第70話


 ギルドマスターの部屋。

 俺とリリスとリズ……そしてペットのオルトロスは茶菓子と紅茶を振る舞われながらくつろいでいた。


「とりあえずでやすねリュートさん」


「ん?」


「依頼を受けていた報告書については上がりやした」


「……オッサンさ?」


「はい? なんでやすか?」


「昔の口調に戻ってるが……?」


「ああ、その事でやすね。元々、あっしはBランク級冒険者でやした。それでリュートさんのおかげでAランク冒険者になって……小さな町のギルドマスターに収まった訳でやす」


「ふむ?」


「昔みたいな口調はギルドマスターのしての威厳がありやす。盗賊団の下っ端みたいな口調はよろしくないと」


「まあ、そりゃあそうだな」


「そんな感じでまあ、これからは周囲に他の者がいない時はこの口調でいこうと思っている訳でやすよ」


「なるほど……」


 と、それはさておき。

 正直な話、リリスとリズと一緒に街に帰って来てから、妙にゴロツキに絡まれる。

 一日に何回も絡まれる。


 いや、それだけならまだ良いんだが、そのものズバリで暗殺者っぽいのにも昼夜問わずに監視されている。


 ゴロツキは当然の事ながら瞬殺だ。明らかに何らかの依頼を受けて俺らに絡んできているのだが、ただ因縁をつけてきた体を装っているのでこちらも無茶をして口を割らせるわけにもいかない。

 暗殺者っぽいのは俺らの力量を見張っているようで、直接的な危害を与えてくるわけでもない。

 当然の事ながら、こちらについても無茶な手段で口を割らせるわけにもいかない。

「で、どんな報告になってんだ? ちゃんと調べる事はできたのか?」

「ええ、その事でしたらバッチリでやすよ」

 ニッコリと微笑んでギルドマスターのオッサンは笑った。

「意外に仕事が早くて助かったよ」

「ギルドマスター権限を横暴と言えるレベルでまで使いやしたからね。おかげさまで内外からあっしは批判を浴びる始末で……」

「おいおい、そんな事して大丈夫なのか?」

 そこで、満面の笑顔でオッサンは親指を立てた。

「リュートさんのためですから! あっしは例え火の中、水の中……っ!」

 ほぼイキかけたような、気持ち悪い笑みを浮かべるオッサン。

 底抜けの笑顔というか何というか……。正直怖い。

「で……報告結果は?」

「ええ……」と、オッサンは書類の束を手に取って言葉を続けた。

「西の国……ベスタハ国のヌラリス商会でやすね。かなり過激な武闘派でやす。金にモノを言わせて商売敵を証拠の残らない形の暴力で叩き潰したり……。当然、同業者からの評判は最悪でやすね」

「なるほど……で?」

「それで、ヌラリス商会が裏のルートを通じて、荒くれ共をリュートさんにけしかけていたってのが今回の真相でやすね」

「しかし……どういう事だ? そんな連中に恨まれる筋合いはねーんだが?」

「南の獣人の国:マッキンリでは金剛石が豊富に採れるのはご存じで?」

「ダイヤモンド……か? 確かに、現在のダイヤの市場相場が壊滅する程のとんでもない量の埋蔵量があるとは聞くな。それがどうかしたか?」

「そちらのリズ嬢でやすよ。相当にややこしい血筋っぽいでやすね」

 そこで俺は「あっ」と息を呑んだ。

 確かにリズは犬猿の仲であるエルフと獣人のハーフの子供だ。

 しかも、行き倒れよりも酷い状態で、呪殺の術式を施された上でスラム街に倒れていた。

 考えるだにややこしい事情がある少女なのは間違いない。

「それでやすね……獣人は人間とは交易も含めて基本的にはかからわない。だからこそダイヤの市場相場は崩れていないんでやすよ」

「ダイヤモンドの交易をエサに、獣人の国からの指図でリズも標的になってたって事か?」

 なるほどな、と俺は頷いた。

「ヌラリス商会としても、莫大な利益を産む販路は是が非でも欲しいでしょう」

 さて、どうしたもんかと俺が考えていた所でリリスが口を挟んできた。

「……商会とやらを叩き潰せばいい」

「おいおいリリスの嬢ちゃん? いきなりそれは乱暴だろう? 状況証拠しか今の所ねーんだぞ?」

 相変わらず、人によって口調をあからさまに変えるなこのオッサンは。

「……それで十分。片っ端から絡んでくる相手を痛めつければ商会の関与を示す証拠が出てくる」

「いやいや、嬢ちゃん? そんな簡単には上手くいかねーだろ?」

「……私達は迷惑している。何が悲しくて日に何度もゴロツキに絡まれなくてはいけない。それに別に上手くいかなくてもいい。最悪の場合はリュートが暴力で全てを黙らせるという手段がある」

