第71話
サイド:リュート=マクレーン
「へへ、兄ちゃん! とりあえず顔かせ――ゴブファっ!」
路地裏の道で、見るからに雑魚と言った風貌のモヒカン頭が俺の裏拳で吹き飛んでいく。
「しかし、こいつらも飽きないな」
独り食べ歩きツアーの真っ最中の俺は、牛肉の串焼きをモゴモゴさせながらそう言った。
いや、正直本当にうんざりなんだよ。
ゴロツキに絡まれたのは今日だけで五回目だぜ? 周囲の気配を探るに監視は七人か?
多分、ゴロツキは金で雇われたチンピラの雑魚で、監視の方は本職のアサシンだろう。
アサシンの職業は獣人と非常に相性がいい。敏捷性と野生の第六感が最大限に活かされる訳だしな。
っていうことで、やっぱり獣人の国が絡んでいるのは確定っぽいな。
で、これを連日やられると本当にゲンナリしてくる。
嫌がらせにしても大概だろう。いい加減に頭にきたので、一人位捕まえて手足をバキバキにする程度の拷問をしてやろうか。
と、そこまで考えて俺は首を左右に振った。
「下っ端には何も知らされてないだろうし、やってもしゃあねえか」
当たり前の話だが、依頼主の名前を聞いた所で、黒幕にはたどりつけないようになっているはずだ。
ここで拷問なんていう無茶をやっても俺の立場が悪くなるだけだな。
「しかし、解せないな」
ギルドマスターのオッサンに頼んで、俺は拠点としている宿や隠れ家を何日か置きに手配してもらっている。
引越しの際は隠密スキルを駆使した移動をしているので、引越しのそばからすぐに連中に居場所を把握されるなんて事は考えにくいんだが……。
と、なると、ひょっとするとこれもモーゼズ絡みの案件なのだろうか、ただの商会や獣人のアサシンが、女子供連れとはいえ俺を追えるはずもねえんだがな。
そんな事を考えながら、路地裏を歩く俺に中年のオッサンが声をかけてきた。
「お、リュートじゃねえか?」
ワザとらしい口調で俺にそういうのはヨーゼフ=オールストン。
コーデリアの叔父さんだ。
その昔、俺の育った村で狼藉の数々を繰り返していて印象は非常に悪い。
母さんも一度手籠めにされかけたっけか。
ぶっちゃけ、力を得た今ならコーデリアの親戚じゃなければノータイムで殴り飛ばしているレベルの外道だ。
「……」
押し黙る俺に、ヨーゼフは下卑た笑みを浮かべた。
「しばらく監視させてもらってたんだが、お前さ、上手く高ランク冒険者に取り入りやがったな?」
「何の話なんだよ?」
「お前の連れはコーデリアと同じレベルの本物の妖怪なんだろ? 十六歳でAランク級冒険者相当か。そんなのが連れにいるなんて本当に笑いが出ちまうな?」
「……?」
「リュートも立派なジゴロに成長したんだなあ? 俺も昔は女に取り入るヒモだったんだ。そんなヒモの大先輩として尊敬するぜ」
何を言っているんだこいつは?
俺の頭が瞬時にクエスチョンマークに埋まっていく。
「俺も昔は男前だったが、年を喰って脂肪もふえてな? まあ、昔はプロのヒモだったんだが……」
「おい、オッサン? 何言ってやがんだよ?」
そこでヨーゼフのコメカミに青筋が浮かんだ。
「あ? オッサンだと? 誰に口きいてやがんだ? このカスがっ!」
売り言葉に買い言葉ってなもんで、俺もヒートアップする。
「とっとと用件を言えよこのスカタン! ずっと俺らを監視してたのは――要はテメエの指図って事なんだろうがよっ!」
「ああ、その通りだ。だが、お前が倒したのは三下中の三下ばかりだよな? 村人にしては頑張って強くなったみたいだが、せいぜいがお前はDランク程度の冒険者相当だろうよ。お前の彼女の……魔術師がいないのに、俺にそんな口を聞いていいのかな? 俺らが手を焼くと想定してんのはあの水色の髪の女だけなんだよ! お前なんざ所詮はただのお味噌だ! あんまりイキがった口を聞いてんじゃねーぞ?」
しかし、このおっさんがどうしてこの件に絡んでやがんだ?
