第75話



「……さて」

 部屋の中には俺とリリスとコーデリア、そして床に転がり泡を吹いている商会長。

 最後に、驚愕の表情で口をあんぐりと開いているコーデリアの叔父となっている。

 ちなみに、商会長に決めたソバットは滅茶苦茶手を抜いている。

「で、リュート? どうしてアンタがこんな所に?」

「色々とこっちも取り込んでいてな。悪いが俺はお前の叔父さんをひどい目に合わせなくちゃならない」

「それ自体は構わないんだケド……いや、むしろ清々しいんだケドさ」

 実の叔父に対して、別に構わないって言いぐさもそれはそれで酷いな。

 まあ、村でも札付きのクズで有名だったから……。 

 いくら肉親でもコーデリアとしても許せるレベルを超えているんだろうな。

 と、そこでコーデリアの叔父は笑い始めた。

「ははっ! はははははっ! 飛んで火に入る夏の虫って奴だな? こいつは本当におめでてえっ!」

「めでたいだと?」

 訝しげに俺はそう問いかけた。

 言葉を受けて、更に声を大にしてコーデリアの叔父は笑った。

「コーデリアを呼んだのはお前の後ろに立っているお嬢ちゃんの対策のためだ。まあ、お前等があまりにもマヌケな行動を取ったので……本命の子供は攫わさせてもらったがな」

「……お前と話をするつもりはない。一秒でも早くリズを返しやがれっ!」

「まあ待てよ。先に話はちゃんとしようぜ? まずは事実の確認だ。コーデリアもそこの娘も、共にAランク級だよな?」

 いや、コーデリアは正確には今は余裕でSランク級だな。鬼神と聖騎士団の一件で一皮剥けたはずだ。

 後、リリスは本気出せば余裕でSランク級最上位か、あるいはそれ以上だ。

 まあ、本気を出せない事情はあるんだけどな。

 と……このオッサンにそんな事実を告げても意味はないので黙っておこう。

「それがどうかしたのか?」

「コーデリアは近接職で、そっちの水色の髪の娘は魔法職だ」

「ああ、その通りだ」

「なあリュートよ? お前馬鹿じゃねえのか!?」

「ん? 馬鹿だと?」

「だって馬鹿だろ? お前の持つ最大戦力である魔術師の娘の利点が潰されてるのが今の状況だぞ? この狭い室内ではコーデリアに圧倒的に有利だって俺は言ってる訳な」

「……」

「お? ようやく気付いたようだな? どうやら絶句して言葉もでないようだな? っていう事でコーデリア……こいつらが言っていた人攫いの犯罪者だ。速攻で斬り捨てろっ!」

