第62話

森の中のキャンプ。


 テントの中には私とお爺ちゃんが二人きり。

 リリスお姉ちゃんが物凄い勢いで外に出てから大分経つ。

 さっきからBランク級パーティーの……僧侶のお爺ちゃんの鼻息がうるさい。


 なんだか私を血走った目で見ているし、正直キモい。



「ふぉっふぉっふぉ……リズちゃんはエルフなのかな?」


「……答えたくありません」


「ふぉっふぉっふぉ……ワシはエルフの子供が大好物なのじゃ」



 このお爺ちゃんは何を言っているのだろう。

 とにかく、ひたすらにキモイ訳だが……。



 お爺ちゃんの視線が床に敷かれた毛布に移った。

 そして次に私の首筋から胸元、そして腰と股間に視線を這わせる。


 隠す気すらない醜悪な視線。

 私は身震いしながらお爺ちゃんに尋ねた。


「好物? どういう事ですか?」


 アゴ髭をさすりながらお爺ちゃんは柔和な笑みを浮かべた。


「お主くらいの子供がな、ワシは好きなんじゃ」


「……?」


「無論、性的な意味で……じゃ」


 その言葉でようやく理解した。

 当然の如くに全身の肌が粟立っていく。


「なあに、痛いのは最初だけじゃて……」


 そのまま私はお爺ちゃんに押し倒されて、組み敷かれてしまった。


「大人しくしていればすぐに済む。これでもワシはそれなりに経験はある」 


 何をされるかは理解した。

 理不尽が降りかかっていることも理解した。



 ――だから、私の心にかけられている鍵がカチリと音を立てて開錠される。



 私を組みしき、私の唇に自らの唇を交らわせようとしているお爺ちゃん……高齢者特有の加齢臭に吐き気がする。


「……安心して身を任せるが良い。まあ、最初は……少し痛いがな。ふぉっふぉっふぉ……」


 睨み付けながら、私はお爺ちゃんの首を掴んだ。



「痛いのは……嫌だっ!」


 獣耳が飛び出し、体中の色んな箇所を体毛が覆い尽くしていく。

 筋肉が膨張し、相手の首を両手でつかんだ。

 獣人としてのパフォーマンスを最大限に発揮し、見る間にお爺ちゃんの顔色が紫色にうっ血していく。

 そのまま立ち上がり、お爺ちゃんをテントの外に投げ飛ばした。


 10メートル程水平に飛び、地面を転がる。

 そして、私は呪文の詠唱を始めた。

 魔力が練成されると同時に最大限まで膨張していた獣耳は小さくなり、体毛は薄くなっていく。



 ――これが覚醒した時の……エルフとしての私の力。



「スカーレット・フレア!」


 一般魔法よりもランクの高い……エルフの里に伝わる固有魔法で俗に禁術に分類される魔法だ。

 お爺ちゃんは全てを呑みこむ紅蓮の炎に焼かれて――やがて動かなくなった。








 テントから老人が弾き飛ばされたのと、俺達がキャンプ地に辿り着いたのはほぼ同時だった。

 真紅の灼熱に焼かれる老人を見ながら、絶句しながら俺は言った。


「10歳でベテラン冒険者を殴り倒して……そしてこのレベルの広範囲魔法か」


 眉間から鼻にかけて一筋の汗を流し、リリスは声を震わせた。


「……リズのレベルは年齢相応に低い」


「でも、エルフの固有魔法を扱えるほどのステータスを誇ってるんだろ?」


「これは覚醒の一種。コハル=サエグサと同じく常時展開可能なような……シロモノではない」


「どういう事だ?」


「身体能力については獣人族……それも高貴な血である人狼の血を引いているのだろう。そして魔術式は間違いなくハイ・エルフのもの」


「人狼に……ハイ・エルフ?」


 うんとリリスは頷いた。


「ハーフはハーフでも、やはりこの子は互いの部族の最高クラスの才能を受け継いでいる。それはつまり……」


「推測通りに高位貴族か王族同士の禁断の愛の結晶って奴だな……ああ、本当に面倒くせーな」


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