第74話

 サイド:コーデリア=オールストン



 ここはヌラリス商会の会長の部屋。

 成金趣味の調度品に彩られた部屋で、私は陰鬱な面持ちで紅茶を飲んでいた。

「なあ、コーデリア? どうしても駄目なのか?」

 机を挟んでソファーの対面。

 ニタニタと叔父は私にそう声をかけてきた。

 その醜悪な面に、どうにも吐き気を禁じえない。

「だから言ってるじゃん。絶対にそれは嫌だから」

 そこで私の隣に座るハゲ頭――油ギッシュな中年男が横柄な態度でこう言った。

「なあ、コーデリア嬢よ? ワシがどれだけの金を勇者に投資したと思っているんだ?」

 商会長は私の肩口に手を伸ばし、髪に手をやって撫で回し始めた。

 ゾゾゾっと私の背中に寒気と粟肌が走る。

「いや、だからってそんなのってないでしょう?」

 商会長は私の肩にポンと手を置いた。

「とある国に出向いて、商隊の護衛をするだけで良いのだぞ?」

「勇者特権を最大限に使ったゴリ押しで、国同士の関所を荷物チェック抜きで通過させろって話でしょ? 私に非合法な取引品の運び屋の片棒を担げって?」

「これはこれは人聞きが悪いな。ワシはただ、日ごろの感謝の印として危険な商路の護衛をしてくれといっているだけだ。その商路は最近は山賊が多くてな」

「いや、そんなこと言ったってさ……? 荷物も教えてくれないしさ、私も馬鹿じゃないし立場もあるんだからね? ねえ、もう、帰っていいかな? これ以上一秒でもここにはいたくないんだケド……」

 立ち上がった所で、叔父は私を大声で引き止めた。

「待て、コーデリアっ!」

「ヨーゼフ叔父さん。幾ら私の出資者って言っても、聞けるお願いと聞けないお願いがあるわ。私は商会に歯向かう犯罪者を狩るために呼ばれたはずだよね?」

 そこで叔父は首を左右に振った。

「……実家に迷惑がかかるぞ?」

「ハァ?」

「これ以上、スポンサーの意向に逆らうつもりなら、こちらにも考えがあるという事だ。さっきから会長が言っているとおりに、ただお前は護衛をすれば良い。何を運んでいるかなんてお前は知らなくていいんだ。そうすればお前は綺麗なままでいれるし、本当に何も知らないことなんだから片棒を担いでいる訳でもない」

「いや、もう答え言っちゃってるみたいなもんじゃん……」

「何かあってコトが大げさになっても、お前は本当に知らなかったことなんだ。何の問題にもなりはしない。なあコーデリア? お前も少しは大人になって少しはスポンサーに恩返しをしろ」

 駄目だ。

 コイツ等……もう無茶苦茶だ。

 金と暴力のゴリ押しで今まで何でも思う通りになってきたんだろう、色んな意味で頭のネジが何本も吹き飛んでいるみたいね。

「だから、それは無理だから」

「聞く耳を持たなければ、商会が多大な献金をしているベスタハ国へ圧力をかけるぞ?」

「え? ちょっと……こんなくだらない事で国に圧力? っていうか、圧力をかけてどうするつもり?」

「お前の両親に難癖をかけて罪を被せて投獄する。奴らは俺を村から追放したしな。俺としては願ったり叶ったりだ」

 最早、呆れ笑いすら出てこない。


 ――もう、何なのよこいつら。


「…………」

 押し黙った私を見て、叔父はニタリと笑った。

「覚悟は決まったようだなコーデリア。我が姪ながら、英断には感服するぞ」

 私の沈黙を、叔父さんは勘違いをしてしまったようだ。

 とはいえ、これは中々に面倒でもある。

 じゃあどうしろと言われて、この場でこのオッサン二人を斬り捨てる訳にもいかない。

 投獄されちゃうと、家族はずっとコイツ等に人質として使われるのは目に見えている。

 この場を乗り切って、両親を救出してから逆らうって事で方向性は決定なんだけどさ。

 とはいえ、実際に今この場では、私は犯罪行為の片棒を担ぐっていうことを明確に示唆されてはいないし、そもそも証拠がない。

 恐らくはそこは織り込み済みで、私が後に商会に対して公式に非難しても、鮮血姫(ルビ:バーサーカー)としての異名もあわさって誰にも相手にされないだろう。

 最終的には何だかんだで、私がただワガママを言ってるみたいな感じにされちゃうんじゃないだろうか?

 いや、ひょっとせずとも……今後のことを考えて、今から勇者と商会の立場を確立させておきたいっていう意味合いがあるのかもしれないわね。

 小娘のうちから周りを固めて少しずつマウントを取って、いつのまにか操り人形の出来上がりっていうのを狙っている気がする。

 と、なると、公式の場における私の反撃もやっぱり織り込み済みで……根回しなんかはこの連中の本業だろうしね。

 これはこれから先の展開が想像するだに面倒くさいわね。


 ――あーーー、もう……どうすりゃいいのよ!


 と、その時、ドアが豪快に開け放たれた。

「そこまでだ……腐れ外道っ!」

 それだけいうと、男――リュート=マクレーンの華麗なソバットが商会長の頭に決まった。

「リュ……リュ……リュート?」

 と、私は驚きの表情と共にそう言ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る