第54話

 街から少し離れた草原に巨大なクレーターができていた。

 それはリリスが龍の秘術であるところの|神の槍(ロンギヌス)による物理爆撃を行った跡だ。


「た、た、た、助けて……」


 宿屋の食堂でCランク冒険者と名乗り、そしてリズの足の親指をしゃぶらせろと言った男は顔面を蒼白にしてそう呟いた。

 つい先刻、ここで起きたのは、Cランク級冒険者からすれば神の御業以外には見えないようなシロモノだ。



 突然の轟音と共に爆発音。

 そして土砂が舞い散り、土煙が晴れればクレーターが形成されていたのだから中年の男の心境はいかなるものだろうか。


「……リュートに命までは取らないようにと言われている。故に|神の槍(ロンギヌス)は力の誇示……デモンストレーションにとどめた。貴方達のような……ヒト種と言うよりは動物に近い構造を持つ脳を持つ人種は……力を見せないという事を聞かない……本当に面倒くさい」


 そしてリリスは大きく息を吸い込んで一気に言葉をまくしたてた。


「……あの子の秘密を喋ったら殺す……私達の事を喋っても殺す……」


 そして指を5本立てて言葉を続けた。


「……5時間以内に荷物をまとめてこの街から出て行かないと殺す」


 更にリリスは杖を取り出し、西の方角を向け、念を込めると同時にかざした。


「金色咆哮(ドラグズジェノサイド)」


 爆発的な光の奔流に周囲が包まれる。

 並の冒険者ではその場で目を開くことも許されない――そんな圧倒的な光の暴力。

 リリスの前方に広がっていた草原が扇状に……500メートル程度が、草も、大岩も、所々に生えていた樹木も、そして表面の土も、その全てを吹き飛ばされて赤土の地肌をさらけだしている。


「……ちなみに私の連れている男は……私の何倍……いや、何十倍の力を持っている。貴方は私の逆鱗に触れてしまった……」


「た、た、助けて、助けて……たしゅけてくださ……」


 リリスは杖を服の中に仕舞い込む。


「……この街から半径200キロ圏内で貴方を見かけても殺すから。それじゃあ」


 それだけ言うとリリスはその場を後にしたのだった。







「……怖えな」


 冒険者ギルドの入口前で俺は身震いをした。


『……ゲスにお仕置きをしてくる。なので、リュートはリズと一緒にしばらく時間を潰した後、正午前に冒険者ギルドで待っていてほしい』


 そう言って、中年男をどこかに連れて行ったのだが……。

 あのバカ、Cランク級冒険者に脅しをかけるのに……金色咆哮(ドラグズジェノサイド)を使いやがった。


 獅子は兎を狩るにも全力を尽くすって言葉があるが、本気出し過ぎだろ。


「ってか、あのバカ……自重する気ゼロだな。まあ、俺が言う事でもねーんだが……」 


 溜息をついてた時、リズは昼食代わりに買ってやった豚肉の串焼きの最後……25本目を口に放り込んでいた。


「美味いか?」


 コクコクと何度も頷く。

 ってかこの幼女本当に食うな。

 朝飯もリリスの分を半分以上分けて貰っていたし、この小さな体の胃袋のどこに入っているんだろう。


「あの……」


「なんだ?」


 リズは近くの屋台を指さした。


「あの屋台で売っているサンドイッチも……食べてみたいんですが」


 そこで俺は苦笑した。


「その串焼きは俺とお前の二人分の昼飯だったんだが……一人で喰った上にまだ食うか」


 苦笑しながら懐の財布に手を伸ばす。

 と、その時――



「ご、ご、ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさい! 叱らないでください! 罰を与えないでください!」



 表情を真っ青にして、リズは何度も何度も俺に頭を下げてきた。

 どういうこっちゃ? と、しばし考えて俺はポンと掌を打った。

 どうやらこいつは俺の分まで食った上に、更に空気を読まずに追加注文をしたせいで俺の機嫌を損ねたと思ったらしい。



 っていうか罰を与えないでください……か。

 かなりヘヴィーな生い立ちを歩んでいるのは間違いなさそうだな。


 俺は無言で屋台へ向かい、紙袋に封入されたサンドイッチを購入する。


 そのままリズの所に戻り、紙袋をリズに差し出した。


「とりあえず喰っとけ」


「え……? あの……その……ごめんさい……」


「少なくとも俺には、今この段階で謝る必要も理由もねーからな」


 キョトンとした表情を浮かべるリズの頭に、ポンポンと2回優しく掌を落とした。



 ってか……と俺は思考を巡らせる。

 宿にリズを置いて行かずに俺達と同行させるというリリスの案はドンピシャにハマっている。

 Cランク級冒険者の上位程度の者が3名ほど、俺達を尾行している。

 恐らくは職業は盗賊かアサシン、あるいは忍者で隠密行動の専門職のしかもベテランって事で、普通は気づかれる事はありえない。



 が、まあ、今回は相手が悪かったな。



 そして相手は、俺達が気づいているとは露ほどにも思っていないだろう。

 ってなると、2重尾行で泳がせて情報を引っ張ったり、あるいはそのままの意味で尾行者を捕まえて情報を引き出したりと、先にこちらが気づいたというアドバンテージは計り知れない。


「……待たせた」


 その時、リリスが冒険者ギルド入口に到着した。

 そして俺は小声でリリスに言った。


「尾行されている。なるべく自然に振る舞ってくれ」


 リリスは馬鹿にするなとでも言いたげに眉間にしわを寄せた。


「……そんな事は知っている。私にも一人ついてきている。いや……正確にはついてきていた」


「過去形だと?」


「……うっとおしいので金色咆哮(ドラグズジェノサイド)で吹き飛ばした。故に過去形」


 おいおいマジかよ。

 そこで俺は周囲の気配を再度探る。



 ……やられた。全員撤退している。



 リリスにつけていた尾行者が戻らない事で緊急避難的に散ったんだろう。


「なあリリス?」


「……何?」


「お前ってコーデリアと違って……考えなしの馬鹿じゃねーよな? 吹き飛ばしたらこうなる事は分かっているよな?」


「……こうなった所で何か問題がある?」


「どういう事だ?」


「……相手が裏からコソコソするなら……真正面から堂々と喧嘩を買ってやればいい。しかも相手は小国の一つや二つだ。ならばどうせ勝てる喧嘩」


 そりゃあまあそうかもしれねーが……。

 もうどうにでもなれという諦観の思いと共に、俺はリズの頭に掌を置いた。


「とりあえず……リズの事情を聞かないといけねーな」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る