元々がまともな人間じゃねーから、ヌラリス商会に所属する事自体は理解できるが……ちょっとタイミング良すぎだろう。
まあ、キナ臭くなってきたのは間違いねーな。
「なあ、リュートよ? 今、お前は自分でどんな事案に顔を突っ込んでいるか理解しているのか?」
と、ヨーゼフはピンと人差し指を一本立てた。
「知らねえよ」
「悪い事は言わん。獣人とエルフの合いの子……金貨一枚で買い取ってやるから引き渡せ」
「どんな酷い目にあうか分からねーのにか? あの子は十歳にもなってないんだぞ?」
「いいか? 俺達は絶大な権力を持っている。逆らわんほうが身のためだ。それに、金貨一枚だぜ? お前も魔法学院に通う年になったんなら少しは分別を持てよ」
「……」
押し黙る俺に、うんとヨーゼフは大きく頷いた。
「無言の了承。まあ、それ以外の選択肢もねーわな。って事で交渉成立だ」
懐から巾着を取り出し、ヨーゼフは金貨を一枚取り出した。
と、同時に俺はペっとヨーゼフの眉間に唾を吐きかけた。
「リズは渡さん。不快だから今すぐ失せろ」
ピクピクとヨーゼフのコメカミが動く。
そのまま怒りを抑えるように深呼吸の後、ヨーゼフは懐からハンカチを取り出した。
「こっちもガキの使いじゃねーんだ。失せろと言われて、はいそうですかって訳にはいかねえ」
あー、もう色々と面倒だ。
とりあえず、このオッサンを殴り飛ばすってのが、現段階での一番の解決策かな。
「仕方ねーな」と呟いて、ボキボキと俺は拳を鳴らした。
「お? リュート? 俺とやるってのか?」
「まあ、この際しゃあねえな」
言葉を受けて、ハハッとヨーゼフは勝ち誇ったように笑った。
「リュートよ? お前は確かに村人にしては強くなった。確かに俺よりも強いだろうよ」
ああ、面倒くせえ。
とりあえず、このオッサンはぶっ飛ばす。
大きく俺が拳を振りかぶった時、オッサンは首を大きく左右に振った。
「リュート? 俺をぶっ飛ばすと……コーデリアに迷惑がかかるぞ?」
そこで俺の拳はピタリと止まる。
「どういう事だ?」
「コーデリアの所属している組織は何だ?」
「今は世界連合預かりだな」
「ああ、その通りだ。で、俺……いや、俺の所属する商会を通じて、お前の母国であるベスタハ国から、世界連合にある事ない事を吹き込んだらどうなる? お前等を獣人の国から要人を攫った大悪人という事にすることも簡単なんだぞ?」
ハァ? 何言ってやがんだこのオッサン?
胸倉を掴んで俺は凄んだ。
「おい、テメエ……どういうつもりだ? コーデリアの親戚って言っても……目をつむれる事とつむれない事があるぞ?」
「ハハっ。お前は本当に笑わせくれる野郎だな? 俺のバックについてる商会がどれほどにデカい存在か分かっていないと見える」
ああ、本当に面倒くせえ。
ピキピキと俺のコメカミに青筋が浮かんでいく。
「テメエ……!」
胸倉を握りしめる手に力がこもる。
「おい、リュート? 手を離せよ」
「何で離さねーと……」
「もう一度いうが、コーデリアに迷惑がかかるぞ?」
「……だから、どういう事なんだよ?」
「なあ、リュートよ? 本当にそろそろお前もガキじゃねえだろ? 俺らの出身の村の所在地、コーデリアの所属している国は何だ?」
「ベスタハ国だ」
「ああ、そうだ。辺境の僻地の小国だ。で、お前はその国が列強各国の中で置かれている状況を知っているか?」
「吹けば飛ぶような小国だ。列強同士のパワーバランスの中で生かされているにすぎないんだろうよ」
ヒュウと口笛を吹いて、オッサンは大きく頷いた。
「村人にしちゃ博識だな。で、そこに現われたのがコーデリアだ。成人した勇者の獲得の権利は出身国に大きなアドバンテージが与えられる。まあ、普通にいけばベスタハがコーデリアを獲得するよな」
「……」
「今はまだコーデリアはAランク級最上位程度だが、奴はSランクにまで上り詰める。さて、ここで問題です。ベスタハの防衛戦力は……どうなるでしょうか?」
「今のベスタハと対峙して、コーデリア単騎で攻め滅ぼせる可能性すらあるな」
「ご名答だ。だからこそ、ベスタハは世界連合を通じて、コーデリアにとんでもない額の投資をしている。勇者存命の間は列強を相手にしても、少なくとも吹けば飛ぶような防衛力ではなくなるからな」
