第77話





 サイド:マーリン



 ――と、そんなこんなで辺境の小国にワシはやってきた。

 リュートの手紙によると、とりあえず必要以上にこの国をビビらせればいいという話じゃ。

 街道を歩き、王都の城壁が見えたあたりで、ワシはどうすべきか考えた。

 ビビらせると言っても色々とあるのじゃ。

 せせこましい所では、相手の身内を拷問して、その後の死体を送り付けるであるだとかな。

 まあ、デモンストレーション的な事をやればいいのじゃが……はてさてどうすれば良きものか。

 と、そこでポンと掌を打った。

 我の視線の先にはこの王国が誇る最高峰の山があったじゃ。高さは三千メートル程度かの?

 そうしてワシは右手に持った杖を構えた。  

「とりあえず山を一つ吹き飛ばすのじゃ」

 幸いな事に呪文のタメの時間は幾らでもある。

 精神を研ぎ澄ませて数十秒ほどの瞑想と呪文の詠唱の後、ワシは呟いた。

「創造の原初(ルビ:ビッグ・バン)」

 そうして――キノコ雲と同時に山が一つ消し飛んだのじゃ。

「ふむ。まだまだワシも枯れてはおらんな。まあ、国一番の高度の山をハゲヤマにするというのは……この国に対する脅しとしては十分じゃろう」

 と、そこで甲高い笑い声が周囲に響いた。

「ははっ! 久しぶりに会ったが……相変わらずみたいだなロリババァ!」

 チっと舌打ちと共に、ワシは十五メートル程後ろに下がる。

 ワシの視線の先には見た目十代後半の者がおった。

 身長は百六十センチ程度で、健康的な白肌は瑞々しい。ポニーテイルにまとめられた桃色の長髪は絹のように滑らかじゃ。

 デニム生地の露出面積の多いショートパンツに、胸にはこれまた露出の多いビキニ、半袖パーカーという格好……。

 相当に貧乳ではあるが、ここが夏場の海辺であれば、これほどに似合う服装もない。

 と、そこで露骨に不機嫌な表情をワシは作った。

「……じゃから言っておろう? ワシの半径十メートル以内にいきなり近寄るなと」

「逆に言わせてもらえば、テメエとは距離を取った形では対峙したくねーんだよ。これでも俺様ちゃんはテメエを化け物だと思ってるんだぜ?」

「化け物とな? 一切の魔力練成の時間を必要としない、ノータイムでの拳の連打で……数十分で地図を塗り替える事が可能な輩に化け物とは言われとうないわ」

 ははっと、桃色の髪の者は高らかに笑った。

「タメの時間さえあれば数千メートル級の高度の山を一瞬でハゲヤマにするような奴には言われたくねーわな」

 そこでワシは深く溜息をついた。

「のう劉海? 前々から思っておったのじゃが……」

「ん? 何だ?」

「そもそもじゃな? 仙術とは……分身の術だったり隠密だったり……どちらかというと補助魔法に近い技術体系じゃろ? っていうか、仙術の最終目標は自然との同化を目指して自らを神と同義の存在にする……そんな宗教っぽい感じの道の事じゃろう?」

「ああ、世間一般的にはそういう事になってるなっ!」

「……まあ、端的にいうと自然との調和を旨とする魔術研究の道の一つが仙術……それがワシの認識じゃ」

「ああ! 世間一般的にはそうなってるなっ!」

「どこの世界に自然破壊……拳一つの一発で数十メートルクラスのクレーターを作る仙人がおるのじゃ?」

 それを聞いて劉海は腹を抱えて笑った。

「はははっ! 何を言っているんだ! 仙術はパワーだZE!」

「それは貴様だけじゃろ……ところで劉海?」

「なんだ?」

「貴様……仙術で若作りしておるとは言え、千歳を超えたジジイじゃろ? いい加減……その恰好はどうかと思うぞ?」

 そこで豪快に劉海は笑った。 

「ははっ! 可愛いからいいじゃねーか!」

「そもそも……その胸のふくらみはどうやって作っておるのじゃ?」

 劉海は自らの貧胸を隠しているビキニを指さして、更に笑った。

「ははっ! 胸筋だよ胸筋っ!」

「ハト胸にもほどがあろう……っていうか、どうしてビキニで乳首を隠しておるのじゃ? ジジイじゃろ貴様?」

「こまけえ事は気にすんなよ! 可愛いからいいじゃねーか!」

「大体……何故にショーパンなのじゃ……しかもショートにも程がある感じじゃし…………っていうか、ピンク髪の長髪にポニーテール……」

「だから言ってんだろ?」

「うむ?」

「可愛いからいいじゃねーかっ!」

 そこでワシは――


 ――うわぁ……とドン引きの表情を浮かべたのじゃった。


 千歳を超えたジジイなのに十代半ばの少女に女装。

 しかも、実際可愛い。

 これはもう、本当に色々と不味いじゃろ。何をどうすればそういう事になるのじゃ?

