第51話

「……しかし……本当に汚れていた。本当に貸し切りにしていなかったら他の客に迷惑が掛かったと思う」


 そう言いながら、リリスは宿屋の食堂にリズを伴って入ってきた。



 リズが目を覚ましたのは丁度夕飯の時分の頃合いだった。

 別に俺だけ先に飯を食っていても良かったんだが、せっかくだから……と俺は食堂で待機していた訳だ。



 テーブルに並べられている料理は白パンに、牛サーロインステーキと付け合わせのマッシュポテトにブロッコリー。そしてポタージュスープだ。

 更に言えばサーロインステーキについてはリリスのアイテムボックスから取り出した生の牛肉を宿屋の女将に渡して調理してもらった最高級品だ。

 この辺りの市場で出回っている肉は劣悪品が多い。そういった意味ではリリスの時を止めるタイプのアイテムボックスは非常に役に立つ。

 MPも俺と共有しているから収容能力も本気を出せばとんでもない事になるし……まあそれは良い。



 そして、当然の事ながら俺らのテーブルに並んでいるステーキやらは、とても一般人や、あるいは一般の冒険者に手が出るシロモノではない。

 まあ、俺らは金持ってるから手が出るんだけどな。



 修行中の最初の頃は魔物の肉とかを生で喰う勢いだったってのに……一度舌が肥えるとダメだな。

 と、8歳の少女である金髪エルフのリズは、テーブルに着席すると同時、目を白黒させながら口を開いた。


「これを……私が食べても良いんですか?」


 物欲しそうな目でステーキを凝視しながら俺にそう尋ねて来た。

 つい先ほどまでスラム街で打ち捨てられていた彼女だ。こんな飯を前にすればそうなってしまうのは無理も無い


 が、しかし、リリスはピシャリと言い放った。


「……良いはずがない。これは私とリュートの食事だ」


「そうですよね……」


 シュンとした表情をリズは作った。

 この世の終わりのような悲し気な表情で長いまつ毛を下にする。


 っていうかこの子……すげえ綺麗な顔立ちしてるな。鼻筋も通ってるし目も大きい。金髪碧眼でエルフ特有の長耳……危ない趣味のオッサンだったら生唾もんだろうなこれ。


 後数年もすればコーデリアとかリリスのレベルに美しく育つだろう。



「……貴方には特別メニューを用意している」



 リリスの言葉で俺はパチリと指を鳴らした。

 すると宿屋の女将が土鍋をこちらに運んできた。


「鶏ガラで出汁を取った特製の雑炊だ。7草と、鶏の卵が材料となっている。お前、何日もロクに飯食ってなかったんだろ? いきなり固形物を喰うと内臓がビックリしちまうからな。まあ、ドロドロになる寸前まで煮込んでるから消化には良いはずだ」


 そこで再度、リズは目を白黒とさせた。


「鶏の卵って……凄い貴重な食材ですよね?」


「その辺りはあんまり気にするな」


 まあ、実際は鶏の卵どころか……不死鳥の骨で出汁を取ったスープに不死鳥の卵の雑炊だ。

 入れている7草はエリクサーを中心とした……錬金術師や薬剤師が卒倒するような薬草がふんだんに使われている。

 滋養強壮の効果は抜群で、数年寝たきりの老人でも翌日には起き上がってマラソンに参加できそうなレベルでの雑炊に仕上がっているはずだ。

 いつまでも衰弱されていてもかなわんので、今回はちょっと本気出してみたという寸法だ。


 宿屋の女将も材料を渡した時に不思議そうな顔をしていたが、まあ……女将には何の素材かは分からんだろうからセーフだろう。

 土鍋から皿に雑炊をよそってやると、スプーンを手に取りリズは恐る恐ると言う風に口に運んだ。


「あ……美味しい……です」


 そりゃ美味いだろう。

 マジで金額がつけられないレベルの雑炊だからな。

 不死鳥ってのは滋養強壮に絶大な効果があるだけじゃなくて、普通に食材としても非常に優秀だ。

 化学調味料も材料もロクにない状態だが、この鳥ガラがあれば……昔に居酒屋とラーメン屋でバイトしてた程度の俺の料理の腕でも……ガチの行列ができるラーメン屋と十分戦える自信がある。


「いや……これ……本当……美味しい……です」


 次から次にリズは口に雑炊を運んでいく。

 物凄い勢いというか何というか……。

 高校のラグビー部の連中が焼肉食べ放題の真っ最中のような……重機を思わせる勢いでリズは雑炊をかきこんでいく。


「おいおい、ゆっくりとよく噛んで喰えよ」


 その様子を見て、俺とリリスは顔を見合わせて苦笑した。


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