第68話

「お前は俺が保護するってな」


「む、む、無茶ですって! リュートお兄ちゃん!」


 狼狽するリズに、俺は呆れ笑いと共に応じる。


「まあ、見てなって」


「相手はオルトロスなんですよ? Aランクなんですよ? 無茶も良い所って……! 危ない――」


 オルトロスが飛びかかって来た。

 体高は2メートル、体長は4メートルってところか。



 まあ、見た目は黒犬だ。

 流石にAランク級の魔物とあって、音速に迫る勢い。




 ギルド基準でAランク級の人間を自前の常在軍人として囲えないような辺境の小国では、この魔物が現れた場合に取る行動は3つだ。


 一つ目は冒険者ギルドに金を積んで最上位層の冒険者を派遣してもらう。

 そしてもう一つは大国に見返りを用意して、騎士団を派遣してもらう。

 あるいは、魔物の出現位置が辺境国の中でも更に辺境だったりする場合――村落や街を丸ごと見殺しにする。


 ちなみに、一番最後の方法が最も金銭効率が良いのでポピュラーな選択肢となる。



 俺がかつて討滅した邪龍アマンタで討伐難易度はAランク下位だ。

 純粋な討伐難易度で言えば、そこまでは大したことは無いが、あれが厄災認定されていたのは……肉の体を超えた所での不死性に起因する。

 倒しても倒しても時代を変えて復活して悪さをするのだから、それはもう人類にとってはウザい事この上無い。

 まあ、今回は俺が魂から消滅させたので2度と出てくることはないんだろうけれども。


 けれど、それはあくまでもSランク以上に数えられるような次元の話であって、世間一般的には相当に強者な訳だ。


 まあ、腐っても厄災って事だな。


「……ふわァ」


 オルトロスの突進。

 正直、あくびの出る速度だと思った瞬間に、実際にあくびが出た。

 フェイントも何も混ぜずに、ただの直進での跳躍……まあ、格上相手にやる攻撃ではない。


 攻撃手段は牙か爪。

 このランク域の魔物だと……どちらをまともに受けても俺にかすり傷をつけるのがせいぜいと言ったところだろうか。


「よいしょっと」


 大口を開いて突進してきたオルトロスに向けて、俺は両手を繰り出した。

 右掌で上アゴを。

 左掌で下アゴをそれぞれ抑える。


 そして、オルトロスの口をパカっと上下に、更に大きく開いた。

 相手は困惑した表情を一瞬作るが、それでも咀嚼筋をフル活動させて全力で噛みしめようとする。


 が、俺の両掌は微動だにしない。


「おい、ワンコロ? お前の最大の武器を封じてやる」


「……グ……グ……グゥ……」


 パコっ。

 軽い音と共にオルトロスのアゴが外れた。


 プランプランと下あごがだらしなく揺れて、中々にシュールな光景だ。


「さて、これで詰みだな」


 アゴを外されたオルトロスは爪で俺に斬撃を加えてきた。

 流石にかすり傷程度は負うだろうと思っていたんだが――


 ――まさかの、無傷。


 全力の攻撃をワザと受ける事で戦力差を理解させようとして、それでワザと攻撃を直撃で受けたんだが……無傷は想定外だ。


 俺が驚いている位なんだから、オルトロスの驚く様子はハンパではない。


 目を白黒させて、パチパチと何度も瞬きをし、そしてゆっくりと後ろずさっていく。


「……リュート?」


「何だリリス?」


「……前から言おう言おうと思っていた」


「何をだ?」


「…………もう……リュートは……ほとんど妖怪。種族がヒューマンって何の冗談かと思う」


 うん、知ってた。

 でも、モロにそう言われると若干傷つく。


「……それでどうするの?」


 リリスの視線の先では半泣きになりながら、オルトロスはその場で俺の様子を窺っていた。

 尻尾も地面に垂れ下がり、なんだか気持ちへっぴり腰だ。


 プルプルと小刻みに体も震えているし……。


「おい、リリス?」


「……何?」


「見た目犬だが……こいつは頭が良いんだよな?」


「……文献によると、凄く頭が良い。つまりは……基本は犬」


「なるほど」


 良しと俺はボキボキと拳を鳴らした。

 その動作でビクンとオルトロスは身体を硬直させて「クゥーン……」と懇願の鳴き声を上げた。


 オルトロスに一歩俺が近づく。


「クゥーン……」


 許しを懇願するような声をあげるオルトロスに一歩俺が近づく。


「クゥーン……」


 震えるオルトロスに一歩俺が近づく。


「クゥーン……」


 涙目のオルトロスに一歩俺が近づく。


「クゥーン……」


 オルトロスの眼前1メートルに到達した時、俺は胸を張ってこう言った。



「お座りっ!」



 言葉と同時に周囲に風が吹いた。

 音速を突破したオルトロスから発生した衝撃波だ。

 世界広しと言えども、中々に音速のお座りを見る事はできないだろう。


 続けざま、更に俺は叫んだ。



「伏せっ!」



 再度、風が周囲に響き渡る。

 

 ――音速の伏せ。



 地面に伏せたオルトロスはそのまま転がり、俺に腹を見せて来た。

 野生の獣が自らの弱点である内臓――腹を見せる。


 これは一般的に、犬が絶対的強者に見せる服従のポーズだ。


「オ、オ、オルトロスが……腹を出して……」


 驚愕の表情でリズがうわ言のようにそう呟いた。


「どうしたんだリズ?」


「モンスターテイマーでも無いのに……いくら頭が良い魔獣と言えども……呆れるくらいの戦力差がないとこうはならない」


 何やら上の空でリズは更に言葉を続ける。


「オルトロスがAランクとして……ダブルランク以上の力の差は必要。つまりはSSランク……あるいはそれ以上……っていうかSSSなんて……そんなのはもう人間じゃなくて……それは魔神やら魔王の領域で……」


 つまり……とリズは満足げに頷いた。


「リュートさんは最低でもSSランク……あるいはそれ以上…………って、え、え、え、えっ…………ええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!?」

 

 どうやらリズは理解の早い子のようだ。

 話が早くて非常に助かる。




・お知らせ

新作始めています。

主人公最強モノで商業含めて私が書いた中でも、相当完成度高い方じゃないかなと思います。


個人的に物凄く期待している作品ですので、よろしくお願いいたします。


https://kakuyomu.jp/works/1177354055071490442

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