第57話

 男達の受けていた討伐依頼は湿地帯に集落を作っているリザードマンの群れの掃討だ。

 討伐難易度は単体でEランクの下位であり、100体~200体程度の集落レベルの群体でDランク級の上位となる。



 湿地帯の集落までの距離はそこそこの遠方だ。

 行って帰ってくるだけで丸々3日はかかる遠方に位置する。

 成功報酬自体は銀貨で20枚程度 (日本円で20万円)と安く、下手をせずとも経費倒れだが、そこにはきちんと裏がある。

 リザードマンの素材はそこそこの値段で売れる為、その売却も併せると金貨1枚~2枚 (100万円~200万円)ほどになるのだ。

 武具や装備品の劣化や消耗品をざっと考えても、収支はそれなりの黒字になる。

 ただし、それは命をかけて危険を賭した上での話だ。


 なので、真っ当なギルド稼業よりも実入りが良く、なおかつ安全な強盗稼業に身を落とす気持ちもわからないではない。

 自分達よりも遥かに格下の冒険者を罠にかけて、そして事故死に見せかけて全財産と共に命を奪う。

 それはとてもイージーで、セーフティーで、そしてインカムも大きかったのだろう。


 しかしながら、彼らは知らない。

 罠に嵌めて誰かを殺すという手段を選んでいるという事は、問答無用で自分達も同じ目に遭ったとしても文句は言えないのだ。


 まあ、つまりは俺とリリスに何をされても文句を言えないって訳なんだが――。



 

 ――街を出てしばらくの間は街道を東に行った。

 そして途中で街道から外れてサロメ草原の道無き道を行く。

 湖の脇を抜け、その背後に広がるのが――コスタカ大湿地だ。

 マングローブのような樹木が無数に生い茂る沼地で、歩くと膝までが泥土に埋もれる。



 蚊と蠅が異常に多くて、気分は最悪だ。



 と、それはさておきリズを連れての行軍は中々にヘヴィーだ。

 先ほどから俺はリズの手を引いているが、彼女の場合は歩くと泥土に股まで埋まるのだから、まともに進む事も出来ない。


「俺におぶされ」


 しかたなく俺はリズにそう語り掛ける。


「え……でも……」


「良いから遠慮するな」


 半ば無理矢理にリズを背負うと、リリスは言った。


「……私もリュートに背負われたい……いや、触れあいたい」


「馬鹿な事言ってんじゃねーぞ」


 そこでリリスはポンと掌を叩いた。


「……まず、リズを私が背負う」


「ふむ?」


「……そしてリズを背負った私をリュートが背負う」


 リリスはドヤ顔を浮かべて続けた。


「……名付けて親亀の上に子亀……そして孫亀作戦」


「上手い事言ってやったみたいな顔してるが何一つ上手い事言えてないからな?」


「…………ぅ……」


 冷たく言い放つと、リリスはシュンとした表情を作った。

 と、その時ベテラン冒険者パーティーのリーダー格である戦士の大男が口を開いた。


「そろそろ夕暮れ時だな」


 戦士の言葉通りに先刻から周囲の赤焼けが強くなってきていた。


「野営地は……ここにしようか」


 沼の中に現われた島地とでもいうのだろうか。

 数十メートル先にきちんとした草も生えているしっかりとした陸地が見えた。


 全員が島に上陸したと同時に戦士は俺に語り掛けて来た。


「おい小僧? まだ歩けるか?」


「ああ。そりゃあまあ歩けるが」


 そこで戦士は、最年長の僧侶を指さした。


「ウチの爺さんはあの通りに体力的にアウトのようだ。お前の所の女子供もそろそろ……限界だろうな。お前の連れには野営の準備でテントの準備と火おこしでもやっていてもらいたい」


 僧侶は息があがっていて、リズはそもそも沼地で満足に歩く事すらできない。

 リリスは問題なく進むことができるだろうが……。


「で? どういうことなんだ?」


「明日の進路を先にある程度……確かめておきたいんだ。ここから先の道のりのしばらくがこの沼地の一番の難所だからな。下見をしていると、していないとでは大違いになってくる」


「……どうする?」


 リリスの言葉に俺は肩をすくめて応じた。


「どうするもこうするも依頼主さんが言ってるんだからご期待に応じるしかねーだろ。行ってくるからリズを頼んだぞ?」


 そうしてコクリとリリスは頷いた。







 更に道を行く事30分程度。

 ボチボチ夕焼けから日没という表現は近くなってきた。

 そろそろ折り返して戻らないと……完全に周囲は闇に包まれるだろう。


 と、そこで周囲の樹木の葉が揺れる音が鳴り、そしてバシャバシャと沼地を踏み鳴らす複数の音が聞こえた。

 数は恐らく……10と少し。


「不味いな。最悪のタイミングで……リザードマンの斥候と遭遇したようだ」


 戦士の言葉を受け、剣士が俺の肩を叩いた。


「おい、小僧? 素人は邪魔だから……手を出してくれるんじゃねーぞ?」


 ただでさえ生い茂る樹木で視界が悪く、夕暮れ時で徐々に周囲は闇に覆われようとしている。

 オマケに足場は悪く沼に足を取られる状況。



 つまりは、そんな最悪のコンディションの中、リザードマンの群れが現れたのだった。


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