 強行突破の暴力行使……ね。

 確かに、相手が黒であれば、痛めつければボロは出てくるだろう。

 が、やはりちょっと乱暴に過ぎるな。

「リリス……お前なァ……」

「リュートさん、もっと言ってやってくださいよ。リュートさんはそもそも目立ちたくないんでやんしょ?」

 そこで俺は天井を見上げて、色んな事に思いを巡らせる。

「んー……まあ、今回に限って最悪の場合は力の行使に頼らなくちゃならねーかもな」

 俺はリズと、リズの膝の上で丸まっているオルトロスに優しい笑顔を向けた。

「守るべきものが……今はあるからな。リリスと違ってリズはそこまでタフじゃねえ。だったら俺も少しの無茶は必要な場合もあるかもしれない」

 その言葉を受け、リリスは大きく頷いた。

「まあ、とりあえずは様子見だな」




 サイド コーデリア=オールストン



 同日。同時刻。

 アルテナ魔法学院応接室。

 私……コーデリア=オールストンは憂鬱気な気持ちで床の絨毯を眺めていた。

 私の対面のソファーに座るのはでっぷりと肥えた三十代の雄豚(オーク)だ。

 いや、オークの方が幾らか可愛らしいか。


 ――お父さんがいうにはオールストン家の恥晒し。


 ちなみに、お父さんは今は農園の跡地に唯一残った、元々の私の家が持っていた畑を耕して生きている。

 まあ、そのお父さん自体が大概な性格な訳なんだけど、そのお父さんが恥さらしとまで言い切ったのだ。

 実際、私も目の前に座る私の叔父についてはそう思う。

 私の実家は、それなりの資産家だった。今にして思えば、それが諸悪の根源だけど、勇者としての神託が私に下されて、それだけで一財産というレベルの支度金が両親に支払われたんだよね。

