第73話
ベスタハ国。
俺とコーデリアの生まれ育った国だ。
俺達は今その首都に来ている。と、いうのもヌラリス商会の本部もこの街にあるのだ。
首都はいわゆる城塞都市という奴で、楕円形の城壁に街全体が囲まれている感じとなっている。
「懐かしいな」
俺の生まれ育った村はこの国の外れに位置している。
かつて一度だけ父さんと母さんに連れられて、首都のレストランで食事をした事があったっけ。
とはいえ、基本的には下々の民は国家に対する帰属意識なんて皆無だ。
少なくとも、俺は父さんが農作物の重税に毎年頭を悩ませていた所しか覚えちゃいない。
――だから、この国に住む大多数の人に迷惑がかからないのなら、統治組織としてのベスタハ国――この国が今回の件で、最悪の場合は潰れてしまったとしても構わない。
で、俺は今そこまでの覚悟を決めて、ベスタハ国首都最大のメインストリートを歩いているという訳だ。
そうしてメインストリートを歩く事しばらくして円形広場に出た。
さて……と、俺は小さく息をついた。
ここから北に一キロも進めば王様の城となる訳だ。
そしてこの広場には商会やら冒険者ギルドやらの施設が軒を連ねている。
その中でも一際立派な門構えの建物が、ヌラリス商会の本部となる。
そこに向けて歩を進めると、巨大なドアの脇で甲冑を着込んで槍を持った男が一対、つまりは門番の二人が俺達の前に立ちふさがった。
「……」
無言でドアを開こうとする俺に、門番が笑顔と共に声をかけてきた。
「お客様? アポイントメントは?」
「ない」
「……でしたら私が受付に取次ぎをいたします。どのような御用件で?」
「お前の疑問に答える必要もない」
そのまま俺はドアノブに手をかける。
「おい、お客さん!? この商会は敵が多くてね? 殴り込みをかけるような馬鹿がたまに現れるってなもんで俺達がいるんだ。これ以上は……客としては扱わねえぜ?」
槍の穂先を突き付けられる形となる。
はァ……と俺は溜息をつきながら、槍の柄の部分を右手に取った。
「だから、俺は殴り込みにきたんだけどな?」
よいっしょっとばかりに掴んだ槍の柄を振るう。
遠心力がいい具合にかかって、兵士が吹き飛んでいく。
バチャーン。
円形広場の泉に兵士が豪快なエントリーを果たした所で、俺は槍をその場に打ち捨てる。
と、もう一人の男が俺に話しかけてきた。
「あ、あ……おま、おま……え? 自分で何をしている……か分かってんのか? 建物の中には荒事対策にBランク冒険者も控えているし、そこのギルドには今はAランクの――」
男は話の途中で懐からナイフを取り出し、不意打ち気味に俺の首筋を狙ってきた。
「ぷべらっ!」
裏拳一発。
鼻骨を粉砕してやった。
パンパンと掌を鳴らしながら、俺は鼻血を出して崩れ落ちそうになる男の胸倉を掴んだ。
「だから、殴り込みにきたって言ってんだろ? 後、お前な?」
「ひゃっ……ひゃっ……ひゃいっ……っ!」
「もしもこれ以上抵抗するなら人間としては扱わねえぜ? 殺された事すら分からないような速度で首を切断する。まあ、別に俺は拷問の趣味はないし、その場合は楽に死ねるから……その点については安心してくれよな」
「あっ……あっ……」
手を離すと、男はそのまま地面に崩れ落ちた。
地面に蹲って小刻みに震えているので、戦闘の意思なしと判断する。
そうして俺はドアを荒々しく蹴破った。
バギィッと木製のドアが粉砕される音が響き渡り、周囲に木クズが撒き散らされる。
「さて……」
見渡してみると、そこには贅を凝らした豪華な調度品の数々が所狭しと飾られていた。
ロクな手段ではない稼いだ金で調達されたものだろう、見ているだけで吐き気を催してくる。
ロビーの広さは二十畳程だろうか、まあ、とりあえずここが受付って事で間違いないらしい。
床はご丁寧にも一面が大理石張りってきたもんだ。
真正面には受付机があって、受付嬢の背後の壁には金色の商会のエンブレムが飾られていた。
「リリス。ぶちかませ」
俺の言葉で小さく頷き、リリスが杖を眼前に掲げた。
「……フレア」
言葉の後、炎球がエンブレムにぶち当たって大音響の爆発が起きた。
「キャっ……キャっ……キャアアアアアアアアアアアっ!」
受付嬢はすぐさま奥に引っ込んでいく。
更に追撃を仕掛けようとリリスの掌が微かに動いたので、すぐに俺はリリスを制した。
「辞めとけ。最初に決めた方針を忘れるな。歯向かうなら容赦しないが、牙を向けてこない限りはこちらも無茶しない」
「……了解した」
「再度の確認だ。俺達がこれからやるのは報復であって、決して虐殺ではない。下っ端の連中なんて何も分かってねーだろうし、そもそも俺に喧嘩を売った事すら知らない奴が大多数だろ?」
と、そこまで言った所で、剣や槍で武装した連中が出てきた。
荒事専門の連中のようで、殺気から察するにやる気まんまんだ。
「テメエ、ここをヌラリス商会の総本部と分かって……」
「やかましい」
言葉と同時に俺は、先頭の男の背後に回る。
――縮地
まあ、ただの高速移動なんだが、こいつらにとっちゃ妖術か何かにしか見えないだろうな。
俺は右手を振るい、剣を持つ男の後頭部を殴打した。
「ぷべらっ!」
クリーンヒット。
男は吹き飛び、壁にベチャリと大の字で張り付いた。
その後、ズルズルと床まで滑り落ちるように落下する。