 と、それはさておき――。

「それは良しとしてこの場をどう収める? 貴様もリュートから手紙が届いたのじゃろう? 劉海よ」

「リュートからの手紙には『徹底的に叩きのめせ』と書いていたなっ! だったら……破壊と殺戮に決まってるだろうがよっ! 派手に踊るぜっ!」

「確かに徹底的に叩きのめせとは書いておったがの……その前に『非戦闘員と除いて』と書かれておったように我には見えたのじゃがのう?」

「ははっ! 最近老眼が激しくてなっ! 楽しむのに都合の悪い事は見えねえようになってんだよっ!」

「ジジイなのは実年齢だけで、実際の肉体年齢は食欲も性欲も旺盛な十代後半じゃろうに。無論、老眼などありえぬ。ってか、本当になんで女装しておるのじゃ……この変態がっ!」

 そこで劉海のコメカミに青筋が幾本か走った。

「今テメエ……変態っつった? あ……これはさすがの俺様ちゃんもプッチン来ちゃったわ。ってか、それをいうならテメエも実年齢はクソババアの癖に初潮が来てすぐの年齢まで若作りだろうがよ? ってか、テメエは極端すぎんだよ」

「極端とな?」

「魔法も爆発系以外はそこらの魔法学院生にも負けるレベルだし、紅蓮の超魔術師が聞いてあきれるって言ってんだよ」

「ハァ? お主こそ山に引きこもってシコシコシコシコ……魂を大自然と同化させる研究なぞ、暗い趣味で引きこもりおってっ!」

「だからさっきも言ったじゃん! 俺様ちゃんの仙術はちょいっとばっかし違うんだよっ! ははっ! 仙術はパワーだZE!」

 ケタケタと笑う男の娘ジジイ。久しぶりに会ったが、やはりこやつは刺激が強い。

 あまりにもキャラが濃すぎるのじゃ。

 ぶっちゃけ、ワシもそこそこ大概にキャラが濃いはずなのじゃが、こやつに比べると全てが霞んでしまうのじゃ。

 と、そこでワシはその場で頭を抱えてしまった。

「……頭が……痛いのじゃ」

「お? どうしたロリババァ? 更年期障害か?」

「……更年期障害。これまた酷い言い方じゃの? 千四百九十五年程前に……同じ魔法大学院で机を並べた仲ではないか? もうちっとばかし優しい言い方はできんのか?」

「魔法大学院……。まあ、そういえばそういう事も……あったっけかな」

「貴様は全教科満点で、ワシは爆発系以外の教科は常に落第点じゃった。あの時からワシは貴様が苦手じゃ。正直……コンプレックスなのじゃよ」

「コンプレックスって言葉はこっちのセリフだ。それをいうなら火炎系魔法の試験……百点満点で千点なんていう特例を出して、他の教科の落第点を無理矢理に〇点から満点にしちまったテメエにはそんな事は言われたくねえっ!」

「まあ、ワシは何でも器用にこなす貴様がうらやましかったのじゃがな。挙句の果てには魔術大学院の卒業間際に『飽きた』の一言で山籠もりを始めよって……」

「いいや、こっちはテメエがうらやましかったんだぜ? あのまま西方魔術でテメエと張り合っても、絶対にテメエには敵わなかったしな」

「……」

「……」

 そしてワシ達は昔を思い出しながら互いに見つめ合う。

「……」

「……」

 沈黙とともに見詰め合う事数十秒、そこで、劉海が沈黙を破った。

「実は俺様ちゃんは……昔はお前の事が……」

 なるほど、ここでその話をもってくるか。

 まあ、ワシは何となく知っておったけどな……と、くふふと笑った。

「ワシも……女装を始める前の貴様はまんざらではなかったぞ」

 その言葉で劉海は「はっ」っと息を呑んだ。

「……そうだったのか?」

「うむ」

 そうして劉海は空を見上げて、軽く拳を握った。

「なあ、だったらさ……今からでもやり直せねーって事はねーんじゃねーか?」

「はは、互いに時の法理を捻じ曲げて……訳の分からぬ外見となっておる。貴様は女装混じりじゃし、ワシに至っては……幼女じゃぞ? 恋愛には……性的な意味も付きまとうものじゃ。さすがに貴様ほどの有名な仙人がロリコンというのは不味かろう」

「構わないぜ? いや、本当に全然かまわないぜ?」

「……え?」

「おかしいじゃろ? ワシは見た目でいうと……十歳そこそこじゃぞ?」

「むしろ、千四百九十五年前のテメエよりも、そちらの容姿の方が可愛らしくてよろしい」

「いや……じゃから……ワシ……幼女……」

「だから構わねーって言ってんだろ?」

「しかも貴様……男の娘……もう……見た感じ……その絡みは……色々と……

「ある意味……新しくねーか? 新ジャンルだぜ?」

 自信満々にそういう劉海に、ワシはドン引きを通り越してしまったのじゃ。

 つまりは、あ……コレはアカン奴や……と。

「はっはー! とにもかくにもカワイイは正義だZE!? ロリータばっち来いっ!」

 とりあえず、こやつと付き合っていて話は進まぬ。

 ワシはコホンと大きく咳払いをしたのじゃ。

「で、どうするのじゃ?」

「強引に話を逸らしやがったなこの野郎っ!」

「貴様のような輩に付き合いきれるかドアホウっ!」

 しばしワシ等は睨み合う。

 そうして劉海が吐き捨てるように呟いたのじゃ。

「で、テメエはもう山を一つ吹き飛ばしたんだよな?」

「それ位は見れば分かるじゃろうに」

「リュートからの手紙によると、要はこの小国の連中をビビらせればいいんだよな?」

「まあ、既にワシが十分にビビらせておるがの」

「そうなんだよ。既に十分ビビらせちまってるんだよなぁ……ったく、やりづらいったらねーぜ? 先にテメエに全部やられちまって、俺様ちゃんが何もできなかったみたいな不細工な事もしたくねーしな」

「じゃから……何度同じ質問をさせるのじゃ? 何をするつもりかと問うておるのじゃが? 国一つを完膚なきまでにビビらせねばらなんのじゃぞ? しかも、大規模なのは既にワシがやってしまっておる」

「そうだな、それじゃあアレをするか?」

「ふむ……アレ……とな?」



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