたします」

「今後も金ズルになってくれる訳じゃしの。邪険には扱えぬ。はっはっ!」

「そして、ついでと言ってはアレですが……他にも少し便宜を計っていただきたい事が……」

 言葉を受け、ベスタハ王は豪快に笑った。

「獣人の娘の誘拐に関する件じゃな? コーデリア=オールストン本人に対する圧力及び、その両親を投獄して人質にとる。そして……なんだったかな? とりあえず、村人のなんちゃらとかいう奴への嫌がらせの数々について色々と便宜を図れという事じゃな?」

「はい、その通りでございます」

 そこでベスタハ王はヌラリス商会の副会長の肩をポンと叩いた。

「構わん。全てお前等の好きにやれ。治外法権どころか、我が国の司法の全力をもって冤罪と制裁を仕掛けてくれようぞ。しかし、お前等も何故に村人一人にそこまで強硬に出るのじゃ?」

「ハハっ。まあ、我が商会のポリシーは……獅子はウサギ相手にも全力を尽くすという事ですから」

 と、そこで商会の副会長は懐中時計を取り出した。

「陛下?」

「うむ?」

「今日の宴は特別な趣向を用意しております」

「これほど豪勢に宴会を開いておいて、更にまだ催し物が?」

「はい。そうなのでございます。実は花火を用意しておりましな。そしてそろそろ一発……手始めに大きいのが爆発します」

「ふむ? 花火とな?」

 と、その時……遠くから爆音が響いた。

 いや、それは爆音と表現する事すら生ぬるい臓腑の奥にまで響く重低音。

 続いて、暴力的とも言える光が窓から飛び込み室内を閃光弾のごとくに照らした。

「はは、これは中々に強烈じゃな? 眩しくて何も見えぬわ」

「ええ、確かに強烈な花火ですね。昼の花火という事で火薬量を多くしたのでしょう。まあ、勿論――金に糸目はつけていませんからっ!」

 そうして、王は会場内の王侯貴族達に大声で語り掛けた。

「皆の衆! 我等の王国の大切な友人であるヌラリス商会から昼の花火のプレゼントじゃっ! 窓際に寄って皆で楽しもうぞ!」

 王が率先して、ワイングラスを片手に窓際に歩みを進める。

 そして窓際に立った王が見た光景、それは自国で最高の標高を持つ山が――


 ――キノコ雲に包まれている光景だった。


 そして、王は絶句しながら叫んだ。

「花火職人……火薬使いすぎじゃろーーー!?」

 国王のあまりの絶叫に、ヌラリス商会副会長は怪訝に眉を潜めながら窓際に近づいていく。

「陛下? 一体何を言っておられるのか……」

 そして窓際に立った副会長が見た光景、それは自国で最高の標高を持つ山が――

 ――キノコ雲に包まれている光景だった。

 そうしてヌラリス商会副会長は絶句しながら叫んだ。

「どんだけ火薬使ったらこうなるんだ花火職人ーーーっ!? 確かに金に糸目はつけるなとは言ったけれどーーー!」

 物凄いオーバーリアクション&説明ゼリフだった。

 そして腰を抜かしたように王と副会長はその場にへたりこんだ。

「「いやいや、マジで自重してよ花火職人……」」

 ドン引きの表情で二人は声をハモらせてそう言った。

 そして次の瞬間。副会長はその場で土下座した。

「すいません陛下! ウチの花火職人が国一番の標高を誇る霊峰をハゲヤマにしてしまいました。しかも頂上の一部分に至っては完全に吹き飛んでしまっておりますっ!」

 そして、顔面を蒼白にし、上の空の表情でベスタハ王はうわ言のように呟いた。

「うむ。最近の花火はマジで半端ないみたいじゃの」

 と、そこで国王付きの近衛隊長が一歩進み出た。

「陛下、これは明らかに花火ではありません」

 と、そこでベスタハ王は大きく目を見開いた。

「何じゃと? 花火ではない……と?」

「はい、左様かと」

「花火でないとすると、何が起きているというのじゃ?」

「何らかの自然災害かと。少なくとも、我らの眼前に広がるこの悪魔的光景は……人為的に起こせるような規模を超えています故」

 そこで王は小さく頷いた。

「そういわれてみるとそうかもしれん。これは大変な事が起きているのかもしれん。騎士団だ……騎士団を今すぐ調査に向かわせるのじゃっ! 何が起きているかをすぐに見極めねばならんっ!」