 それを元手にお父さんは田畑を買い漁り、農奴も積極的に買い集めた。

 まあ、奴隷と言っても私が散々にお父さんに言い聞かせていたから、通常のソレよりはいくらか待遇がいいんだけどさ。

 で、まあそのおかげで私は農奴達から女神の如くに崇拝されていたんだけど……。



 と、それはさておき。

 今現在、私の目の前にいる男は私の父親の弟だ。

 村では昔から札付きの悪党で、十代半ばにして街に出てロクでもない事をして暮らしていたそうだ。

 そうして、私が神託を受けてすぐにこの男は村に戻ってきた。

 まあ、この男に限らず……私が神託を受けてから、異常に私の家は親戚が増えた。

 確かに血のつながりはあるんだろうけど、疎遠の顔も見た事もない連中が、こぞってお父さんに貢物を持って現れたんだよね。

 当然、オールストン家の屋敷には親戚が多数住み着く事になった。

 で、こいつはそんな連中の中でも最悪の部類に近い。

 お父さんの弟という事もあって、広大な田畑の一角をかなりの人数の農奴と共に任せたのだけれど……。

 収穫量をちょろまかすのは当然の事……街に出ていた時の知り合いの悪党を招き入れて、村で粗暴の限りを尽くした。

 娘を無理矢理手籠めにするは当たり前で、証拠は挙がっていないが強盗殺人の嫌疑もいくつかかけられた。

 必然的に、いつしか村での立場は悪くなって、いよいよ村にはいられないというその時に……この男がした事は本当に呆れ笑いしか出ない。

 女の農奴を数人も連れ去り、私の家の宝物庫を根こそぎ荒らして夜逃げしたのだ。

「今まで私は討伐依頼で賞金首を散々に狩ったケド、貴方ほどのクズは中々いない。ねえ、ヨーゼフ叔父さん?」

 いや、本当に私の家系ってどうなってんのよ。

 父方ってロクなのがいないイメージが多いんだけど……本当に私はお母さんに似て良かった。

 顔だけじゃなくても性格もね。

 私も別に品行方正ってワケじゃないけど、少なくともある程度まともである自覚はあるし、勇者としてなるべくそうあろうとは努力はしている。

 まあ、喧嘩ッ早い所はどうにも直らないけどさ。

「減らず口を叩くようになったなあ? コーデリア?」

「で、何なのよ? 早く用件を言ってくれないかな?」

 どうせこの男は私に金の無心か、勇者のコネを利用させろと言いにきたのだろう。

 少なくとも、ロクな理由で私に接触してきたのではないのは確定している。

「つれないねぇ……。これでも俺とお前は同じ血が流れてるんだぜ?」

「オールストン家のクズな部分を受け継いだの叔父さんね、それは認めるわ。でも、残念な事に私は母親似よ。犯罪者風情が私の親戚面しないでくれるかな?」

 露骨に舌打ちしながら、ヨーゼフ叔父さんは煙草を取り出した。

「何考えてんの? ここって学校だよ? 当たり前に禁煙だから」

「やかましい事をいうなよ。お前の親戚って事でVIP用の応接室に通されてるんだ。そんなしょうもない事でグダグダいう奴はいねえ」

 そのまま叔父さんはマッチを取り出して煙草に火をつけた。

 私は腰の剣の柄に手を遣る。そしてヒュっと空気を一閃。

 ポトリと火のついた煙草の先端が切り落とされた。

「次は指の一本でも切り落とすわよ? 私がニコニコしている内に帰った方が賢明ね。金の無心なら他に行きなさい」

 ヒュウとヨーゼフ叔父さんは口笛を吹いた。

 絨毯が焦げているので、後で弁償しなくっちゃ……。

 ああ、本当にこの男は面倒くさい。

「所がどっこい、俺がお前を尋ねたのは金の無心じゃねーんだよな」

「……どういう事? なら、勇者としてのコネを利用させろと? それこそ冗談じゃないわ」

 叔父さんは懐から書類を取り出した。

「おかげさまで叔父さんは無職を卒業してな」

「それはおめでとう。どうせ就職先はロクでもない所っぽいけどね」

「で、就職先はヌラリス商会って言ってな?」

「予想通りにいい評判はきかない商会ね」

「所がどっこい、お前に金を払っている有力パトロンの一つでもあるんだよな。で、俺は商会の使者としてこの場にいる」

 そんな事は知っている。

 そもそも勇者は学院を卒業すると同時に、大国間から猛烈な勧誘合戦が行われる。 

 そしてその勇者獲得戦に参加できる資格には、私の育成基金や支度金、その他諸々の巨額を投じた国家のみとなる。

 ヌラリス商会は、私の生まれ育った村が所属する、西方の小国に本拠地を構えている。

 そして、国王に多大な資金を融通していて、言い換えればそれは私のための投資金とも言えるのだ。

 本来、私の出身国は勇者を預かれるような格も金もない。

 けれど、出身国という事で査定は相当に甘くなるし、後は金さえあれば大国と同じ席で勇者の獲得に向けて発言する事ができる。

 事実、数年後にはそうなるだろう。それどころか十分に勇者としての私の受け入れ国の有力候補の一つだ。

 だから、頭がクラリとしたと同時に猛烈な頭痛に襲われた。

 どこまでこの男は……面倒なんだろうと。

「……で……何?」

「おいおいコーデリアちゃん? そんなに露骨に嫌な顔しなくていいんじゃない? 叔父さんは傷ついちゃうよ? これでも叔父さん……結構な幹部待遇で受け入れられたんだよ?」

「どうしてもヌラリス商会は、私とのコネクションを築きたい訳ね」

「そういう事。まあ、勇者にアレコレ押し付ける事ができたら、切った張ったの仕事についてはもう今後……商会は気にしなくていいしな」

「私が貴方のいう事を聞くと思う?」

「とはいっても、お前の母国であるベスタハ国から勇者への依頼の形を取るんだ。つまりはパトロンからの依頼だぜ? これを断れば、引いてはあの村の属する国の顔を潰す事になる。はっきり言えば、お前の両親の立場が危うくなるんだ。必然的にお前は断れないよな」

 はァ……と深いため息。

 まさか、いきなり家族を人質に取られるとは思っていなかった。


 叔父の申し出を断った後で、今すぐに家族を回収するにしても……ひょっとすると難癖をつけられてすぐに投獄なりされてしまって、私が手を回したころには後の祭りって事もありえる。

 普通は投獄なんかの手段はやりすぎだろうけど、この男なら確実にそこまでの嫌がらせをする。

 いや、それ以降も人質にするために、むしろ進んでそうするだろう。

 事後策として、私があれこれと手を回すにしても……ここ一度の依頼は受けた後にする形にないか。

 流石に私がいう事を聞いて、家族が投獄なんていう事までは考えにくいしね。

「で、私はどうすりゃいいのよ? 言っとくけど今回の一回きりだからね?」

 半ばヤケクソになりながら私はそう吐き捨てた。

「我が姪っ子ながら、話が早くて助かるよ」

「だから、どうすりゃいいの?」

「今現在、とある小さな町で、獣人の国からの要人が攫われたという事件が発生した」

「獣人の……要人?」

「十歳になるかならないかの高貴な血族の子供だ。それを攫った馬鹿がいる」

 ふむ……と私は頷いた。

 この男と商会の言いなりになるのは不快だが、人攫い事件の解決か。

 どうにも依頼そのものはまともらしい。

「で?」

「その要人の奪還依頼だよ。ただし、攫った連中は相当に手ごわいという報告を受けている」

「敵の人数は?」

「男が一人に女が一人。そして……犬が一匹。本当に手ごわいという報告だが大丈夫か?」

 ははっと私は笑みを浮かべた。

「誰に向かって口きいてんのよ?」

「姪っ子にだが?」

 いつまで経っても子ども扱いか。

 この件を終えた後、ただちにしかるべき手段で勇者を恫喝した後悔をさせてやると思いながら、私は胸を張った。

「――私は勇者よ? あんまり舐めてるとアンタも含めて全員まとめて叩き潰すわよ?」



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