床に落ちた男がピクピクと痙攣してる所で、俺の眼前にいる槍を持った男が名乗り口上を挙げた。
「俺はBランク級冒険者! この商会専属の用心棒……疾風のクシャトリ――――あびゅっ!」
今度は左手で裏拳を繰り出す。
必然、ボロ雑巾のように男が舞った。
鼻骨を粉砕され、ドボドボと鼻血を垂らしながら男が喚いた。
「おま、おま……ここの隣には冒険者ギルドがあるんだぞ? 商会とギルドは警備契約を結んでいて……騒ぎがあればすぐにギルドから冒険者が派遣されるんだぞっ!?」
「ああ、そうなのか? それで?」
「今、この街にはAランク級冒険者四名とSランク級冒険者一名のパーティーが……」
「珍しいな。そんな連中は帝都のギルドでも逗留してる事はあんまりねーんじゃねーか?」
そこで男は鼻血を出しながらも立ち上がった。
流石はBランク級冒険者だな、中々にタフにできているらしい。
しかし、中途半端に強いと力加減が難しいな。
「そうだよ! 終わりなんだよお前はよっ! さっき、ギルドに連中が詰めているのを俺は見たからな! いの一番でここに駆けつけるはずだっ!」
と、そこで――商会の出入り口のドアが開かれた。
タイミング良すぎだろと、俺は苦笑する。
「……リリス。下がっていろ」
入ってきた連中は魔術師が一名に戦士が一人、それに格闘家と剣士がやはり一人ずつ。
都合四人で、内訳はAランク級冒険者は三名……見た所Aランク級下位か。
残る一人は見た所Sランク級冒険者って事で間違いない。
っていうか、本当にこんな田舎にこんな戦力がいるなんて珍しいな。特殊な魔物のユニーク固体でも出たんだろうか?
そういえばちょっと前に転生者の吸血鬼をボコったっけ。その関係なのかな?
と、それはいいとしてSランク級の剣士とリリスをまともに対峙させる訳にもいかない。
そうして、虎の威を借る狐ヨロシク、鼻血塗れの男はドヤ顔でこう言った。
「おい、そこの暴漢……本当に運が悪かったな? まさかこの街に、この方々のような有名なパーティーがいるとは思わんかっただろう?」
「鼻血を垂れ流しながら勝ち誇っても締まらねーぞ?」
と、そこでSランク級冒険者と思わしき剣士が俺に向けて語りかけてきた。
「Bランク級の疾風のクシャトリアが敗北を喫した所を察するに、君はAランク級かな? ただ――本当に運が悪かったね。呪うならこの街に世界最強クラスの冒険者パーティーが逗留していたという……己が運の無さを呪うがいい」
さて、相手はSランク級という事だ。
手を抜きすぎるとこちらが火傷する可能性もあるな。
――身体強化術式全発動。
ただ、当然ながら禁術や仙術の類は使わない。
手抜きと言えば手抜きになるんだが、これは反則を使わない中での俺の全力ではある。
一応は、世間一般的には武を極めた強者であるこの剣士に敬意を表した形になるな。
「Sランク級の剣士か。まあ、確かにお前のいう通りに運が悪いと思うよ」
俺は跳躍し、大上段から剣士に斬りかかった。
「何っ!?」
流石にSランクだ。
俺の剣を受けやがった。
「何だこの速度はっ!? 俺が……受けるだけで精一杯だとっ!?」
明らかな狼狽と共に男は目を白黒させている。
っていうか、まだまだ修行がなっちゃないな。
戦闘中に焦っている事を俺に伝えてどうすんだよ。ここは実際にヤバいと思ってもポーカーフェイスを貫かなくちゃいかんだろう。
まあ、実際にありえない事が起きているんだから、その反応についてはいささか同情の余地はあるんだけどさ。
一呼吸も置かずに、続けざまに俺は次の動作へと移る。
ステップを踏んで、背後に回り込んでみたが、やはりこいつは俺のスピードに全く対応できていない。
この分だと、さっき剣を受けたのも、ほとんど長年の剣術の勘だけで受けたっぽいな。
そうして、ヒュっと風を斬る音に少し遅れて、ボトリと剣を握ったままで剣士の右手が床に落下する音が続いた。
「……え? 腕が……? 落ちて……?」
鳩が豆鉄砲を食らったような表情を剣士は作った。
すぐに俺は落ちた右手を拾い、このパーティーの魔術師に放り投げる。
「見た所、回復魔法専門と言った風だな? すぐに治療すれば簡単に腕はつながるだろう」
四人は俺を見て、ただただひたすらに呆気にとられて口を開閉させている。
「これ以上は不運じゃ済まねえぜ? 今ならその腕の一本で勘弁してやる。見逃してやるから大人しく消えろ」
この言葉を受けても四人はただただ呆然……と言った感じだ。
Sランク級冒険者の剣士に至っては、驚愕の余りに痛みすら感じていないらしい。
っていうか、棒立ちしている暇があるんだったら早く止血しろよな……。
そこで俺はパンと大きく掌を叩いた。
その音と同時、ビクっと四人が肩を震わせた。
「返事はっ!?」
そうして、一同の表情が蒼白に染まっていく。
どうにも、ようやく状況が理解できたらしい。
「「「「は……はっ……はいっ!」」」」
そうして、そそくさと四人は入口から外に出て行った。
「おい、そこのお前? えーっと、Bランク級の……?」
「ク、ク、クシャトリア……です……ゥ……」
涙目になっているクシャトリアに向け、俺は顎をしゃくりあげた。
「奥に案内しろ。お前の飼い主……商会の会長と話がしたい」
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