 ☆★☆★☆★☆★☆★☆★




 ――そして場面は山に核攻撃を仕掛けたマーリンと仙人:劉海に戻る。

 ピンク髪のポニーテイルにジーンズ記事のショーパン。そして胸を隠すマイクロビキニに半袖パーカーという格好。

 齢千歳を超える男の娘――仙人:劉海は口元を吊り上げた。

「そうだな……それじゃあアレをするか」

「アレ?」

「テメエは山に核攻撃仕掛けたんだろ? だったら俺様ちゃんもインパクトがある事をしなけりゃならん訳だ。っつーことで、二千人位この場に出現させようか?」

「仙術のオハコである所の魂の形容変質……分化による念体の作成かえ? 早い話が実体を伴った分身の術」

「ああ、その通りだ」

「じゃが何故にそんな人数を? そもそも核攻撃に比べたら全然インパクトないぞ? しかも、それほどの数に分化させるのであれば一体の力は一般人に毛が生えた程度じゃろ?」

 そこで劉海は呆れたように笑った。

「本当にテメエは爆発以外は何にもできねーんだな? 簡単な索敵術式位覚えておけよ」

 そうして劉海はベスタハ国を指さした。

「ふむ?」

「俺様ちゃんの千里眼によると、五百人規模の騎士団がこちら向かって出陣って訳だ」

「仙術とは本当に便利じゃのう……」

「いや、西洋魔術でも似たような事できるからな? テメエが爆発しかできねえだけだからな?」

「……細かい作業は苦手なのじゃ。で、本当にただ二千人を出現させるというだけではないのじゃろう? どういう事なのじゃ?」

「さっきも言ったが、騎士団が五百人ほどこっちに向かって派遣されたみたいだな。こちらに到達するまで十分と言った所だぜ」

「ふむ、それで?」

「一人につき四人だ」

「一人につき四人じゃと?」

 言葉を受けて、劉海は大きく頷いた。

「まず、俺様ちゃんの分身を使って騎乗してる奴は全員を馬から引きずり落とす。歩兵には大外刈りだ」

「オーソトガリ……異界の伝統武道……柔道……じゃな?」

「ああ、その通りだっ! ハハっ! 仙術は技術だZE!」

「ふむ。それで? 全員を地面に這いつくばらせてどうするつもりじゃ?」

「ここで一人につき四人が活きてくるんだ」

「活きる……とな?」

「ああ、まずは四肢の関節を固めるんだ。両手は腕ひしぎ逆十字。そして両足はアキレス健固めだな。なあ、凄くねえか? 手足一本ずつに一人だぜ?」

 そこでマーリンは困惑の表情を浮かべる。

「すまぬ。ワシにはその凄さが良く分からんのじゃが?」

「想像してみろよ? 超絶美形の男の娘の千歳越えたジジイが二千人だぜ?」

「それはまあ、強烈な光景じゃな」

「更に、騎士団が瞬間で無力化されて、地面に引きずり倒れて、男の娘複数に群がられて四肢に関節技喰らって五百人がそこらに転がって痛みで絶叫してんだぜ?」

「……確かに……強烈じゃの」

 そうして、マーリンは少し何かを考え、小首を傾げた。

「しかし、五百人もおれば、数人はBランク級以上のそこそこの実力者はいるんじゃないのかの? そんな簡単にいくのかの?」

「まあ、そりゃあそうだな五百人もいれば、中にはそんな奴もいるかもな」

「やはり、それならばこちらも分身はかなりやられてしまうのでは?」

「その場合は――」

「その場合は?」

 ああ、と劉海は頷いた。

「俺様ちゃんが自ら出向いて念入りに苛めてやる。ちなみに……」

「ちなみに?」

「もしも相手がアンダー十二の美少年か美少女の場合は……」

「場合は?」

「……俺様ちゃん自ら念入りに関節技をかけてやる。それはもう汗だくになってお互いにネチョネチョになる位に……執拗に……ネットリっと……ヒィヒィ言わせてやるっ! ははっー! 仙術は愉快だZE!」

「のう……劉海よ? 全く……貴様という奴は……」

 そこで劉海は豪快にマーリンを笑い飛ばした。

「ハハっ! 細けえ事は気にするな! カワイイは正義だZE!」

 と、屈託なく笑う見た目美少女のポニーテイルお爺ちゃんを見て、マーリンは思うのであった。

 ――もうダメだこいつ……早く何とかしないと…………と。

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