第60話

「……グキャ……ハッ……っ」


 ドサリ。

 大男は腹を抱えて、顔色を真っ青にして脂汗を垂らしながら蹲った。

 そして剣士の男と魔術師の女は信じられないとばかりに大きく目を見開く。

 パクパクと口を何度も開閉させて呆け面でこう呟いた。



「…………ハァ?」



 パクパクパクパクパクパクパクパク。

 何度も何度も剣士と魔術師は口を開閉させる。


 金魚かお前等はと言いたくなるが、そこで剣士が我に戻ったようで魔術師に尋ねた。


「姉御……アニキがやられちまった。こいつは一体?」


 その言葉で魔術師も我に戻った様だ。


「まず第一に……リーダーは油断していた。いや、油断しきっていた。圧倒的防御力とタフネスを過信し過ぎてしまった」


 それはその通りだと俺も思う。


「そして第2に……信じがたい事だけど、この坊やは……恐らくEランク級の実力にはとどまらない」


 へぇ……流石はベテラン冒険者だ。

 状況に対する認識能力は高いようだ。


「姉御? それって一体どういう事で?」


「恐らくはこの坊やは……Dランク級の実力を持つ格闘職」


 俺はコケそうになるがそこは踏みとどまる。


「って事は?」


「ええ」


 二人は頷き合って、そして口元をゆがめた。


「Dランク級の実力を持つ私達二人がかりなら……油断しなければ負けは無い」


「姉御? コンビネーションは?」


「コンビネーションR-5で行くわ」


「合点承知っ!」


 そのまま剣士の男が俺に向けて大上段から切り込んできた。

 あくびの出そうになるような剣撃だ。


 だが、コンビネーションは悪くない。

 大上段からの剣撃で仕留めればそれで良し、仕留められなければそのまま魔術師のファイアーボールが襲い掛かるという手はずになっているらしい。


 実力が切迫しているような状況であれば剣士の背後で魔術師が何をしているかまでは把握できなかっただろうが――



「相手が悪かったな」



 一応は相手も剣士だ。

 礼儀として、俺はエクスカリバーを召喚してその場で応戦する。

 応戦って言っても、相手の剣を根元からそのまま叩き斬っただけなんだがな。

 相手の剣を切ったついでに頬に切り込みも入れておく。


 そして数瞬の後、ようやく俺の斬撃に気付いた剣士は呆けた表情を浮かべた。

 根元から刀身を斬られた剣を見て、そして自らの頬に刻まれた傷を確認する。


 

「ぎゃ、ぎゃ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」



 蒼白の表情で剣士が叫んだ。

 立場が逆だったら俺もそうしていただろう。

 切りかかったと思えば、気が付けば剣が根元から無くなっていて、そして頬から滝のように血液が溢れ出ているのだ。


 つまりは何をされたのかすら全く理解出来ていないという事で、戦闘中にこれ以上の恐怖には中々に出会えない。


「あ、あ、姉御! 剣がっ! 頬がっ!」


「落ち着きなさい!」


 言葉と同時に魔術師は俺にファイアーボールを放ってきた。

 狙いは正確だが威力が足りない。


 エクスカリバーを一閃させて魔法式ごと斬り伏せる。


「魔法を……斬った? そんな芸当ができる化け物を私たちは相手にしていたの?」


「姉御……こいつはひょっとして俺達……とんでもない奴を相手にしているんじゃあ?」


 ようやく分かってくれたらしい。

 さすがにDランクと思われるのは心外だ。そういった意味で安堵の溜息を俺はついた。


「ええ、恐らくこの男の実力は冒険者ランクに換算すると……Bランクの下位」


 再度、俺はその場でコケそうになる。


「そんなっ! ああ、もうおしまいですぜ姉御っ!」


「落ち着きなさい! とりあえず貴方の頬……凄い傷ね。見せてごらんなさい」


 魔術師の掌が緑色のオーラに包まれる。

 そのまま魔術師は剣士の男の頬に手をあてがった。


「とにかく落ち着くの。冷静に考えれば逃げる判断はできるはず」


「へへ、姉御は攻撃だけじゃなくて回復魔法も一級ですからね」


 と、そこで魔術師は訝し気な表情を作った。

 そしてその表情がどんどん蒼ざめていき――




「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」




 甲高い絶叫が森の中に響き渡った。


「どうしたんです? 姉御?」


「ひゃっつひゃっ、か、か、きゃ、きゃいふ、かいふきゅ……回復……魔法が……動作しないのよ」


「それは一体どういう事で?」


 そこで魔術師は真っ青になった表情でこう言った。


「……神殺しの武器で貴方は斬られたと言う事」


 まあ、人体の大元の設計図である魂――アストラル体から斬ってるからな。

 強制的に設計図の通りに肉体を構築する自動回復や魔法での回復は、大元から切断する俺の愛剣の前では通用しない。


「姉御? それってどういう事で?」


 しばし押し黙り、魔術師は天を見上げた


「間違いなく……彼は最低でもSランク級冒険者の下位以上の実力を持っているはずよ」


 ようやく状況を理解してくれた所で、俺は二人に問いかけた。




「で、どうするんだお前等?」


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