 本当に絶句して言葉も出ない。

 無知というのは恐ろしいというか何というか……。

 そこでコーデリアはキッと叔父を睨み付けた。

「私は要人の子供を攫った賊を退治しにきたのよね? 今さっきの会話からすると、リュート達からヨーゼフ叔父さんが子供を誘拐したって話じゃないの?」

「やかましいコーデリア! 事実なんてどうでもいんだよ! 俺と商会が黒と言えば……白いものでも黒くなるんだっ! いいのか? 両親に迷惑がかかるぞっ!?」

 やれやれと俺は肩をすくめた。

「で、どうすんだコーデリア? 俺らとやり合う気なのか?」

 コーデリアはブンブンと首を左右に振った。

「いや、そんな訳ないじゃん? あー、一個聞きたいんだけどさ?」

「何だ? コーデリア?」

「今回もアンタに任せとけば上手く収まるのよね?」

「……そうなるように全力を尽くしている最中だ。一応、地獄を見せる予定ではある」

「なるほどね。基本はお人良しな癖に、外道相手には容赦のないアンタがそこまでいうってことは、やっぱりこいつ等は……洒落になんない外道ってことで良いのよね」

 と、コーデリアはニコリと笑って――


 ――思いっきりに商会長の顔面に右ストレートを叩き込んだ。


 鼻がへしゃげて「グヒャリ」という奇声と共に商会長が壁に向けて吹き飛んでいく。

 そこで、コーデリアは口をパクパクさせている自分の叔父に向けて言葉を投げかけた。

「ってことで、私は後方の憂いなくこっちの陣営につかせてもらうから」

「コッ、コッ、コッ、コッ……コーデリア……お前……な……なっ……何を……?」

「いけすかない外道をブン殴っただけ。それが何か?」

 再度、呆けた表情を作ったコーデリアの叔父だったが、すぐに俺を睨み付けてきた。

「ここまでコーデリアを篭絡しているとは……。とんでもないスケコマシだな。で……どうするつもりなんだリュート?」

「どうするって?」

「……コーデリアもそうだが、お前等は今自分が何をやっているのか分かっているのか?」

 ああ、と俺は頷いた。

「コーデリアと一緒だよ。金の力にモノを言わせるいけすかねえ連中をぶっ飛ばしにきた。ただそれだけだ」

 そこでコーデリアの叔父は大口を開けて笑い始めた。

「ははっ! 違うだろう? お前等がやっている事はただの犯罪だっ! 商会長を殴り飛ばしちまったんだ……勇者がいたとして、タダでは済まないぞ?」

「最初に喧嘩を売ってきたのはテメエ等だろうが。人が保護している子供を誘拐して……オマケにこっちはペットも殺されてんだぜ?」

「ははっ! はははっ! 分かってねえみたいだな? この商会は世界各国に多額の資金を献金してんだよ! 明らかな黒でも俺らが白と言えばそれは白になるんだよっ!」

 ああ、面倒くせえとばかりに俺は肩をすくめた。

「……で?」

「え? いや、だからお前はここで終わりだ。この国はもとより、全世界から賞金首として狙われる生活になるんだよ。犯罪者として世界を敵に回すって事だ!」

「いや、だからさ? 俺を排除できる戦力を今、この場でお前等は持ち合わせてんのか? 首を飛ばせばそこでお前等の人生はお終いだぜ?」

「……え? いや、だってお前……国家権力相手に……え?」

 恫喝が全く通用していない事に、ようやく気づいたらしい。

 見る間にコーデリアの叔父は顔色を青くして、パクパクと口を開閉させ始めた。

「国家権力? 世界の敵? そんな事は織り込み済みでこっちはここにきてんだよ」

 信じられないという風にコーデリアの叔父は首を左右に振る。

「こ、こ、こ、ここで……俺らを殺してみろよ? Aランクやら、Sランクの冒険者やらが大挙してお前の首を狙って……」

 間髪入れずに俺は言い放った。

「で、それがどうかしたか?」

「…………え?」

 目を何度もパチパチさせて、コーデリアの叔父は狼狽した様子で喚き始めた。

「おいおいリュートお前……自殺願望でもあんのか? 待て! 待て! 待て待て待て! 頭がおかしい奴が相手なら話は別だ! ちょっと待て!」

「待たねーよ。悪いがこっちはリズも奪還しないといけないし時間がねーんだ」

 俺は剣を取り出して、ヒュッと一閃させた。

「あひぃっ!」

 コーデリアの叔父の耳が飛ぶ。

 ありえない勢いで血液が吹き出す中、コーデリアの叔父は急いで自分の耳を拾い上げる。

「おい、どうして耳を拾うんだ?」

 俺の問いかけに、コーデリアの叔父は声を震わせながら言った。

「す、す、す、すぐに回復魔法をかければつながるかもしれねーだろうがっ!」

「まさかお前……この状況で生存の可能性が欠片でもあるとでも思ってんのか?」

「ったく……本当に正気とは思えねえ! マジでお前は国家相手に喧嘩を売るつもりなのか? 俺をやっちまったら……お前は速攻で打ち首か、あるいは人里離れたどこかで一生逃亡暮らしだぞ?」

「だからその辺りは覚悟をキメてこっちはきてんだ。逆に手ぶらじゃ帰れねえよ」

 殺意を込めた視線と共にギロリと睨む。

 リリス曰く、俺のコレはほとんど魔眼との事で、野生の獣や低レベルの魔獣であれば下手すれば失神してしまうほどの威圧の効果があるらしい。

 当然ながら、コーデリアの叔父も腰を抜かしてその場にへたりこむ事になった。

「あわっ……あわわっ……!」

 コーデリアの叔父は床を這って移動を始める。

 向かう先はリリスで、這いずり寄るという恰好になる。

「おまっ……お、お、おじょ……お嬢ちゃんはどうなんだ? こんな頭のセンがぶっちぎれた男と心中するつもりか? い、い、今なら……今なら許してやるから……こ、こ、この男を止めろ……っ!」

「そっちの姉さんは俺よりも……百倍怖いぞ?」

 が、時既に遅し。

 俺が言い終える前にパキャっと軽い音がした。

 リリスがコーデリアの叔父の顔を蹴り上げて、その鼻骨を粉微塵に粉砕した音だ。

「……黙れ外道」

「あがっ……あがっ……あぎゃあああああああああああああっ!」

 コーデリアの叔父は床をのたうち回る。

「本当にリュートもリリスも容赦ないわね……」

「いや、お前の右ストレートも大概だったぞ?」

 そこでリリスが俺に問いかけてきた。

「……しかしリュート? 本当にいいの?」

「いいから来てんだろうが」

「……しかしリュートの目的は陰からのコーデリア=オールストンの護衛。これでリュートは賞金首となって……陰から勇者の護衛など……できるはずが……」

 と、そこで遠くに……奴らの気配を感じた俺はニヤリと笑った。

「いや、心配せんでいい。根回しは成功だ。ちょっと各方面に手紙を送っていてな……どうやら、あいつらもそろそろコトを始める様だ」

「……あいつら?」

 数秒後――まず、暴力的な光で室内が染まった。

 そして次に爆音が聞こえて、地震が起きた。

 結構な揺れだな、これは日本で言えば震度四程度だろうか。

 そうして、窓の外を眺めたリリスが絶句する。

「……これは?」

 街の遥か遠くにキノコ雲があがっている。

 方角的には国で一番の高さを誇る山かな?

「核爆発……超極大魔法だよ。全スキル解放の全力全開のお前の金色咆哮(ルビ:ドラグズジェノサイド)の十倍程度の威力か? あるいは、本気の俺でも直撃すればタダでは済まねえな」

「本気のリュートでもタダでは済まない?」

「まあ、俺はこんなタメの長い魔法の直撃を喰らうようなマヌケなマネはしねーけどさ」

 そこでリリスの顔から血の気が引いていく。

「まさかリュートは……たかが一商会との喧嘩で……あの連中を呼んだの? 貴方一人ですら、どう考えても過剰戦力なのに……」

「ああ、俺の……ツレに手紙を送ったんだよ。お前等の全力を持って俺の力になって欲しいってな。コーデリアの関係でこんな感じでややこしい事になるのは目に見えてたしな」

「……リュート? 貴方は最終戦争(ハルマゲドン)でも始めるつもりなの? あの連中が表の世界で実力を行使するという事は、それだけで世界のパワーバランスに激震が……っ!」

「俺を本気で怒らせたら……まあ、そうなるわな。やる時は徹底的にがモットーだしな」

「ちょっとちょっとどういうコト!? あの連中って何なのっ!?」

 と、そこでリリスはコーデリアの問いかけには応じずに、十字を切って天井を見上げた。

「…………何とかしぶとく生き残って……ベスタハ国……! 流石に国家まるごと全滅は……私ですらも望んではいない」


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