「……で?」
「その出資の出所は俺の務めるヌラリス商会だ。当然の事ながら大人の利権が滅茶苦茶に絡んでいて、とんでもなくややこしい」
「回りくどい野郎だな。結局何が言いたいんだ?」
「手を引け。そしてお前にとってのリアルはただこれだけだ。これ以上、商会に逆らうならお前は肉体的に痛い目にあうだけじゃなく、ある事ない事でっちあげられて重犯罪者にされて……下手すりゃ打ち首だ」
「だから、それは事実じゃねーだろ? 俺は死にかけていたリズを保護していただけで……」
ははっとオッサンは肩をすくめた。
「事実なんてどうでもいいのさ。大切なのは俺がある事ない事を報告した結果の……その結論だけだ」
「……」
無言の俺に、オッサンは追い打ちを仕掛けてきた。
「頑固な野郎だな……やはり保険を打ってて良かったぜ」
「保険?」
「今現在、この件でアルテナ魔法学院からコーデリアが派遣されている最中だ」
ピクリと俺の耳が動いた。
「……どうしてコーデリアに?」
「確実にお前をカタに嵌めるためだよ。お前の連れの魔術師はAランク級相当だしな」
「どういう事だ?」
「コーデリアがお前相手に剣を向ける事ができると思うか? 対峙すればお前達は話し合うよな? なんせ……まともだから」
そこで俺はチっと舌打ちした。
なるほど、コーデリアに迷惑がかかるとは……そういう事かと。
「真実を知ればコーデリアは商会に剣を向ける。更に言えば、ベスタハ国にも牙を剥くって事か?」
「ああ、そういう事だ。で、リュート? お前はコーデリアに世界を敵にさせるつもりなのか? 国相手に喧嘩をした者は、例えSランク級の実力を持っていても、世界全体として対処されて……ロクな末路にはならんぞ?」
「そんなつもりはない。だがコーデリアは勇者だ。世界連合もアイツの言い分をきちんと聞くはず……そうであればきちんとした調査が……」
そこまで言って、俺は頭を抱えた。
大体俺のせいなんだが……まさかここで響いてくるとは思わなかった。
「鮮血姫(ルビ:バーサーカー)。コーデリアの話をまともに聞く奴なんざ……公の場ではどこにもいねえよ」
深いため息と共に俺は言った。
「ヨーゼフさん? お願いしても……いいですか?」
「お? ようやく言葉遣いを理解し始めたようだな?」
ニヤケ面が無性に頭にくる。
唇をかみしめると、口の中に血の味が拡がった。
「要は、リズを引き渡せという事ですよね?」
「そういう事だな」
「俺らも……色々あって、はい、そうですかという訳にもいかないんです。少し時間をくれないでしょうか?」
ヨーゼフは右手の腕時計に視線を落とし、何やら思案した後に言った。
「四十八時間だ。それ以上は待てない」
「分かりました」
踵を返そうとした俺に、ヨーゼフは舌打ちと共にこう言った。
「おい、リュート?」
「何でしょうか?」
「分かりましたじゃねえだろ?」
「……はい?」
「四十八時間も、お時間を、グズで愚鈍な村人如きに頂けるような寛大な処置をありがとうございました。今後はこの度の恩を忘れず、ヨーゼフ様がワン言えとおっしゃればワンと泣き、靴を舐めろとおっしゃれば、すぐさまに舌で靴を綺麗にいたします……それ位の事は言えねーのか?」
しばし、俺は口を閉じたままその場に立ち尽くすんでいた。
「いいのか? 四十八時間が二十四時間になるぞ?」
「…………四十八時間もお時間を、グズで愚鈍な村人如きに頂けるような――」
そこでヨーゼフは首を左右に振った。
「おいおいリュート? 違うだろ?」
「俺はヨーゼフさんの言っている通りのセリフを……」
「ああ、台詞はそれであってるよ。ただ――土下座が抜けてるだろ?」
「……ハァ?」
「土下座だよ――ド……ゲ……ザっ!」
ぐぐぐっと俺は天を見上げる。
そして拳を握りしめた所で、ヨーゼフは俺を見下すかのように笑った。
「いいのか? 俺に逆らうとコーデリアに迷惑がかかるぞ?」
「……分かりました」
そうして俺はこの世界で産まれて初めての土下座という体験をした。
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